5-75 死んだ社畜は初めて同年代に負ける
「さて、戻るとするか」
バランタイン伯爵とマスキュラ―伯爵の高齢の口喧嘩が始まったのを確認し、これ以上この場にいる必要がないと思ったので、俺は元の場所へと戻ろうと思った。
しかし、そんな俺に話しかける人物がいた。
「グレイン君」
「……イリアさんか」
声ですぐに誰かわかることができた。
振り向くと、予想通りの人物がいた。
イリア=キュラソー──俺たちが王都に行く途中で助けたキュラソー公爵家の御令嬢である。
彼女は嬉しそうな表情で話しかけてくる。
「よく私だと分かったわね?」
「まあ、声を聞けば誰かぐらいはわかりますよ。少なくとも俺の身近にイリアさんの声に似ている人はいませんし……」
「そこは「君のことを愛しているからわかるんだよ」ぐらい言ってくれない? そうしたら、もっと惚れるのに~」
「そんな心にも思っていないことは言わないでください」
イリアさんの言葉に俺はため息をつきながら返答する。
彼女がどう思っているのかはわからないが、なぜか俺のことを好きだと彼女は言っている。
まあ、おかしなことではないのかもしれないが、俺としてはどうして彼女がそんなことを言っているのかわからない。
盗賊から助けたことが原因だろうか?
だとしても、おかしい気がする。
たしかに盗賊から助けたのは俺とリオンではあるが、特段カッコいい振舞いをしていたわけではない。
こういう女の子は助けられるとき、ある程度カッコいい助け方をしないと恋に落ちないのではないだろうか?
危機的な状況下ということでつり橋効果が起こる可能性はあるが、それでもある程度はかっこよさは求められてくるはずだ。
本当に理解ができない。
「む~。本気なのに……」
俺の反応がお気に召さないのか、イリアさんが頬を膨らませる。
年齢の割には大人っぽい彼女がそういう子供っぽい行動をすると、ギャップで可愛く見える。
まあ、だからといって惚れたりするわけではないが……
「キュラソー公爵家の御令嬢がそう簡単に惚れた腫れたなどと言うのはどうかと思いますよ? 誰が聞いているのかわからないんですから」
「別にそれぐらいはかまわないわ。というか、誰かに聞かせるためにこういう発言をしているんだから……」
「結婚相手が見つかりませんよ?」
「グレイン君がいるから、必要ないわ」
話が通用しない。
なんで彼女はそこまで言うのだろうか?
本気で理解できない。
「そもそも俺には三人の婚約者がいるんですが……」
「三人いるなら、一人増えても問題ないんじゃないかしら?」
「他の婚約者たちが何と言うか……」
「あの娘たちとは仲良くできると思うわ。良い娘たちじゃない」
「でも、公爵家の御令嬢が男爵家の次男坊と結婚するなんて……」
「貴方のお父様は伯爵家の御令嬢と結婚していたと思うけど?」
「うぐっ」
俺の断り文句をことごとく潰してくる。
なんなんだよ、この人。
正直、俺が子供相手にここまで反論できなかったのは初めてである。
一体、何者なんだよ。
「まあ、いじめるのはこれでよしとしましょう」
「いじめている自覚はあるんですね」
「もちろん。グレイン君の反応が可愛いから、ついちょっかいを出したくなるの」
「……」
彼女の言葉を聞き、思わずジト目で見てしまう。
これがいじめっ子の考え方なのだろうか?
とりあえず、俺には到底できない考え方である。
「でも、私がグレイン君のことを好きなのは本当だよ? 受け入れてくれたら、お嫁に行くつもりだし……」
「それは公爵様が許さないのでは? 男爵家では位が低すぎるでしょうし、父親が元冒険者ですよ?」
「それが何か断られる理由になるの?」
「えっ!?」
イリアさんが言っている意味が分からないといった表情を浮かべるので、俺は驚いてしまう。
公爵家の人間なのに、貴族の冒険者に対する感情を理解していないのだろうか?
俺は説明を始める。
「冒険者は体が資本の職業で、武器や魔法を使って魔物を倒すことを生業としている職業です」
「ええ、それは知っているわ」
「机の上で書類を処理したり、領地の経営を考えたりと頭を使うことを生業をしているのがいわゆる貴族です」
「そうね。私も貴族の一員だから、しっかりとその仕事は理解しているつもりだわ」
「冒険者は貴族のことを「現場のことを知らない人間が偉そうに……」と、逆に貴族は冒険者のことを「頭を使わない野蛮人」とそれぞれのことを嫌っています」
「へぇ~、そうなんだ~」
「いや、「そうなんだ」って……」
俺の説明を本当に聞いていたのだろうか、イリアさんはなんてことないといった反応だった。
仕方なく、俺は説明を続ける。
「僕はそういう貴族が嫌いな野蛮人──冒険者が武勲をたてたことで貴族になったことによってできた一族の人間です。貴族の大半はカルヴァドス男爵家のことを「野蛮人の一族」と言っていると思いますよ」
「それがどうしたっていうの?」
「いや、そんなところに公爵様が嫁がせようとは思わないでしょう?」
これ以上回りくどく言っても伝わらないようなので、俺は直球で伝えることにした。
直球ならば、俺の言いたいことは理解してくれただろう。
しかし、帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「だから、なんだっていうの?」
「えっ!?」
予想外の返答に俺は呆けた声を出してしまう。
ここは納得する場面だろう。
どうして、俺の言ったことを否定したような反応をしているんだ?
疑問に思う俺にイリアさんは言葉を告げる。
「たしかに冒険者上がりの貴族のことを野蛮人だと蔑んでいる貴族もいることは理解しているわ。それも少なくない数がね」
「でしょう? だったら、公爵家の評判を下げるような真似は……」
「公爵家がその程度で下がる評判を気にするとでも?」
「っ!?」
彼女の指摘に俺は言葉を失ってしまった。
そんな俺に彼女はさらに語り掛ける。
「そもそもお父様は冒険者のことを高く買っているのよ? 貴族のほとんどが実際の戦場を知らないお坊ちゃんが多いから、実際に戦争が起きたときには実戦経験が豊富な冒険者たちの存在がかかせない、ってね?」
「……」
「そんなお父様が元冒険者の子供だからといって、結婚をさせないと思う?」
「……思わないです」
彼女の指摘に俺は否定することしかできなかった。
本当に何なんだ、この娘。
なぜ俺はこんな10歳そこそこの女の子に論破されているんだ?
俺はこの現状に頭を抱えそうになってしまう。
だが、そんな俺の様子を気にすることなく、イリアさんは話を進める。
「だから、私のお父様が婚約を否定することはないから、諦めてね?」
「うぅ……」
「もし、私と本気で結婚したくないんだったら、本気で拒否してくれても構わないわよ?」
「えっ!?」
彼女の予想外の言葉に俺は再び驚いてしまう。
一体、どういう風の吹きまわしだ?
そんな俺に向かって、彼女はウィンクをしながら告げる。
「でも、その時はそれ相応の理由を示してね? 少なくとも、私のことが本気で嫌い、とかね?」
「なっ!?」
「グレイン君は私を遠ざけようとしているけど、私のこと自体は嫌いじゃないでしょ? だったら、私は好きになってもらうまでアタックするわよ。覚悟しておいてね」
「……」
彼女の言葉に俺は反応することができなかった。
なんせ、言われたことが完全に図星だったからだ。
俺はこの異世界に来て初めて同年代に口で負けたと認めざるを得なかった。
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