第五章 閑話4 王立学院の教師たちの会議にて
王立学院のとある一室。
そこには数人の大人たちが集まっていた。
彼らはとある書類の内容を確認していた。
「これは本当なのですか?」
「……はい」
「信じられないんだが……」
「信じられないかもしれませんが、事実だそうです」
「むぅ……」
一番偉そうな男が近くにいた男に問いかけるが、頷かれるだけだった。
信じたくないことではあるが、この書類の中に書いてあることは事実のようだ。
「まさか、入試で満点を叩きだす奴が現れるとは……しかも、まだ8歳なのだろう?」
「学長の話が本当であるならば、8歳で間違いはないでしょう」
「……兄弟が代理で受けたとかは?」
「なら、8歳として別に受ける必要はないでしょう? というか、そもそも学長が誘拐して無理矢理受けさせた試験ですよ?」
「む? それもそうか……」
偉そうな男は周りの言葉に納得する。
たしかにそのとおりである。
「そもそも、このグレイン=カルヴァドスというものの兄弟も同時に試験を受けています」
「なに?」
「兄と姉のようですね」
「……どちらも成績はいいのか?」
「姉の方は筆記と魔法はそこまでではないようです。まあ、それでも受験者の平均点ぐらい取っているみたいですね。あと、戦闘系の試験が極端に成績がいいですね」
「ほう」
「兄の方は筆記と魔法はトップクラスです。戦闘系の試験はやや成績は下がるものの、平均点以上です」
「……優秀なのは血か?」
この場にいる者は全員カルヴァドスという名前を知っている。
いや、この国で知らない方がおかしいのかもしれない。
かつて、この国に現れた怪物──一つ目の巨人【サイクロプス】、かの魔物によってこの国は未曽有の危機に陥っていた。
誰もがこの国は滅びるかもしれない、そう思っていた矢先、一つの報告が入ってきた。
たった1パーティーでサイクロプスを倒した、と。
そのリーダーがアレン=カルヴァドス──この一件で【巨人殺し】と呼ばれるようになった男である。
そんな男の子供であるならば、優秀であることもうなずける。
まあ、この男が優秀なのは戦闘系だけで、勉強の方がからっきしであることはこの男たちは思ってもみないが……
「それにしても、この8歳の弟の方は異常じゃないですか?」
「筆記試験が満点なのはわかりますが、なんで戦闘系の試験が本来設定されているはずの満点を超えているんですか? 学長はもしかして点数を知らないんですか?」
別の男達が口々にそう言ってきた。
たしかに、筆記試験の満点は理解できる。
勉強さえできれば、満点をとれる可能性がないことはないからだ。
しかし、戦闘系の試験については、明らかにおかしかった。
本来設定されているはずの満点を超えてしまっているからだ。
普通に採点されているのであれば、起こることのない出来事である。
偉そうな男は先程説明してくれた男に視線を向ける。
視線を向けられた男は報告書に目線を落とす。
「……えっと、これは学長直々に戦ったそうです」
「えっ!? まさかの実戦?」
報告の内容にその場にいた全員が驚いた。
なぜなら、学長が戦うことなど彼らですら見たことがないからだ。
もちろん、学長が優秀であることはこの場にいる全員が知っている。
なんせ、王立学院の学長──エルヴィスはこの王立学院ができて以来、ずっと学長の座にい続ける化け物だからだ。
まあ、エルフという長命種であるのが理由でもあるが、王立学院が出来てから数百年の間、その席を譲っていないことから優秀であることはわかるだろう。
そもそもが優秀であったから、王立学院ができたときに当時の国王に頼まれたそうなのだ。
「ほ、本当なのか?」
「ええ、そうみたいですよ? まあ、流石に学長が勝ったみたいですが……」
「それは当然だろう。どこのどいつがあの学長に勝てるというのだ」
報告を聞いた男たちは口々に学長の方が強いと言う。
別にこれはゴマすりでも何でもない。
純然たる事実である。
おそらくここにいる者はこの国どころか全世界でも学長に勝てる存在がいるとは思っていない。
それほどまでに学長が圧倒的な存在だと思っているのだ。
まあ、あながち間違いではないが……
「報告によると、魔法で学長の頬に傷をつけただけみたいですね。たしかに、これで満点以上を叩きだすのは……」
