第五章 閑話3 裏路地の魔道具店にて
ここは王都のメインストリートから逸れた裏路地をどんどん奥に入っていったところにある【エルフィア魔道具店】。
その立地条件のせいか、店の雰囲気のせいか、今日も店の中は閑古鳥が鳴いていた。
そんな中で店の店主──ダークエルフのエルフィアはのんびりと店番をしていた。
弟子は王都の外に出て、魔道具の素材を集めていた。
修行の一環だと言ってさせていることではあるが、実は修行でも何でもなかったりする。
だが、意味のない事ではない。
自分たちの使っている素材がどれだけ集まるのが大変かを自分の身で味わうためにやっているのだ。
といっても、エルフィアが修行していたころは使う素材はその辺にも腐るほどあったし、エルフィア自身の才能も相まってそこまで集めることには苦労しなかった。
そのため、エルフィア自身に素材を集めることが大変だという思いはなかった。
ただただ自分が弟子時代にさせられたことを自分の弟子にもやらせているだけだった。
「さて、今日は何を作ろうか……」
エルフィアは頭の中で構想を浮かべる。
普通、魔道具を作る際には作りたい物を浮かべ、その作り方を考えるものである。
しかし、エルフィアは違った。
思い浮かべたことを詰め込み、そして出来上がったのが魔道具、という感じである。
所謂、天才という奴だ。
これで出来てしまうのが、一つの才能ではあるが……
彼女が考えているのは、どんな機能を取り入れるか……そんな感じだった。
そんなことを彼女が考えていると、不意に店の扉が開く。
(ギイッ)
「いらっしゃい……って、あんたかい?」
「おいおい、昔馴染みのイケメンが来たのに、その反応はダメじゃないか? 珍しいお客さんだぞ?」
そこにいたのは一人のイケメンエルフだった。
この王都にある王立学院のトップ──学長のエルヴィスだ。
年齢はたしかエルフィアの150歳ぐらい上だっただろうか、長い年月のせいで正確には忘れてしまったが、とりあえず年上であることは確実だ。
魔道具を作ることに特化しているエルフィアとは違い、彼は近接戦闘と魔法による戦闘が得意で、さらにそれを補う知恵も持ち合わせているのだ。
正直、戦いが苦手なエルフィアにとって、彼は苦手な人物だった。
「で、何の用だい? うちは金を払わない奴は客とは呼ばないようにしているんだが」
「数少ない良客になんて口をきくんだよ。誰のおかげでこの店が切り盛りできて……」
「別にあんたが買わなくても、この店は切り盛りできてるよ? たしかに経営が厳しい事には変わりないけどね?」
「うそっ!?」
エルフィアの言葉にエルヴィスは驚きの表情を浮かべる。
本当にむかつくな、こいつは。
だったら、現実を突きつけてやる。
「ミュール商会がうちから魔道具を購入してくれるからね。時折面白いものを注文してくるから、私としてはあっちの方が良客さね」
「私よりエルフィアと仲が良いなんて……そいつら、潰そうかな?」
「……やめなよ。そんなことやったら、今度こそ私の魔道具の餌食にするよ?」
「……わかったよ」
エルフィアが脅しをかけると、エルヴィスが笑顔で両手を上げる。
流石にこれ以上エルフィアを傷つけるようなことはしたくないようだ。
そんな彼を見て、エルフィアはため息をつく。
慣れた様子から、これは二人の仲が伺える。
「それで何の用だい? あんたが来たということは、あまりいい知らせじゃなさそうだが……」
「いや、そんな疫病神みたいに……今回は純粋に頼み事があって来たんだよ」
「頼み事?」
エルヴィスの言葉にエルフィアが首を傾げる。
そんな彼女を見て、エルヴィスは笑顔を浮かべる。
本当にムカつくイケメンである。
「君に【魔力拘束具】を作ってもらいたいんだ」
「……なんでそんなものを?」
エルヴィスの頼みにエルフィアは睨みつけるような視線を向ける。
彼の頼んだものはそれほどまでに彼女の記憶に焼き付いているものだからだ。
【魔力拘束具】──その名の通り、装着者の魔力を拘束するための魔道具である。
装着する場所、装着する数によって、その効果が大きく変化する。
例えば、一つだけを右手に装着したとする。
すると、右手ではなかなか魔法をうまく使えなくなり、必然的に他の部分で魔法を使おうとする。
すると、利き手以外でも魔法を使うことができるようになるわけだ。
しかし、これはそれだけの魔法具ではなかった。
この魔道具を両手両足に装着すれば、普通の人間ならば魔力を循環させるだけで精一杯になる。
首にまで装着してしまえば、おそらく誰も魔力を循環させることすらできなくなるだろう。
