2-8 死んだ社畜は商売に手を染める (改訂)
「じゃあ、ここに置くか……」
「はははっ、だったら俺はこうだ」
「なにっ!? 一気に4枚もひっくり返ったぞ。ちょっと待ってくれ」
「待ったはなしだぜ」
「くそっ」
数時間後、【フォアローゼス】の店内では言い争いをしているドライとマティニの姿があった。
そんな彼らの周りには興味深げな表情を浮かべながら成り行きを見守る他の客たちがいる。
しかし、周囲の人は村の中で二人が喧嘩をしていた時に比べてかなり近い位置で見学をしている。
あの時の喧嘩であれば、確実に被害を受ける位置に……
だが、今の二人の近くに寄ってもそんな被害を受けることはない。
なぜなら……
「あの【リバーシ】というのはいいね。簡単なルールだから誰でも覚えられるし、勝敗もしっかりとつく。暴れん坊のあいつらを抑えるにはいい遊びじゃないか」
そんな二人の様子を見ながらローゼスさんがそんなことを言ってきた。
二人がやっていたのは【リバーシ】である。
俺が以前、シリウスと一緒にやった奴の改良版をルールを説明して渡したのだ。
ルールはいたって簡単だから、どんな馬鹿でも遊ぶことができるボードゲームなのだ。
勝つためには多少なりとも考えないといけないが、初めて遊ぶ人にそれを求めずとも楽しめるはずである。
「そうでしょう? もう少し難しくて戦略性のあるゲームとかもあったんですけど、初心者にはちょっと難しいかと思って……」
「ほう……それは気になりますね」
ローゼスさんにそんなことを言っていると、不意に後ろから話に入ってくる者がいた。
振り向くと、そこには一人の男性がいた。
「「えっ!? ……うわっ!?」」
「はははっ、驚かしてしまいましたね。すみません」
男性は俺たちを驚かしてしまったことに気付き。謝罪してくる。
しかし、気持ち悪いぐらいに笑顔を浮かべているせいか、まったく謝罪の気持ちが伝わってこない。
一体何者なんだ?
「あんた、一体誰だい?」
ローゼスさんも同じことを感じたようで、怪訝そうな表情でそんな質問をする。
といっても、彼女の店は酒場なので、どんな人間が来ていてもおかしくはないと思うが……
「私はモスコと申します。只のしがない商人ですよ」
「その商人さんがどうして私の店に? いや、別に商人を禁制にしているわけじゃないが、こんな田舎の酒場に来ても何もないと思うんだが……」
「いえいえ、そんなことはないですよ? どこの村や町でも人の多い場所はにぎやかになり、その場所の流行りがわかるようになっています。それの調査のためにたまたまよらせていただいただけです」
「たまたま、ね……」
ローゼスさんは商人の言葉に怪訝そうな表情を浮かべたままではあるが、一応筋は通っているので納得はしたようだ。
まあ、俺も話を聞く限りでは嘘をついているようには見えなかったので、別に警戒するような人物ではないと思う。
ただいきなり後ろから声をかけるのはやめてほしい。
心臓に悪いから……
「それであちらの【リバーシ】というのは君が開発したのかい? なかなか面白そうな遊びだから、これは流行るんじゃないかな?」
「そうですか? 僕としては別にそういうつもりはなかったですけど……」
「それはもったいない。これを売り出せば、おそらく王都でも大人気になるはず、そうすれば莫大な利益が見込める筈さ」
「へぇ……そういうものですか?」
商売に関してはあまり詳しくないので、商人の話は何となくで聞いている。
前世ではもっぱら消費者として過ごしていたので、販売者側がどんな風に考えているかなど全く分からないのだ。
だから、どういったものが売れるとかもわからないわけだが……
「しかも、白と黒の石ですがとてもきれいに作られています。どんな職人がこれを作られたのですか?」
商人がリバーシの一つを取り、興味深げに掲げてみる。
明かりの一つが石に反射し、きらりと光る。
「ああ、それは僕が魔法で作りました」
「魔法?」
「土属性の魔法の練習がてらそれを作っただけですよ。おかげで精密な操作とかもできるようになりましたね」
このリバーシは俺が土属性の魔法の練習する一環で作っただけだ。
魔法というのは実戦経験が大事であるが、作った当初の俺は母さんから魔法の使用を禁止されていた。
なんせリュコのあの事件が起こってすぐだったからだ。
