6-28 死んだ社畜は第一王子と会話する
「やあ、イリア嬢。そして、グレイン君も久しぶりだね」
俺たちが近づくと、笑顔を浮かべてキース王子はそう答えた。
だが、俺はそんな彼の反応に思わず気になっていたことを聞いてしまう。
「第一王子だったんですね? だったら、出会った時に言ってくれたら……」
「はははっ、それはすまなかった。でも、君とはそういう身分の違いなど気にならない関係を築いておきたかったんだよ」
「だからこそ、名前だけしか教えてくれなかった、と?」
「ああ、そういうことだ」
俺の質問にあっさりと答えるキース王子。
たしかに、事前に俺が彼の身分を知っていたら、今のような会話をすることはなかっただろう。
しかも、キース王子は王立学院の5回生──俺よりも6歳も年上なので、そういう点でも親しく話すことは難しかったかもしれない。
あのとき、王城で仲良くなったからこそ、このように会話ができているのだろう。
そんな俺たちの会話を聞き、イリアさんが少し驚いたような表情を見つめる。
「二人は知り合いなの?」
「ああ。グレイン君と私はいわゆるマブダチというやつさ」
「まだ二回しか出会っていませんよ? まあ、知り合いなんかよりはよっぽど仲が良いとは思いますけどね?」
「まあ、とりあえず仲が良いのは理解できたわ」
イリアさんの質問に対するキース王子の答えに俺は思わずツッコんでしまう。
そんな俺たちの言葉にイリアさんが勝手に納得していた。
なんで二回しか出会っていない人間がマブダチなんだろうか?
少なくとも、王族がそんなに簡単に友達を作っていいものだろうか?
普通、周囲に近づいてくる者は王族の権威にすがろうとしている者がほとんどだろうから、そういう者に気を付けないといけないと思うのだが……
まあ、気にしていても仕方がないので、もう一つの気になることを……
「そういえば、キース王子はどうしてここに?」
「ああ、妹が心配になってな?」
「妹? ああ、そういえばシャルロット王女様はキース王子の妹さんでしたね?」
キース王子の言葉に俺は王家の家族構成を思い出した。
キース王子とシャルロット王女は同じ第二側妃から生まれた完全に血のつながった兄妹であることを……
だからこそ、キース王子はここに来たのだろう。
「シャルは昔から人見知りで、友達もイリア嬢しかいなかったことを心配していたんだよ。まあ、イリア嬢の方もシャルしか友達がいないようだったが……」
「あの? 私のことを馬鹿にしているんですか、キース王子?」
キース王子の言葉にイリアさんが額に青筋を浮かべながら問いかける。
しかし、その質問にキース王子が答えることはなかった。
「たしかにそうみたいですね。他にも相談できるような人がいると思っていましたが、頼ってきたのがまさかの僕でしたからね」
「それは私のことも馬鹿にしているのかな? ちょっと、聞いてる?」
俺は少し苦笑しながらそんなことを言う。
王女とはいえ一人の人間──当然ながら悩みぐらいはあったはずだ。
それを解決するために周囲の人間に相談するべきだったが、彼女の周りには残念ながら相談できる人がいなかった。
だからこそ、俺を頼ってきたようだが……
「どうやらその役目はグレイン君のお兄さんとお姉さんが受けたみたいだね? あの水色の髪の子たちがそうなんだろう?」
「はい、そうです」
「しかし……」
「? どうしましたか?」
キース王子が何かを考えこむ。
一体、どうしたんだろうか?
思わず質問してしまったが、すぐにキース王子は答えてくれる。
「たしかに二人とも女の子に見えるな? えっと……あの髪の長い方がシリウス君かな?」
「いえ、そちらは姉のアリスです。シャル王女の近くで何か説明している方が、兄のシリウスですよ?」
「えっ!? あんなに元気よく動き回っているのに、女の子なのか?」
「まあ、信じられない気持ちはわかりますよ」
俺の説明にキース王子が驚く。
そういえば、彼にはシリウスとアリスのことを話していたな。
だからこそ、俺がいる場でこんなことを聞いてきたのだろう。
「ところであの獣人と魔族の少女は誰だい? 見たところ、それぞれの種族の中でも位がかなり高く見えるのだが……」
「ビストとアビスの第二王女たちですよ。彼女たちも妹さんの訓練に付き合っているそうです」
キース王子に二人の素性を説明する。
別に隠すことでもないし、キース王子に納得してもらうためには二人の身元をはっきりとさせておくべきだろう。
まあ、キース王子は俺が説明するまでもなく、二人が身分の高い者たちであることは見抜いていたようだが……
そんなことを考えていると、またキース王子は考え込むような仕草をしていた。
「ふむ……」
「どうしましたか?」
「あの二人はグレイン君の婚約者なんだよね?」
「ええっ!?」
予想外の質問に俺は思わず驚いてしまう。
まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったからだ。
しかし、そんな俺の反応に気にした様子もなく、キース王子は話を続ける。
「お父様から聞いていたんだよ。カルヴァドス男爵家の息子が良い縁を結んだって……彼女たちがそうなんだろう?」
「はい、そうですよ。ちなみに、グレイン君には他に二人婚約者がいますよ?」
「イリアさんっ!?」
俺に変わって質問に答えたイリアさんに思わず声をかけてしまう。
しかし、なぜか彼女は俺の声に答えようとしない。
なんか怒っている?
あと、俺の婚約者は三人のはずなんだが……
「しかし、まさかシャルの周りにこんなにいい人が集まるとは思わなかったよ」
「……そうなんですか?」
キース王子の言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
イリアさんにいろいろと聞きたいことがあったが、今はキース王子の方を優先する。
「シャルは王女であることから、周囲にいる人間について考えないといけなかった。といっても、周りからの圧力やらでシャルの周りに人が集まることはほとんどなかったわけだが、それもシャルにとっていい事かどうかは判断できなかった。いや、良い事ではなかったんだろうな」
「キース王子……」
キース王子の言葉に俺は思わず同情したような声を出してしまう。
彼の声音から、本心で言っていることはすぐに理解できた。
本当に妹であるシャルロット王女のことを心配していたようだ。
同じ王族として……、そして兄として……
キース王子が笑顔でこちらを向いた。
「あのとき、グレイン君とシャルが出会えて本当によかったよ。グレイン君のおかげでシャルの周りには信用できる人間が現れたわけだからね」
「それはシャルロット王女様のお人柄が一番の理由ですよ?」
「人柄が?」
「ええ。たしかにシャルロット王女様の周囲にいる人間は僕の交友関係によるものです。ですが。あの4人は別に僕の知り合いだからという理由で王女様の周りにいるわけではありません」
「それがシャルの人柄だと?」
「ええ、そういうことです」
キース王子の言葉に俺は頷く。
たしかに俺の伝手でシリウスたちを紹介したわけだが、それでもシリウスたちがシャルロット王女様の周りにいるのは彼らの意志である。
周りにいたいと思わせるのは、それもシャルロット王女様の一つの魅力ということだろう。
そんな俺の言葉を聞き、キース王子は微笑む。
「グレイン君は謙虚だな。しかし、だからこそ信頼できるな」
「ありがとうございます」
キース王子の評価に俺は感謝の言葉を告げる。
正直なところ、買いかぶりすぎだと思ってはいたが、流石に王子に直接言うようなことはするつもりはなかった。
ブックマーク・評価・レビュー等は作者のやる気に是非お願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




