5-79 死んだ社畜は嫉妬を受ける
会場に戻って少し視線をさまよわせていると、ふとある場所に目が留まった。
そこは異常なほど人が集まっていたのだ。
てっきりシャルロット王女があそこに居るのかと思ったが、それにしてはこの部屋の一番注目のある位置から遠い。
その線は薄いだろう。
一体、なんなのだろうか……
「イリア嬢、今日も大変お美しいですね」
「貴方の前ではどんな美姫も霞んでしまうのではないですかな?」
「そういえば、先日すばらしい計画を立てたとお聞きしましたが……」
「これ、うちの名産品なんです。これを世に広めたいのですが、いい方法はありませんか?」
「はぁ……」
人の集まりの中心に知り合いを見つけた。
イリアさんは酷くめんどそうな表情を浮かべていた。
おそらく、今聞いているような話は聞きたくないのだろう。
といっても、彼女は公爵家の人間──その肩書が彼女の周りに人を集めてしまうのだ。
それはアレンが英雄であることと同じように……
「あっ、グレイン君」
視線に気が付いたのか、イリアさんが俺に声をかけてきた。
声をかけられてしまったので、気付かないふりはできない。
俺は仕方なく、彼女に近づいていった。
「大変人気ですね、イリアさん?」
「それは嫌味かしら? それとも嫉妬?」
「いえいえ……イリアさんの周りに人が集まっていることに対して純粋に感想を述べているだけです」
「ふ~ん」
俺の言葉に少し彼女は考え込む。
さて、一体何を考えているのやら……
「おい、お前」
「はい?」
集まっていた一人が俺に声をかけてくる。
年齢はイリアさんと同年代か少し上ぐらいだろうか?
着ている服からかなり位の高い貴族であることは推測できる。
しかし、決していい貴族だとは思えなかった。
なんせ着ている服のセンスが非常に悪い。
たしかに使われている素材は豪華なものが多いのだが、明らかに豪華なことに重きを置いているせいで全体のバランスが悪い。
着ている当人が太ってしまっていることもバランスの悪さに拍車をかけている。
別に太っていることを悪いとは言わないが、彼の場合は日々の生活の乱れが原因の肥満に見える。
なんで周りの人間は彼にダイエットをさせないのだろうか?
いや、それを言えないぐらいの権力を持っているのだろう。
「貴様のような位の低い貴族がイリア嬢になんて口をきくのだ? 本来ならば、お前のような者が話すことができないような人なんだぞ?」
「あぁ、そうみたいですね?」
「ならば、どうしてイリア様から話しかけたのだ? どうみても接点がなさそうだが・……」
「それは少し縁がありまして……」
「ふむ」
俺の言葉を聞き、男の子は俺の全身を舐めるように見る。
正直、同性にそのような目で見られるのは気持ちのいいものではない。
すぐにでもこの場から逃げ出したい気分である。
しかし、イリアさんに呼び止められた状況で勝手に離れるわけにもいかない。
なので、現状は彼女から助けてもらわないといけないわけだが……
「まあ、イリア嬢は優しい女性だからな。お前のような者にも分け隔てなく振る舞ってくれたのだろう」
「はぁ……」
男の子の言葉に俺は何とも言えないような返事をする。
周囲の人間も彼の言っていることに納得しているようだが、どうにも俺は納得することはできない。
別にイリアさんが悪い人間だとは言わないが、彼女が優しい人であるという話には疑問しか感じない。
少なくとも、そんな女の子が俺を相手に言い負かすようなことができるとは到底思えない。
「とりあえず、お前は勘違いしないようにな」
「勘違い、ですか?」
男の子の言葉に俺は首を傾げる。
何を勘違いするのだろうか?
「イリア嬢が優しいからといって、お前などに好意を抱いていると思うことだ」
「あぁ……そういうことですか……」
俺はようやく状況を察することはできた。
おそらく、彼らはイリアさんに好意を抱いているのだろう。
そして、ライバルになる可能性のある俺を排除したい、そんな感情で俺にそんなことを言ってきたわけだ。
さて、どうするべきか……
つい1時間ほど前に、そのイリアさんから好意を告げられたわけだが……
「わかったら、すぐにでもこの場から……」
「そういえば、ご両親はどちらにいらっしゃるのですか? 一度、挨拶に伺おうと思うのですが……」
「「「「「は?」」」」」
男の言葉をイリアさんが遮ったことで、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべる。
いや、彼らが驚いているのは、彼女の言った内容についてだろうか?
だが、イリアさんはそんな周囲の状況を気にもとめず、俺に話しかけてくる。
「お父様も認めてくださったことですから、一度それを報告したいと思っているんです。あとはグレイン君次第、だと……」
「ああ、それは僕の方から言っておきますよ。わざわざイリアさんが告げるようなことでは……」
「あら、どうしてかしら? 私のことだから、私が伝えに行かねば……」
「えっと、それは……」
彼女の言葉に俺はどう断わればいいのか頭の中で考える。
キュラソー公爵が認めたという話を聞けば、うちの人間は本人たちの気持ちを優先すると言い始めるだろう。
そして、俺が口で勝つことはできないので、いずれイリアさんを受け入れざるを得なくなるわけだ。
何の覚悟も決めていない状態で、そうはなりたくない。
そう思っていたわけだが……
「い、イリア嬢?」
「あら、なにかしら?」
男の子がイリアさんに話しかける。
なぜか彼の顔には夥しいほどの汗が流れていた。
正直、何の関係もない俺が心配してしまうほどの量だった。
一体、どうしたのだろうか?
「イリア嬢がどうしてそんな下級貴族の両親に会おうとしているのですか? 本来ならば、向こうから会いに来るのでは……」
「ああ、それは……」
「イリアさん、待って……」
男のことの質問にイリアさんがあっさりと答えようとする。
俺はそれを止めようとするが……
「だって、彼は私の婚約者だもの。こちらが挨拶をしてもおかしい事ではないでしょう?」
「「「「「は?」」」」」
その場の空気が止まってしまった。
なんせ、この場にいる男の子はおそらく全員がイリアさんに好意を抱いていたのだ。
それなのに、そのイリアさんが俺のことを婚約者だと言い始めたのだ。
空気が止まっても仕方がない。
俺にとっては最悪の状況になってしまったわけだが……
「あら、イリアに婚約者?」
そこにさらなる火種がやってきた。
俺は嫌な気がしたが、視線を声の方に向ける。
そこにいたのは……
「今まで会ってきた男の子たちは自分にふさわしくないと断ってきたのに、今さら婚約者ができたなんてどういう風の吹きまわしかしら?」
シャルロット王女だった。
いつの間に来たのかはわからないが、今日の主役がなぜかこの場に現れたのだ。
当然、そんな人物が現れれば、この場にいるものだけではなく周囲の人たちの視線を集めてしまう。
この場の発言に気を付けなくてはいけない状況になってしまったわけだ。
なんでこんなことに……
ブックマーク・評価・レビュー等は作者のやる気につながるのでぜひお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