「頬に傷をつけた、だとっ!?」
「「「「「っ!?」」」」」
まさかの報告にその場にいた全員が立ち上がった。
そして、報告書を持った男のもとへと集まる。
無理矢理報告書を奪い取り、全員で回し読む。
そこに書かれてある文字を見て、男たちはこれを書いたのが学長であることが分かった。
そのうえで、先ほどの報告を確認したのだが……
「嘘だろう?」
「まだ8歳の子供にそんなことが……」
「一体、どうすれば……」
報告を確認した男たちは心ここにあらず、の状態になってしまった。
それほどまでにショッキングな内容だったのだ。
これは仕方のないことかもしれない。
だが、リーダー格の男はきちんと心を保った。
彼はこの場の責任者──だからこそ、他の者と違って取り乱すことができないのだ。
「……それで学長は何と言っている?」
「特待生として受け入れたいそうです」
「ふむ……なるほど。それほどの実力ならば、当然だな。8歳という年齢からも、その措置はするべきかもしれんな」
「あと、学長直々にしごくそうです」
「……それは仕方のない事だろう。そんな怪物を鍛えられる教員など、この学院にはいないだろう」
男は嘆いてしまう。
この王立学院には様々な分野のプロが次世代の人材を鍛えるためにいる。
もちろん、戦闘系のトップもだ。
しかし、そんな彼らをもってしても、学長に傷をつけることは難しい。
つまり、この時点でグレインは教員を超えてしまっているのだ。
ならば、教えられるのは学長だけだろう。
「あと、いくつか座学を受けさせたい、と」
「座学? 入試問題だけではなく、6回生の試験までことごとく満点だと聞いたが……」
「ああ、それは基礎教養科目だけみたいです」
「基礎教養科目だと? 他に何を受けさせるものがある?」
報告に男は首を傾げる。
基礎教養科目とは──算術や文学、歴史や化学など科目のことである。
勉強することによって身に付けられるものではあるが、満点を取ることはかなり難しい。
しかも、すでに最上級生のトップを超える学力をもつ8歳児に何の座学を受けさせるのか……
「貴族学みたいですね」
「……なんで今更? その子はカルヴァドス男爵家の人間だろう?」
報告の意味が分からなかった。
貴族学とは貴族としての当たり前のことを習う科目のことだ。
正直なところ、貴族である時点で知っていることが多い内容が多い。
ただただ、貴族として改めてその責務を実感させるために受けさせている面が強い科目である。
教養科目で満点を取るような子が受けるような科目ではないと思うが……
「カルヴァドス男爵家の人間だからかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「あそこは20年ぐらい前にできた新興の貴族でしょう? だから、まだ当主を含めて貴族らしくない」
「……たしかにそうかもしれんな」
「父親は冒険者上がりで貴族らしさを身に付けることは難しいでしょうが、子供ならばできるだろうということかもしれません」
「まあ、たしかにそちらの方がいいかもしれないな」
説明に男は納得することができた。
たしかにこの子供にはいくつかの座学は必要なのかもしれない。
別にカルヴァドス男爵家のことを馬鹿にしているつもりはないが、貴族らしさという点ではあまり優れているとは言えない。
今後も国の一角を担うお家であるならば、子供に貴族が何たるかを教えるべきなのかもしれない。
それを思って、学長は提案したのかもしれない。
「まあ、この子は学長に任せればいいみたいですね」
「ああ、そうしよう。我々が関わることはなさそうだ」
「「「「「はははっ」」」」」
こうして、面倒なことはすべて学長に任せればいいということに決まった。
そもそも、この場にいる者たちでどうこうできる問題ではなかったのだ。
とりあえず、報告だけは受けといて、あとは持ってきた当人に任せるべきだと判断したわけだ。
だが、その判断のせいかわからないが、彼らはグレインの学院生活の間に頭をよく悩ませることになることはその時の彼らは知る由もなかった。
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