6-8 死んだ社畜は珍しい石を見る
「やあ、モスコさん」
「ご無沙汰しております、グレイン様。ご活躍、お聞きしておりますよ。まさか8歳で王立学院に入学するとは、とても驚きましたよ」
俺が挨拶すると、モスコはいきなりそんなことを言ってきた。
まあ、王都で商売をしているのだから、俺のことを知らないわけがないな。
なんせ商売において情報は命──つまり、俺のこともしっかりと情報収集したうえでここに来ているはずだ。
「あの糞爺に目をつけられて無理矢理、な。こっちとしてはいい迷惑だよ」
「何をおっしゃいますか。王立学院の学長──エルヴィス殿に才能を見出されたのは素晴らしい事ですよ? それをされた者は一族総出で祝われてもおかしくはないという話も聞きますが……」
「普通はそうだろうね。でも、僕は全然嬉しくもなんともないんだよ」
「まあ、グレイン様は元々素晴らしい才能の持ち主であることはわかっていましたからね」
僕の言葉に納得してくれるモスコ。
僕のことを小さいころから知っているのであれば、僕がこんな風に人とは違う扱いを受けることを喜ばないことは理解しているだろう。
今回の学院の待遇は明らかに過剰すぎた。
こんなことでは、確実に周囲から目をつけられてしまう。
「それで、今日はどういった要件かな? ミュール商会に就職する話だったら、お断りするよ」
「いえいえ、その話ではありませんよ。それは数年後にグレイン様が学院を卒業されたときにでも話しましょう」
「……諦めてはいないんだな」
どうやらまだモスコは諦めていないようだ。
まあ、俺の開発と計算の能力は商会にとっては欲しい人材なのだろう。
身近にあるのだから、逃がしたくはない気持ちもわからないではない。
「今回は珍しいものをお見せしようと思いまして……」
「珍しいもの?」
モスコの言葉に首を傾げてしまう。
モスコが世界中に手を広げている商会であることは理解している。
そのため、俺の知らないものを扱っているのもわかる。
しかし、俺に見せようとするとは……
「実は……」
「ああ、ストップ」
「はい? どうしましたか?」
袋の中から何かを取り出そうとしたモスコを俺は止めた。
止められたモスコはきょとんとした表情でこちらを見てきた。
「それは大丈夫なのか?」
「何がでしょうか?」
「いや、危険なものではないのか? 僕に見せようとするぐらいだから、嫌な予感がするんだけど……」
俺が思ったのは、俺にしか対応できないものをモスコが持ってきたのではないか、ということだ。
そうでなければ、彼がわざわざ訪ねてくることはないと思う。
だが、そんな俺の言葉にモスコが笑い始める。
「はははっ、流石にそんなことはしませんよ」
「本当か?」
「グレイン様はうちにとって上客であると同時に、大事な開発者でもあります。そんな人の機嫌を損ねるような真似を私がすると思いますか?」
「……たしかにそうかもしれないな」
モスコの言っていることは理解できたので、納得することにした。
たしかに、彼が僕の機嫌を損ねるような真似をするとは思えない。
さて、だとしたら彼は何を持ってきたのだろうか?
俺が納得したのが分かったのか、モスコが再び袋の中を探り出す。
そして、目的のものを見つけたのか、それを取りだした。
「実は、これなんですが……」
「なんだ、これ? ……うっ!?」
モスコが取り出したのは、一つの手のひらサイズの赤い石だった。
いや、ただの石ではない。
その石からは並々ならない魔力を感じる。
手のひらほどの大きさしかないのに、俺を驚かせるほどの魔力を内包していたのだ。
驚く俺を見て、モスコが嬉しそうな表情を浮かべる。
「流石はグレイン様です。この石の力を感じたのですね?」
「……その石はなんだ?」
俺は丁寧さがはがれ、素の口調になってしまった。
だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
今は目の前の石が気になってしまう。
「これは【魔石】と呼ばれる石です」
「【魔石】だと?」
聞いたことのない言葉だ。
一体、なんなのだろうか?
「最近、魔国で発見されたものです。魔獣や魔物の体の中に時折現れる石らしいです」
「……」
説明を聞き、俺の頭の中で【結石】という言葉が思い浮かんだ。
だが、おそらくそれとは全く関係ないだろう。
「私には感じることができないのですが、この石には魔力が内包されているみたいです」
「そのようだね。しかも、かなりの量が内包されているのが触れなくてもわかるよ」
「流石はグレイン様です。ちなみに、この石は【炎属性】だそうです」
「だから、赤色なのか?」
モスコの説明に俺は簡単な推測をしてみた。
炎属性だから赤色、そんな子供でも思いつきそうなことを言ってみただけなのだが……
「はい、その通りです」
「え?」
「現在確認されている魔石の種類は【水属性】が青色、【風属性】が薄い緑色、【土属性】が土色です。属性と色が相関しているわけですね」
「……」
思ったよりも簡単な見分け方だった。
まさか、そんなわかりやすい相関になっているとは思わなかった。
「アビスの研究者が魔獣の体の中を調べている際に見つけることができたそうです。なんでも、魔力の流れが固まっている部分があることに気が付いたそうで……」
「ああ、それは僕も感じたことがあるな」
モスコの説明を聞き、俺も魔獣と対峙したときに感じたことを記憶の隅から出してきた。
そういえば、魔獣は基本的には体のどこかに魔力溜まりを有していることが多かった。
そこを攻撃すると、魔獣の動きが一気に遅くなってしまう。
魔力の流れの中心──生物で言う心臓のような役割を担っていると思っていたが……
「流石はグレイン様ですね」
「でも、それは魔獣が死んだ場合にはすぐになくなっていた気がするけど?」
モスコの褒め言葉を流し、俺は経験から疑問を投げかける。
魔獣を倒すと、ある程度時間が経てばその体内から魔力がほとんどなくなってしまうはずだ。
何度か魔獣の体を解体したことはあるが、そんな石が見つかったことはなかったはずだが……
「研究者曰く、生きた魔獣や魔物からしか取れないそうです」
「なに?」
モスコの説明に本気で驚いてしまった。
だが、すぐに言っていることが正しいことはわかった。
生きているうちは魔獣や魔物の体の中を魔力が流れており、死んでしまうとその魔力が体外に霧散してしまう。
ならば、生きているうちに調べれば、それを見つけられるわけだ。
しかし……
「あまりいい気分じゃないな」
思わずそんな感想を漏らしてしまった。
別に魔獣や魔物は人に害をなす生物なので、命を奪うことには文句はない。
それらの対策を練るために研究をするのもおかしな話ではないだろう。
しかし、生きたまま研究するのはあまり気分が良いものではない。
人体実験などの苦い歴史からいろいろと取り決めができた地球出身であるからこその感覚だろうか?
「グレイン様の言いたいことはわかりますよ」
「……モスコ」
モスコの言葉に俺は少し感動してしまった。
地球出身だから感じていたと思っていた感覚を、共感してくれたのだ。
自分だけではない、そんな気持ちになってしまう。
しかし──
「生きたままの魔獣の研究はかなり危険です。動きを封じることに失敗して、何人もの研究者が犠牲に……」
「あ……わかってないな」
「え?」
モスコの言葉に共感できていないことに気が付いた。
いや、彼の言っていることも心配しているが、俺はそれよりも気になる部分があるのだ。
まあ、おそらくこれは地球出身である俺だからこその考えであるため、共感してくれという方が難しいだろう。
驚くモスコを見ながら、俺はわざわざ伝える必要はないとその思いを心の中に留めることにした。
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