太古の昔──魔道大国では犯罪者が魔法を使わないために、この魔道具が使われていた。
だからこそ、【拘束具】という名前が付けられたのだ。
しかも、この魔道具はただただ犯罪者に魔法を使わせないために作られたのではない。
当時の権力者に反抗する勢力の人間の力を奪い、無理矢理虐げるために作られたものでもあったのだ。
そういう歴史があるからこそ、エルフィアはこの魔道具が好きになれなかった。
だが、エルヴィスはそれを知っていながらも彼女にその魔道具を作ることを求めてきた。
おそらく、現状でこの魔道具を作ることができるのはエルフィアだけだと知っているからだろう。
「面白い子を見つけてね」
「面白い、子? なるほど……とりあえず、衛兵に連絡を……」
エルヴィスの言葉を聞いたエルフィアの行動は早かった。
知り合いが犯罪しようとしているのだ。
ならば、それを事前に止めるのが自分の役目だと思ったのだ。
だが、そんなエルフィアの様子にエルヴィスは笑顔で止める。
「おいおい、勘違いしていないか? 少なくとも僕は子供に興味はないよ」
「年下好きの癖に?」
「いや、確かにそうかもしれないけど……というか、そもそもこの世に僕より年上の方が少ないよ? だったら、自然と年下好きには……」
「やっぱり犯罪者は捕まえないと……」
「うん、やめようか」
エルヴィスは笑顔でエルフィアの手を掴む。
その手に力が入っていることから、これはかなり本気のようだ。
まあ、からかうのはこれぐらいにしておこう。
「それで、その面白い子というのはどんな子なんだい?」
エルフィアは本題に入る。
エルヴィスが面白い子ということは、その子はかなりの見込みがあるということだ。
今までにもエルヴィスが面白いと言っていた子はいたが、その時は【魔力拘束具】を注文してこなかった。
そのときはたしか20年近く前だっただろうか?
「いや、私の頬に傷をつけたんだよ」
「へぇ……それはすごいな」
エルヴィスの説明にエルフィアは純粋に驚いた。
エルヴィスはこの世界でも最強の一角だと評されるほどに強い。
そんな彼が、油断していたとはいえ傷をつけられた、という話は非常に興味深かった。
よく見ると、彼の言う通り頬に傷がついていた。
もうすでに塞がっていたが、それでもそこそこ深めの傷がついていたことには変わりない。
「私の見立てではいずれ彼は私に並ぶ──いや、超える存在になるはずだ」
「……その子は長命種なのかい?」
「いや、ただの人間だよ?」
「……そんな子があんたを超えられるとは思わないのだけど?」
エルヴィスの説明にエルフィアは怪訝そうな表情を浮かべる。
たしかにその子はエルヴィスが認めるほどの逸材なのだろう。
しかし、人間である以上、エルヴィスと並ぶことなど難しいと思うのだ。
エルヴィスは長命種であることと才能があることが合わさることによって、最強の一角と呼ばれるまでに至った異常人だ。
そんな彼に並ぶ存在になるということは、いくら才能があったとしても短命種では難しいだろう。
しかし、そんな疑問にエルヴィスは笑顔ではっきりと告げる。
「いや、絶対に超えるね」
「……理由は?」
「私に傷をつけたが、それでも彼はまだ何かを隠していた筈だ」
「……たしかにそれなら可能性はあるか」
エルヴィスが手加減していたとはいえ、並みの者なら本気を出さないと傷をつけることはできない。
それなのに、まだ手を残した状態でエルヴィスに傷をつけたのだ。
ならば、エルヴィスの言う可能性はあるかもしれない。
「はぁ……わかったよ。作ってやるよ」
「おお、ありがとう。じゃあ、四ケ所セットを10個作ってくれ」
「はぁ? なんでそんなにいるんだい?」
エルヴィスの注文にエルフィアは目を見開く。
明らかに一人の少年につけるような数ではないからだ。
そんな彼女にエルヴィスは説明する。
「いや、才能があるって言っただろ? おそらく、彼の魔力ですぐに消耗して、壊れると思うから……」
「だったら、二つにしなっ!」
「いや、それじゃ少ないと思うんだけど……」
「一つが壊れたら、私の所に報告しな。その時に合わせて、【拘束具】を調整してやるから」
「おお、流石はエルフィア。頼りになる~」
「うるさいっ!」
エルヴィスの茶化す声にエルフィアは怒りの声を上げる。
しかし、なぜか彼女の口角が上がっていた。
それは正面にいたエルヴィスどころか、エルフィア本人も気付いていないことだったが……
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