とりあえず、危険性のないような魔法の練習をしたいということで土属性の魔法【土石錬成】を練習したのだ。
最初のころはこんなに綺麗には作れなかったが、毎日練習していたら1ヶ月もすればきれいな石にすることができた。
今ではもっと複雑なものも作ることができるはずだ。
「素晴らしい。この石はどれぐらいもちますか? 本人から離れれば、すぐ壊れるなんてことは……」
「ないと思いますよ? 僕の魔力がその石の中にこもっているだけですから、それを放出されない限りは壊れるとは思いません。それに普通に遊んでいる分にはそんなことはないと思いますよ」
「では、この石にオリジナルのマークをつけたりすることは可能ですか?」
「? 別にそれぐらいは可能ですが、どうしてですか?」
商人の質問に俺は首を傾げる。
なぜそんな質問をしてきたのか、全く理解できなかったからだ。
商人は俺の答えに満足したのか、説明してくれる。
「もちろん盗作防止のためにマークを入れてもらうのですよ。世の中の流行りのモノには贋作も多いですからね」
「ああ、なるほど……」
ようやく商人の意図を掴むことができた。
たしかに簡単にまねできるようなものならば、その分の利益が贋作に奪われてしまう。
一概に市場の独占が正しいとは言わないが、だからといって偽物が世に回るのはあまりよろしくない。
ある程度のレベルならば多少の許容はするべきかもしれないが、本物に比べて数段階も劣化しているようなものなど本物にとっても悪評につながりかねないのだ。
だからこそ、本物であることを証明するためにオリジナルのマークをつけようと思ったのだろう。
「しかし、現状でこのリバーシを造ることができるのは君一人なのかい?」
「おそらくそうだと思いますよ? といっても、土属性の魔法を使うことができる人ならば、簡単にできるようになると思いますが……」
「ううむ……だが、こういうものを作ることを魔法が使える人間は受け入れてくれるか……」
「まあ、無理だと思いますよ」
商人の懸念を俺は肯定する。
この世界では魔法を使えるということだけで一種のステータスであり、魔法を使えることで職業を得ることができたりする。
例えば、王都の魔術師団である。
魔法のエキスパートたちの集団であり、騎士たちでは倒すことのできないような魔物たちを相手どるために集められた精鋭たちである。
魔法が使える者にとっては憧れであり、魔法の才能がある人間はとりあえずそこを目指すそうである。
まあ、俺は全く興味はないわけだが……
とりあえず、そんな戦闘至上主義的な理由からこのような遊び道具に魔法を使うなんてことはプライドが許さないと思われる。
「では、君に造ってもらうしか……」
「別に構いませんよ」
「本当ですか? 商人の私が捌くのですから、かなりの数が必要になってくるのですが……」
俺の言葉に商人が驚く。
これほどのものを作り上げている俺のことを信じていないわけではないようだが、子供であるがゆえに大それたことを言っているようにも感じたのだろう。
まあ、子供の言うことなので仕方がないと言えば仕方がないのだが……
「練習で作っているだけなので、家に1000セットぐらいはありますよ」
「1000セットも!?」
「それにこれを一つ作るのに10分もかかりませんし、これを作っていても魔力が切れる心配はないですしね」
「……それだけであれば、十分ですね」
俺の言葉を聞いた商人が真剣な表情になった。
どうやら本気で商売できるものだと確信したのだろう。
だが、これは俺にとってもありがたい話である。
なんせ練習とはいえ作ってしまったリバーシを潰すのは少し気が進まなくて、気が付いたらそれだけのリバーシが家の倉庫に積み上げられていたのだ。
その光景を見たら、作った本人なのにげんなりしてしまったほどである。
それを捌けるのであれば、ありがたい話なのだ。
「では、親御さんのもとに案内してもらえますか? 流石に子供と商談するわけにはいきませんしね」
「まあ、そうですよね。では、案内します」
「ありがとうございます」
商人をとりあえず家にまで案内することにした。
流石に俺の独断でリバーシを商人に売ってもらうわけにはいかないと感じたので、最低限父親であるアレンの許可はもらおうと思ったためだ。
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