5-76 死んだ社畜は公爵と出会う
「グレイン君、とりあえず一緒に来てくれるかしら?」
「……構わないけど、一体どうして?」
「来てくれたらわかるわ」
俺の質問にイリアさんは笑顔で答える。
全く答えにはなっていないが……
一体、何が目的なんだろうか? そんな風に疑問に思っていると……
「おや、イリア。こんなところにいたのか?」
一人の男性がイリアさんに声をかけていた。
年齢はちょうどアレンと伯爵たちの間ぐらいだろうか、温和そうな表情でダンディなかっこよさが特徴の男性だった。
今まで出会った人の中では断トツに弱そうだと思うが……
「パパっ、ちょうどよかった」
「えっ!?」
イリアさんの言葉に俺は驚いてしまった。
彼女の言っていることが正しければ、この男性はキュラソー公爵ご本人だということだ。
この国でも王族に継ぐ権力を持つと言われている、貴族のトップのような存在である、と。
「おや、そちらの少年は誰だい?」
「は、はじめ……はじめま、し……」
公爵にいきなり話しかけられ、俺はなぜか言葉を発することができなかった。
相手のいくら権力が高くとも、そんなことは気にしていないと思っていた。
だが、実際はそうではなかったようだ。
今まで出会った権力の高い人物は大概父親のアレンと仲のいい存在だったので、自然と近しい存在と認識していたようだ。
しかし、キュラソー公爵は俺にとっては縁もゆかりもない人物。
初めて出会った大物と認識してしまったようだ。
そんな俺を見て、イリアさんが笑顔で説明する。
「彼はグレイン=カルヴァドス君よ。私の婚約者になる予定の人よ」
「何?」
イリアさんの説明を聞き、キュラソー公爵の視線が鋭くなる。
やはりこの国でもかなりの権力を持っている公爵様である。
たかが視線を向けられているだけなのに、体が軽く竦んでしまっている。
アレンたちのように武闘派ではないようだが、彼も彼でいろんな修羅場を乗り越えてきたのだろう。
そんな強さを感じることができた。
「カルヴァドス……たしか、ビストとアビスの境目にある領地を治めている男爵がたしかカルヴァドスという苗字だったはずだが……」
「はい、そうです。僕はアレン=カルヴァドス男爵の次男になります」
「ふむ」
俺の言葉を聞き、公爵の視線が俺を捉える。
なんか見定められているみたいで、あまりいい気持ちではない。
しかし、すぐにキュラソー公爵はイリアさんに話しかける。
「悪く無い少年だと思うが、お前のお眼鏡に適っているのか? 今までいろんな男との見合いを断ってきたイリアが選ぶようなものだとは思わないが……」
「パパ、失礼よ? グレイン君はすごいんだから」
「本当か?」
「ち、ちょっと……」
イリアさんの言葉に公爵が興味を抱く。
なんか話がおかしそうな方向に行きそうだと思ったので、俺は止めようとする。
だが、当然それは無駄で……
「グレイン君は盗賊を十数人相手でも一歩も引かず、しかも全滅をさせたのよ? それだけで武勇に優れていることはわかるでしょ?」
「……にわかには信じがたいな。見たところイリアよりも年下に見えるが、そんな子供が盗賊を相手にそんな大立ち回りができるとは……」
「獣王と魔王から訓練を受けているらしいわ。それってつまり、そういう才能があると言ってもいいんじゃないかしら?」
イリアさんが自信満々に俺の情報を説明する。
うん、正しい情報かもしれないけど、本人の目の前で言われると非常に恥ずかしい。
今の俺はそんなにもおかしい存在なのか、と考えさせられてしまう。
そんな話を聞いたキュラソー公爵は感心したような反応をする。
「ほう……それはすごいな。というか、そもそもイリアはどうしてそんな話を知っているんだ?」
「それはもちろん、盗賊から助けてもらったのは私だからよ」
「お、おい……」
イリアさんの暴露に俺は思わず礼儀云々関係なく、止めようとしてしまった。
というか、そもそも盗賊に襲われていたことを公爵に言っていなかったのか?
