5-82 死んだ社畜は軽くあしらう
「せいっ」
身長低めの少年が一気に肉薄してきて、持っていたダガー(刃を潰したもの)を素早く振るった。
俺はそれを上半身だけでかわす。
一振り、二振り、三振り──速さだけなら評価できるが、それ以外は駄目だな。
もう少し相手の動きを見て、ダガーを振らないと……
「「どけっ」」
「む?」
今度は二人がかりのようだ。
片手剣を持った少年たちが同時に襲い掛かってくる。
きちんと対角線上に陣取っていることは評価できるな。
「「せいっ」」
(カアアアアアアアアアアアアンッ)
「「いっつううううううううううううううっ!?」」
だが、狙いが悪すぎる。
どうして、同じ場所を狙って同時に攻撃するんだ?
そんなもの、避けられたらこんな風に武器同士がぶつかってしまうだろう。
そうなれば、訓練していない人間ならば、手を痺れさせることになってしまうわけだ。
「ふんっ」
「おっ!?」
背後から気配がしたので、俺は即座にその場から離れる。
その瞬間、先ほどまで俺がいた場所の砂がブワッと舞い上がった。
砂煙が晴れると、そこには一人の太った少年がいた。
彼の手にはハンマーが……いや、流石にそれはまずくないか?
この練兵所にある武器を使っているのだろうが、流石にハンマーはまずい。
刃物類は刃を潰しているのでダメージは少ないが、ハンマーは潰す刃がないためハンマーそのままのダメージがあるのだ。
直撃すれば、大変なことになるわけだが……
「ふんっ……ふんっ……ふんっ……」
「……」
少年が俺に向かってハンマーを振り回しているのを見て、俺はすぐに大丈夫だと思ってしまった。
なんせスピードが遅すぎて、どう考えても当たらないからだ。
だが、下手な素人にハンマーを振るわせるのはまずいな。
とりあえず……
「【火球】」
(ボウッ)
「うわぁっ!?」
ハンマーだけは燃やしておくことにした。
俺には当たらなくても、他の子供たちに当たる可能性があるのだ。
何の拍子か、本人にも当たる可能性がないわけでもない。
無駄な怪我人を出さないためにも、最低限の配慮はしておかないといけない。
「魔法だと? 卑怯だぞっ!」
「卑怯?」
少年の一人がそんな文句を言ってきた。
元々、いきなり喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだろう?
しかも、ルールなんてものは決めていなかった。
なら、魔法を使っても問題はないだろう。
そもそも魔法を使うことが卑怯ならば、複数人で一人をボコろうとするのは卑怯ではないのだろうか?
まあ、そんなことを言っても意味がないので、俺は黙っていたが……
「なら、こっちだって魔法だ。燃え盛る火炎よ 彼の者を焼き尽くせ 【火球】
「流れる風よ 彼の者を斬り裂け 【ウィンドカッター】」
二人の少年が俺に向かって魔法を放ってきた。
直撃すれば、少し不味いレベルの魔法だ。
避けた方が良いか? そう思ったのだが、俺は両手を向かってくる魔法に向ける。
「ふんっ!?」
「「「「「なっ!?」」」」」
少年たちは俺の行動に驚きの表情を浮かべた。
なんせ二つの魔法は俺がそれぞれ片手で破壊してしまったのだ。
まあ、貴族の子弟なら、こんな芸当を見ることはできないだろう。
これはカルヴァドス男爵家だからこそ、見ることができ、そして体得できることができる技術だからだ。
「危ないなぁ。魔法はもう少し周りに配慮して使わないと……」
俺はとりあえず、先ほどの魔法について注意する。
魔法を放った二人はそこそこ魔力を持っていたのだろう。
放たれた魔法は少年にしてはかなりの威力だったと思われる。
しかし、素直に褒めることができない。
なぜなら、あのような場所で放つような魔法ではなかったのだ。
俺にめがけて魔法を放つのは構わないが、俺の周りにはまだ近接武器で攻撃しようとしていた少年たちがいたのだ。
もし、俺が魔法を直撃していたら、その余波を食らうような位置にいたのだ。
魔法を放つ者にはそういう物を認識して、使わないといけないわけだが……
「もしかして、魔力のコントロールができないの?」
「何の話だっ?」
「年下の癖に上から目線で言っているんじゃねえよっ」
俺の指摘に魔法を使った少年たちが怒りだした。
いや、そんなに怒るようなことなの?
俺からすれば、魔法を使う者にとって当たり前のことを聞いただけなんだが……
「仕方がない。実力差ってのをわからせた方が良いか……」
俺は大きくため息をつき、体内で魔力を練る。
「何を言っているんだっ!」
「この数の差でお前が勝てるはずがないだろっ!」
「今だっ、やっちまえっ!」
俺が動きを止めた瞬間、少年たちが一気に襲い掛かってきた。
先ほどまでやられていたことをもう忘れているのだろうか?
魔法を使っていない状況下でもあれだけ圧倒されていた筈なのに……
おそらく貴族の少年というのは、普通は相手との実力差がわからないのかもしれない。
カルヴァドス男爵領という特別な場所のせいで、俺や家族たちはその技術を得ることができたのだろう。
まあ、これはいい機会だ。
少年たちには世の中のレベルというものをその身に感じてもらう。
「【砂嵐】」
俺は両手を地面につけ、魔力を一気に放出する。
その瞬間、俺を中心に大きな砂嵐が発生した。
「「「「「うわあああああああああああああああっ!?」」」」」
砂嵐の中から少年たちの悲鳴が聞こえてくる。
だが、その中から痛みに泣くような声は聞こえてこなかった。
まあ、それも当然であるのだが……
別にこれは攻撃魔法でも何でもないからだ。
この魔法は土属性魔法【土錬成】により砂を小さな粒状にしたうえで、風属性魔法【ウィンド】を使うことによって砂嵐を作っただけだ。
本来ならば、火属性魔法か水属性魔法を使うことで土の中の水分を奪わないといけなかったのだが、練兵場の砂はその必要がまったくなかった。
とりあえず、初級魔法だけでできるネタ技なので、砂嵐に巻き込まれる以外は何の危害も受けない魔法なのだ。
「「「「「うぅ……」」」」」
砂嵐がやむと、練兵場の砂の上に少年たちは倒れていた。
おいおい、綺麗な服が大変なことになっているぞ?
まあ、その原因は俺なわけなんだが……
いや、そもそもは喧嘩を売ってきたこいつらが悪いのではないだろうか?
さて、どんな言い訳をすればいいのか……
「これは……」
「あらら……」
「ん?」
突然の声に俺は振り向いた。
いつの間にかそこには二人の少女がいた。
シャルロット王女とイリアさんの二人だった。
どうして二人がここに?
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