5-78 死んだ社畜は謎の青年と出会う
「うっ」
みんなで仲良く談笑していると、不意に俺は体を震わせてしまう。
この感覚は……
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。とりあえず、またはずすよ」
レヴィアの質問に答える。
「他の女の所に行くつもりね?」
「いや、まったくそんなつもりはないよ」
ティリスの質問にもまだ笑顔で答える。
「じゃあ、どこに行くつもりなの?」
「トイレだよっ」
アリスからの質問にちょっと怒気が混ざってしまった。
早くトイレに行きたいと思っていたからだ。
そこでようやく彼女たちは気づいたのだろう。
そこからは誰も止めることはなく、俺はその場を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふぅ~、すっきりした」
ハンカチで手を拭きながら、俺はトイレから出た。
先ほどまで尿意でつらかったのに、そこから解放されたときはどうしてこんなに気持ちいいんだろうか?
「それも王城が広いおかげ……いや、せいかな?」
俺は思わずそんな感想を漏らしてしまう。
俺がこんな解放感を感じているのは、かなりの時間我慢してしまっていたからだ。
この王城は大変広い──それこそうちの屋敷の数十倍ぐらいの大きさだ。
中に入るのは二度目の俺にはどこにトイレがあるのかわからない。
とりあえず、近くにいた使用人の人に聞いたわけだが、そこから10分近くも歩くことになってしまったのだ。
よくもったものである。
そんな気持ちで会場へと戻ろうとしていたのだが……
「おっ、これはすごいな」
俺は目の前の光景に目を奪われてしまった。
先ほども通ったはずなのだが、そのときは早くトイレに行きたい一心で気に留めることはなかった。
しかし、今は尿意もないので、落ち着いた様子で目の前の光景を見ることができたわけだ。
そこは中庭だった。
花壇が周囲を囲っており、それぞれに色とりどりの花を咲かせていた。
その中心には大きな木が立っており、その下にベンチが一つ置いてあった。
そこを月明りが照らしており、なんとなく幻想的な光景になっていたのだ。
思わず感嘆の声が出るのも仕方がないだろう。
「こういうところで本とかを読んでみたいな」
「ほう、どうしてだい?」
「あそこのベンチで座っていると、落ち着いた気分になれそうだ。そんな状況で本を読むなんて、どれだけ気持ちいい……って、誰っ?」
タイムリーな質問に俺は思わず答えてしまったが、すぐに俺は臨戦態勢に入る。
いくら気持ちを這っていなかったとはいえ、まさか背後を取られるとは思わなかった。
「あははっ、驚かせてごめんね。君がこの中庭のことを見入っていたから、気になったんだよ」
「……すみません。こんな反応をしてしまって……」
「構わないよ。そもそも私が驚かせたことが原因だからね」
そこにいたのは一人の青年だった。
身長は180近く──スレンダー気味の体格ではあるが、ある程度筋肉もついている。
利発そうな顔ではあるが、決して真面目だけの人間ではなさそうでどことなく悪戯を楽しみそうな雰囲気を持っていた。
あと、非常にイケメンだった。
周りにいる人物で例えるならルシフェルだろうか?