普通は今後そんな危険がないように父親に報告ぐらいはしておくだろう。
「……それは聞いていなかったな。どうして報告しなかった?」
「怪我人が誰もいなかったからよ。爺やが大怪我を負ったけど、グレイン君が治してくれたおかげで今は昔より元気に動けるみたい」
「ほう……最近、爺やが元気なのはそれが原因だったか……」
いや、重要なのはそこじゃないだろう。
イリアさんが報告しなかったことを話さないと……
「グレイン君は魔法で攻撃もできるし、傷も癒すことができる。だけど、それだけじゃないのよ?」
「……どういうことだ?」
あっ、もう話が変わってしまった。
すでに公爵の興味が次の話へと向かってしまっている。
イリアさんはどれほど話し方がうまいんだろうか?
自分が怒られるのを避けようと、怒られそうな部分を最低限にしている。
「グレイン君は【土属性】の魔法を使うことで、道を舗装することができるの。そのおかげで馬車の揺れがかなり抑えられていたわ」
「ほう……それは興味深いな。魔法というのは戦いや傷を癒すことに重点を置かれているが、そういう使い道があるのであれば魔法業界に新たな風を吹かせることができるやもしれんな」
「でしょう? グレイン君一人だけだったら手が回らないけど、同じようなことができれば戦闘ができない魔法使いにも仕事を与えることができるの」
「なるほど」
なんか俺がしたことによって、新たな職業が生まれそうである。
俺としては全くそんなつもりはなかったのだが、公爵家に知られればこういうことになってしまうのか……
今後は注意しないと……
「とりあえず、グレイン君が凄い事はわかったでしょ? だから、私の婚約者でいいでしょう?」
諸々の説明を終えたイリアさんは笑顔でそんなことを言っていた。
たしかに俺が凄いという説明をしてくれたが、果たしてそううまくはいくだろうか?
一人の父親としては、そんな得体のしれない奴に娘を渡そうとはしないと思うが……
「ふむ……これは認めざるを得ないか……」
「えぇっ!?」
「何をそんなに驚いているんだ?」
「い、いや……」
俺の反応に公爵が怪訝そうな表情を浮かべる。
いや、なんでそんな簡単に認めることができるんだ?
娘の婚約者の話だぞ?
「娘の話を聞いて、私はイリアの婚約者にふさわしい能力を持っていることはわかった。礼儀作法もしっかりしているみたいだから、そういう点でも断る理由にはならない」
「はぁ……」
「私としては下手な者にイリアを渡して、公爵家に悪影響を与えたくはないのだ。その点、君はそんな心配の必要はない……いや、逆にいい影響を与えてくれるだろう」
「……たしかにそうかもしれないですね」
公爵の言葉に俺は納得するしかなかった。
確かに彼の言う通り、俺が公爵家に悪影響を与えることはないだろうし、何らかの利益を生み出す可能性はあるはずだ。
「だが、男爵家の次男というところが問題だな」
「ええ、そうよね」
「えっ!?」
と、ここで話は俺の貴族としての立ち位置の話になった。
なんで急に?
やはり貴族としての位が低いから認めない、とかそういう話なのだろうか?
そんな疑問を感じていると、二人は話を続ける。
「貴族の中にはどうして男爵家の人間が選ばれて、自分が選ばれないのかと文句を言ってくる者がいるだろうな」
「男爵家の人間なんかより自分の方がふさわしい、なんて考えで強硬手段をとるものもいるかもしれんな」
「そういう輩を相手にするのは面倒だな……」
「ええ、そうですね」
どうやら二人は俺の貴族の位がどうこうではなく、俺の貴族の位のせいで起こるであろう出来事の方を心配しているようだ。
たしかに、言われてみればそこが一番の問題かもしれない。
しかし、これについては俺がどうこうできるわけでもないが……
そんなことを考えていると、なぜか2人の視線がこちらに向いていた。
一体、何が……疑問に思っていると、二人は揃って口を開いた。
「「いろいろ大変だろうけど、頑張って(くれ)」」
「えぇっ!?」
まさかの丸投げだった。
ここですべて俺に対処を頼むとは全く持って考えていなかった。
そこは公爵家の方でどうにかしてくれよ、心の中でそんなことを叫んでしまった。
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