6-19 死んだ社畜は自室で考え込む
「むぅ……」
「グレイン様、どうされました?」
俺が考え込んでいるのを見て、リュコが話しかけてきた。
現在、俺はバランタイン伯爵邸に与えられた自室にいた。
なぜ自室で考え込んでいるのかと言うと、先ほど学院で学長から言われた言葉が納得いかなかったからだ。
「……学長に言われたんだ」
「何をでしょうか?」
「……俺にはまだまだ付け入る余地がある、ってな」
「付け入る余地、ですか?」
俺の言葉を聞き、リュコが単語を反芻する。
どうやら状況がつかめないようだ。
まあ、単語だけなら、わからなくても仕方がない。
俺はどういう状況でそれを伝えられたのかを説明する。
「今日も【特別試験】があったのは知っているな?」
「ええ、もちろんです。グレイン様に勝利すれば、卒業する権利を与えられるという試験ですね」
「ああ。今回も俺が勝ったんだが、今回の相手は今までにないぐらい俺を追い詰めたんだ」
「グレイン様をですか? それはすごいですね」
俺の説明にリュコが驚きの表情を浮かべる。
彼女とは小さいころからずっと一緒に過ごしてきた。
だからこそ、俺の異常性については一番理解しているはずだ。
そのため、俺を追い詰めたという生徒が現れたことを驚くのは当然と言えるだろう。
「もちろん、俺は全力では戦ってはいない。そんなことをすれば、試験にすらならないからな」
「まあ、そうでしょうね。グレイン様が本気を出されれば、大人でも相当の実力者でなければ相手できないですからね」
俺の言葉にリュコが賛同してくれる。
別に俺は負け惜しみを言っているわけではない。
純粋に事実を述べているだけなのだ。
そのうえでリュコは納得してくれている。
彼女の反応に少し気持ちが落ち着いた。
「だが、それでもあの学長は付け入る隙があると言ってきたんだ」
「……」
「現状すら本気を出すことができていないのに、どうして付け入る隙があるんだ、と言う話だよっ」
俺はムカついて思わず怒鳴ってしまった。
別に俺は世界で一番強いだとか誰にも負けないだと考えてはいない。
その点ではしっかりと自分の実力を認識しているつもりだ。
そのうえで俺の実力は学生では何人がかりであったとしても、付け入る隙すら与えることはないと思っているわけだが……
「学長様の言うことはあながち間違ってはいないかもしれませんよ?」
「なに?」
だが、リュコは考えが違うようだ。
彼女の言葉に俺は思わず睨んでしまった。
一番の味方だと思っていた彼女がまさかの言葉を言ってきたからだ。
だが、そんな俺の睨みにもひるむことなく、彼女は自分の意見を述べ始めた。
「たしかに、現状でグレイン様に勝つことができる学生はいないでしょう。それが何人がかりであったとしても……」
「だったら、どうして学長の言っていることが間違っていないと言えるんだ?」
リュコの言葉に思わず聞き返してしまう。
彼女は俺の言うことをすべて納得している。
そうであるならば、俺には付け入る隙があるとは思わないはずだが……
だが、それでも彼女は学長の言うことはもっともだと思っているようで……
「おそらく、学長様はグレイン様に足りないものを教えてくれているのではないでしょうか?」
「足りないもの、だと?」
彼女の言葉に思わず聞き返してしまった。
彼女の言わんとしていることはわかる。
しかし、なぜ彼女がそんなことを言っているのか理解できなかった。
「別に俺にはすべてが揃っているとは言わない。足りないものがまだまだあることは理解できている。だが、それが足りてないからと言って、俺に付け入る隙があると言えるのか?」
俺だって、自分に足りないものがあることは自覚している。
これは俺が最強になったとしても、足りないものは残っていくだろうと思う。
足りないものがなくなる──つまり、弱点がすべてなくなることが最強への道だとは思うが、そんなものはあくまで理論上の話だ。
そんなもの、神でもなければ無理ではないだろうか?
まあ、前世では神を殺す武器とか生物が神話でも出てくるから、神様も万能ではないが……
「メイドの私にはわからない話ですね。私にはどうやってもグレイン様に勝つことが出来る未来は見えませんから……」
「それはメイドが関係あるのか?」
「さあ、わかりません。ですが、私からは助言できるようなことがありませんね」
「……それはそうか」
彼女の言葉に俺は納得せざるを得なかった。
彼女は戦闘に関してはかなりの実力を持っているが、あくまで職業はメイド。
戦闘についてどうこう言えるような人間ではない。
だが、正直なところ、彼女にはどこか期待していたところがあった。
彼女がいたからこそ、俺はここまでやってこれたと思っている。
彼女がいなかったら、果たして俺はここまで強くなれていただろうか?
「ですが、私でも一つ言えることがあります」
「なんだ?」
彼女の言葉に思わず期待を込めて、聞き返してしまった。
そんな俺に彼女は真剣な表情で──いや、怒りの表情で答えた。
「もうかれこれ何時間悩んでいるんですかっ! もう夕食の時間になっていますよ?」
「えっ!? マジで?」
彼女の怒声に俺は思わず慌ててしまう。
窓から外を見ていると、すでに真っ暗になっていた。
明らかに夕日が沈んでしまっているだろう。
「自室に入ってから何時間も悩んで……私がどれだけ待っていたかわかりますか?」
「えっと……」
「呼びに来たのはもう20分も前の話ですよ? それなのに、私に気付かずにずっと考えこんで……待たされる身にもなってください」
「うぐっ……す、すまん」
彼女の言葉に俺は謝罪するしかなかった。
彼女には悪い事をした。
せっかく夕食ができたので呼びに来ただろうに、俺の悩みをぐちぐちと聞かされてしまったわけだから、リュコからすれば面倒なことこの上なかっただろう。
これはあとで機嫌を取らないといけないかもしれない。
「すぐに食堂に行きますよ。せっかくの料理が台無しになってしまいます」
「ああ、そうだな」
リュコに連れられ、俺は部屋から出ることになった。
悩みを解決することはできなかったが、これはこれでよかったかもしれない。
こういうときには気分を変えるのが一番だからだ。
俺はそう思うと、思考を今日の夕飯のメニューへと向けた。
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