6-18 死んだ社畜は高齢エルフに諭される
「はははっ、想像以上の成果だな。まさかグレイン君をあそこまで追い詰めることができる者が現れるとは思わなかったよ」
所変わって、特待生クラスの教室。
僕の目の前で学長が嬉しそうにそんなことを話していた。
先ほどのエクレール先輩のパーティーが俺を相手にあれほどまで立ち回れたことが嬉しかったのだろう。
今まで、俺が相手をするとほとんどの生徒が相手にならなかった。
それがグループ学習を始めたおかげで、ここまで進歩したのだ。
しかも、わずか2週間で、だ。
嬉しく思って当然だろう。
「これだったら、そのうちグレイン君に勝つ学生が現れるだろうな」
「はぁ?」
学長の言葉が気に食わず、俺の口から低い声が漏れた。
こいつ、今なんて言いやがった?
「おいおい、怒るのか? 自分の評価が下がったと思って怒るなんて、グレイン君も人間らしいところもあるんだな」
「いや、俺はれっきとした人間だよ。なんで、人間枠から外れている認識なんだよ」
「えっ!?」
俺の言葉に学長が驚いたような表情を浮かべる。
本気で驚いてはいないようだが、明らかに怒っている俺をからかっている雰囲気がある。
とてもムカつくのでぶん殴りたいが、今の俺では彼に勝てないことは俺自身が十分に理解できている。
なので、怒りはどうにかして収めた。
「学生が成長するのはわかっているし、俺に対していい線まで戦えるようになるのは理解している。だが、俺は卒業まで誰にも負けるつもりはない」
「ほう……大きく出たな」
俺の言葉に学長がニヤニヤとした表情を浮かべている。
こいつ、舐めているのか?
収めたはずの怒りが再燃しそうになった。
「他の学生が成長するということは、俺も成長するんだよ。少なくとも、他の学生より努力しないつもりはないから、誰も俺を超えられないだろう」
「ふむ……たしかに一理あるな。だが、それでも君を超えるような人間が現れる可能性があると思うが?」
「……そうなったら、俺の才能もそこまでということだ」
「そうなのかい?」
俺の言葉に学長は首を傾げる。
おそらく、俺の言っていることがよくわかっていないのだろう。
だが、これは俺の意地でもある。
俺の持っている感情──劣等感からこのような考えをしているのだ。
もちろん、劣等感を抱いているのは、この男からである。
「学生に負けるような奴があんたに勝てる可能性があると思うのか? 現状でこれだけ差があるのに……」
「グレイン君はいい線言っていると思うよ? 他の学生に負けたとしても、僕に勝てないということはないと思うけど……」
「いや、それはない」
「ほう? どうしてだい?」
俺の言葉を聞き、学長が興味深げな表情になる。
馬鹿にしたような様子はない、純粋な興味のようだ。
そんな彼に俺ははっきりと告げる。
「現状で俺とあんたには明確な差がある。一言で言うなら、「次元が違う」といったところかな?」
「ふむ……」
「俺と他の学生の差は確かに大きな差ではあるが、「次元が違う」とまでは言えないだろう。学生たちが努力をすれば、超えれない壁ではないだろう」
「つまり、そんな学生に負けるようでは、「次元が違う」私には勝てるはずがない、ということかい?」
「ああ、そういうことだ。あんたもわかっているんじゃないのか?」
学長に思わずそんなことを聞いてしまう。
俺ですら感じていることを、学長が理解していないはずがないのだ。
「まあ、君の言わんとしていることは理解できる。たしかに君と学生たちの差よりも私と君との差の方が大きいという話はその通りだろう」
「ああ、だからこそ俺が負けるわけには……」
「だが、君は勘違いしているようだな」
「なに?」
学長の言葉に俺は思わず反応してしまう。
これは俺のことを馬鹿にしているのか?
そんな思いで学長の方を見たのだが、そこには馬鹿にしている表情はなかった。
今までにないぐらい、真剣な表情だったのだ。
どういうことだ?
「君は才能があるし、頭もいい。大の大人が顔負けするぐらい大人びているが、グレイン君もまだ子供のようだな」
「……実際に子供だろう? 何を今更……」
この男は一体何を言っているのだろうか?
たしかに俺は前世の記憶があるゆえに時折子供らしくないことをして大人びているといわれることはある。
しかし、それは俺の内面の話で、外面ならばどこからどうみても子供なのだ。
そんなわかり切ったことを言われても……
「私が言いたいのは内面の事さ」
「内面、だと?」
「ああ。君は確かに大人びた振舞いをしているから内面も大人だと思われがちだろう。しかし、だからといって本物の大人とはいえないようだ」
「……」
学長の言葉に思わず黙り込んでしまう。
一体、何が言いたいのだろうか?
俺は学長がどうして俺のことを子ども扱いをしたのか、なぜこんなことを言っているのかわからなかった。
そんなことを考えている俺に学長はさらに言葉を続ける。
「どうやら私の言っていることがわからないようだね」
「ああ……俺としては、どうしてそんなことを言われているのかがわからない」
「まあ、それは仕方がないか。だが、私から教えるようなことではないな」
「どうしてだ?」
学長の言葉に俺は少し怒りそうになってしまった。
教師と言うのは学生に教えるのが仕事だろう。
それなのに、教えることを放棄するとは、こいつは本当に教育機関の長なのか?
そんなことを考えていると、学長は苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「私が言葉で伝えても、君の心には響かないと思っているのさ。こういうのは自分が経験をして初めて納得できるようなことだからさ」
「……わからないな」
「ああ、今の君じゃわからないだろうね。おそらく、これは君が学生の誰かに敗北することで初めて理解できるだろう」
「……俺が負けると思っているのか?」
学長の言葉に俺は思わずそんなことを聞いてしまった。
そもそも、【特別試験】は学生の能力の向上を目的に行われていることで、本来ならば俺が負けることは想定されていない。
もし負けるようなことがあれば、言った通りに卒業を認めるらしいが、俺に勝つ確率など限りなくゼロに近いはずだ。
それなのに、どうして学長はこんなことを……
「今の君になら、まだ付け入る余地はあると思っているよ。かなり低いかもしれないけど、可能性は残っているからね」
「……」
学長の言葉に俺は何も言わなかった。
いや、何を言えばいいのかわからなかったからだ。
どうして学長が俺に対してこんなことを言ったのかわからない。
しかし、俺は「付け入る余地がある」と言われたことに腹を立てて、それ以外を考える余裕がなかった。
俺はそのまま席から立ち上がり、荷物を背負って教室から出ていった。
それはまるで俺が負けて逃げるようだった。
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