2-7 死んだ社畜は村の安全を考える (改訂)
「ああ、落ち着いてください。別に大したことはないでしょう」
「いや、大した事だろう。私達平民にとって貴族っていうのは逆らってはいけない相手──というか、さっきみたいな対応をしていたら、不敬罪で罰を受けてもおかしくはないんだよ」
俺はこの騒然とした空気をどうにか治めようと言葉を紡ぐが、どうにも治まる様子はなかった。
まあ、平民たちが楽しく飲んでいる酒場に子供とはいえ貴族が現れたのだから、そうなっても仕方がないのかもしれないが……
だが、俺は別に彼らに不敬罪など適用するつもりはないし、敬ってほしいわけではない。
素直な気持ちを伝えることにしよう。
「貴族と言っても、たかが男爵の次男ですよ? 後を継ぐつもりもないですし、名ばかりの貴族と言ったところですかね?」
「名ばかりでも貴族は貴族だろう? 少なくとも平民の私たちに比べれば、身分が高い事には違いないはずだ」
「まあ、そうですけど……とりあえず、今まで通りの対応でいいですよ? 年上の人から敬語を使われるのは慣れていないんで……」
「いいのか? あとで不敬罪とか言わないよな?」
「流石にそんなことはしませんよ。勝手にそんなことをしたら、後で怒られるの僕ですし……」
「それは怒られるで済むのか?」
僕の言葉に彼女は何とも言えない表情を浮かべる。
まあ、わからないでもない反応だが、冗談だと分かって欲しい。
流石にそんなことをしたら、怒られるだけで済むはずがないだろう。
「とりあえず、僕のことは只の子供だと思ってください」
「そっちがそういうならそれでいいが……」
ようやく納得してくれたようだ。
まあ、いくら子供とはいえ領主の息子を相手になかなか敬語を使わずに話すことなど難しいはずだ。
本当にあのおじさんは何者なんだろうか?
いくらリュコと顔見知りだからと言って、その主人である俺に対してあそこまで馴れ馴れしく話すなんて……
少し気になったが、今は話を戻そう。
「とりあえず、あの二人の喧嘩についてです」
「ああ、そうだったね。何かいいたいことがあるのかい?」
「はい、そうです。今は何も起こっていないみたいですが、そのうち大変なことになると思うので、その注意をしておこうと……」
「大変な事?」
俺の言葉にローゼスさんは首を傾げる。
まったく想像できていないようだ。
もしかすると、二人の喧嘩を生で見たことがないのかもしれない。
ならば、説明をするしかないな……
「先ほど二人の喧嘩に遭遇したんですが、明らかに過剰な威力の魔法を使ったりしていたんです」
「……それは少しまずいな。あいつらならともかく、他の人間に当たれば……」
「ちなみに流れ弾が僕に飛んできました」
「なっ!? 大丈夫なのか?」
「別に大丈夫ですよ? 僕は魔法が得意なんで、自力で止められましたし……」
僕は両手をひらひらとさせ、まったくダメージがないことを告げる。
まあ、だからといって彼女の心配がなくなるわけではないが……
「あの……二人に処罰は?」
「別にないですよ? 特に怪我人も出ていなかったですし、ローゼスさんが説教をしてくれたようなので僕たちからは特にないです」
「……それはよかった」
俺の言葉に安心したように息を吐くローゼスさん。
やはり二人のことを心配していたのだろう。
自分のことを姐さんと慕ってくれている二人のことを説教したりはするものの、大事には思っているのかもしれない。
「ただ、それでも注意はしておかないといけないこともあるんです」
「……一体、どの程度の魔法を?」
「そうですね……大の大人を一瞬で焼失させることができるぐらいの炎の槍でした。この辺りの建物なら5,6棟は簡単に燃やすことができるんじゃないでしょうか?」
「なっ!?」
俺の説明にローゼスさんが言葉を失う。
普通に考えて、そんな威力の魔法を使っているとは思わなかったのだろう。