正統派なイケメンと評することができる青年だった。
彼は俺の謝罪を受け入れ、自分も悪かったと言ってきた。
「えっと……あなたもここが気に入っているんですか?」
「私のことはキースと呼んでくれ。この庭のことを気に入ってくれた君とは対等の関係を築きたいんだよ」
「キースさんですね? えっと、僕は……」
「グレイン君だろ? さっき、会場でものすごい魔法を使っていた」
「あっ、見ていましたか?」
青年──キースさんの言葉に彼は俺のことを知っていることが理解できた。
だが、彼は俺──いや、俺の周りの権力を狙っているようには感じなかった。
純粋に俺自身へ興味を抱いているようだった。
「私も学院で魔法を中心に勉強しているが、学院でもあれほど魔法を使える者はあんまりいないんじゃないかな?」
「あ、王立学院の生徒さんなんですね」
「ああ。来年に5年次生になるよ」
「おお、それはすごい。ですが、僕とは入れ違いになりそうですね……」
「む、そうなのか?」
「はい。僕は今年八歳になったところですから、入学するのは二年後。キースさんが卒業してからになります」
「ふむ……それは残念だな。君とは仲良くなれそうだったから、一緒に学院生活を楽しみたかったのだが……」
「申し訳ない」
「いや、年齢は仕方のない事だ。だが、学院だけが人生ではないだろう。今は一緒に楽しまないか?」
「ええ、もちろん」
キースさんの言葉に俺は笑顔で答える。
そして、彼に連れられて中庭に入っていく。
中心にあったベンチに並んで座った。
「そうか……君はカルヴァドス男爵家の人間だったか。なら、あれほどの魔法を使えても、おかしくはないな」
「まあ、遺伝的にはそうかもしれないですね。ですが、一概にそうとは言い切れませんけどね?」
「そうなのか?」
「はい。僕には兄と姉がいるんですが、兄の方は魔法が得意ですが近接戦闘はからっきし、姉の方は近接戦闘が得意なんですが魔法が苦手という状況です」
「ふむ……何がうまくなるかは本人の資質次第、ということか?」
「ええ、そういうことです」
俺の説明を聞き、言いたいことをすべて察してくれた。
この人は相当に頭がいい。
学院の4年次生ということで年上であることはわかっていたが、ここまでの理解を示してくれるとは思わなかった。
おそらく、かなり成績はいいと思う。
「次の春から兄と姉が入学するので、仲良くしてあげてくださいね」
「ああ、もちろんさ。私の妹も入学する予定だから、妹ともども仲良くしてもらうつもりだよ」
「あははっ、それはいいですね。ですが、妹さんが受かるのは決定事項みたいですね? まだ受験は行われていませんよ?」
「それは君も同じじゃないか? 兄と姉が落ちることなど想定していないようだが……」
「二人はそれぞれの分野に特化していますが、学院の入試に落ちることなど想像つきませんし……」
「うちの妹についてもそうだな。お転婆なところはあるが、私の妹らしく非常に優秀なんだ」
「おっ、自画自賛ですか?」
「私の成績がいいのは事実だ。そういう部分はしっかりと自覚することは悪い事ではないだろう?」
「まあ、そうですね」
俺とキースさんは笑みを浮かべながら話を楽しむ。
正直、これほど会話を楽しめるとは思わなかった。
身近な状況が似ているわけではないが、考え方が似通っているようだ。
そんな人間同士なら、話が盛り上がっても仕方がないだろう。
そのまま話し続けること十数分、ここでキースさんが近くにあった時計を確認する。
「そろそろ戻った方が良いかな?」
「ええ、そうですね」
俺たちが会場から離れて30分近くになる。
別に主役でも何でもない俺たちがいなくてもパーティーに何ら影響があるとは思えないが、だからといっていないわけにもいかない。
会場でしかできないこともあるのだ。
「せっかく楽しく会話できたのに、残念だよ。楽しくて時間が経つのがものすごく早く感じてしまった」
「ええ、僕もです。こんな風に話が合う人に出会ったのは初めてです」
「君は年齢に見合わず、大人びているからな。私ぐらいがちょうどいい話相手かもしれんな」
「そうですね」
俺たちは別れを惜しむ。
それほどまでに楽しい時間だったのだ。
「まあ、同じ国の人間だ。いずれ会うこともあるだろう」
「そうですね。いずれ兄と姉がお世話になる予定ですから、そのつながりで縁は続きそうです」
「じゃあ、とりあえずお兄さんとお姉さんの名前を教えてくれるかい?」
「ええ、もちろんです。兄はシリウス、姉はアリシア──愛称はアリスです」
「なるほど……シリウスとアリシアだな。覚えておこう」
キースさんは俺の言ったことを記憶してくれたようだ。
これで二人は学院での居場所を一つ得ることができただろう。
あっ、その前に一つ言っておかないといけないことが……
「ちなみに兄の方がアリシアっぽいので、ご注意を……」
「はははっ、それは流石に冗談だろう。なかなか面白いことを言うなぁ」
「……そうですね」
冗談として受け取られてしまった。
まあ、話だけでは信じられないのも仕方のない事か。
これは彼が学院でシリウスに出会った時の楽しみにとっておこう。
そのときのことを話すのが楽しみである。
そんな会話をした後、俺たちは会場へと戻っていった。
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