俺だって実際にその目で見ていなかったら信じてはいなかったはずだ。
だが、この目で見てしまったのだから、事実なのは間違いないわけだが……
「大きさの割にかなりの魔力が込められていましたよ? 正直、水の魔法でコーティングしていなかったらやばかったですね」
「それは……というか、受け止めたのか? マティニの魔法を……」
「ええ。これでも僕は魔法が得意ですから」
驚くローゼスさんに俺は自信満々に答える。
日本人であるならば「謙遜こそが美徳」だとよく言われているが、ここは異世界なのでそういうことを考えない方が良い。
むしろ自分のことを過小評価してしまうような人間は信用されない傾向にある。
シリウス兄さんがまさにそうだった。
「本当なのか?」
「ええ、もちろんです。グレイン様でなければ、出来ない芸当ですけどね?」
確認の意味を込めてだろうか、ローゼスさんはリュコに視線を向けて質問をする。
その質問に対して、リュコも当然のように答える。
それを聞いたローゼスさんは椅子の背にもたれかかり、力を抜く。
「はぁ……領主様の次男坊は天才だと噂には聞いていたが、まさかそこまですごい子供だとは思わなかったよ。いくら魔法が得意でも魔族であるマティニの魔法を素手で止めるか?」
「一応、コーティングしていましたよ? 流石に素手だと危ないので……」
「そういう問題じゃないよ。普通に受け止めた時点でおかしい事に気づきなさい」
「そうですか?」
彼女の指摘に俺は首を傾げる。
正直なところ自分の事なのでイマイチどの程度まずいのかがわからない。
しかも、うちの家族も異常に能力が高いので、それと比べても自分がおかしいという認識すらなかった。
そんなことを考えながらリュコに視線を向けると、彼女も頷いていた。
どうやら本当におかしいようだ。
「わかったよ。マティニにはそんな魔法を使うことは控えさせよう」
「ありがとうございます」
「だが……」
「どうしたんですか?」
魔法を放つのを止めてもらうことで決まったのだが、ローゼスさんは少し心配そうな表情を浮かべる。
気になったので質問をする。
「あの二人の喧嘩を止めてはいるんだが、それでも私はあれが二人の関係だということである程度は許容はしているんだよ。ああいう感じでストレスを発散させることもできるからね」
「ああ、なるほど……だから説教はするけど、二度とそんなことができないようになるまでは怒らないということですね」
「そういうこと……だけど、マティニだけ魔法が使えなくなったら、ドライだけが得をすることになるわけだ。今まではドライの身体能力とマティニの魔法で互角になっているわけだから」
「そういうことですか」
彼女の懸念がよくわかった。
たしかにこのままではマティニの方が圧倒的に不利になってしまう。
そんな状態で喧嘩してしまえば、確実に大怪我を負うことになってしまうだろう。
「だったら、二人に喧嘩を止めるように言えば……」
「それは無理だと思うな。ドライの方はこのチャンスを逃さないとか思っているだろうし、マティニは不利な状況でも逃げるわけにはいかないとか思っていそうだし……」
「……めんどくさいですね~」
「ああ、本当だよ」
話を聞いていて、本気で面倒になってきた。
この村に住んでいる人たちのためにもこの問題を解決することは大事なのだが、解決策がなかなか思いつかない。
ようは周囲に被害を及ぼさないように勝負させれば……
「あっ!?」
「どうしたんだい?」
俺はとある方法を思いついた。
これならば周囲の被害などを考えることなく、勝負をすることができるはずだ。
「実はこういう物があるんですが──」
俺は思いついた内容を早速ローゼスさんに提案する。
それを聞いたローゼスさんは一瞬驚いたような反応を示したが、すぐに興味を示して詳しい話を聞いてきた。
それを伝えると、彼女は笑顔でゴーサインを出してくれた。




