5-74 死んだ社畜は仲良しだと感じる
「おい、ギルっ!」
「なんじゃい、ブレイン?」
マスキュラ―伯爵がバランタイン伯爵に詰め寄る。
その表情は真剣そのもの──巨体であるがゆえに、大変圧迫感を与えている。
バランタイン伯爵の方は慣れたもので、気にした様子もないが……
「お前、どこでこんな子を見つけてきた? 明らかに8歳の子供じゃできないことをやっているぞっ!」
「儂の孫じゃ。どこで見つけてきた、とは失礼な」
「嘘をつくなっ! こんなすごい子がお前の孫であるはずがない」
「本当に失礼じゃのう」
マスキュラ―伯爵が焦っているせいか、なんかとんでもないことを言っていた。
これはバランタイン伯爵の言っていることの方が正しい。
どうして俺が優れているという理由だけで、バランタイン伯爵の孫じゃないと言っているのだろうか?
おそらく、嫉妬だろうが……
「うちの孫なんて、筋肉も鍛えずに頭ばかり鍛えて……」
マスキュラ―伯爵は泣きながら、そんなことを言っている。
おや、今度は矛先がロインさんに向かっていた。
だが、言っていることがおかしい気がする。
俺はロインさんの方を見て、首を傾げる。
どうやら同じ考えをバランタイン伯爵も持っているようで……
「いや、十分に筋肉も鍛えていないか? いや、お前に比べたら少ないかもしれないが……」
「我が一族は筋肉によって守り、筋肉によって攻める──「筋肉こそ至高」というのが我が一族の家訓なんじゃよ。頭を鍛えるなんてとんでもない」
「……それは間違いじゃないのか?」
「なに?」
バランタイン伯爵の言葉にマスキュラ―伯爵は怪訝そうな表情を浮かべる。
なんせ自分が否定していることを否定されたのだ。
だからこそ、理由を聞こうとしているのだ。
「お前さんはたしかに筋肉のおかげで今まで生きてきたような人間じゃ。だからこそ、【筋肉こそ至高】という考えを持ってもおかしくはないだろう」
「お、おう……まさかお前から認めてもらうとは思っていなかったぞ」
「別に認めてはいない。ただそういう考え方もあるという話だ。儂が言いたいのは、あくまでそれはお前さんの考え方だということだ」
「どういうことだ?」
バランタイン伯爵の言葉にマスキュラ―伯爵は聞き返す。
本当に理解できていないのだろう。
普段からあまり物事を考えていないのだろう、だからわからないことがあったら即座に聞こうとする癖がついているのかもしれない。
「ブレインはブレイン、ロイン君にはロイン君の考え方があるということじゃ……だから、自分の思っていることと違うことをしているからと言って、否定するのは間違っているということじゃよ」
「……そうなのか、ロイン?」
バランタイン伯爵の言葉を聞き、少し落ち込んだ様子のマスキュラ―伯爵はロインさんに話しかける。
ロインさんは少し黙った後、口を開く。
「はい、バランタイン伯爵の言う通りです。今までずっと筋肉を鍛えてきましたが、僕にはそれが本当に大事な事だと思えないんです。別に筋肉が嫌いなわけじゃない。でも、筋肉だけでこれから生きていけると思えないんです」
「むぅ……」
ロインさんの告白にマスキュラ―伯爵は唸る。
初めて孫の本心を聞いたのだろう。
だからこそ、どう反応していいか図りかねているのだろう。
「もちろん、お爺様のことは尊敬しています。その筋肉だけで我がマスキュラ―伯爵家だけではなく、王家の人を守った話など大変凄いと思っています。ですが、いざ自分が同じことをやれと言われても、全くできる気がしないんです。だから、その不安を補うために勉強を……」
「もういい」
「えっ!?」
ロインさんの告白をマスキュラ―伯爵がぶった切る。
話をしっかりと聞く、ということじゃなかったのだろうか?
俺は疑問に感じてしまう。
このままではバランイン伯爵が再び怒り出す──と思ったのだが、そんな気配が全くなかった。
視線を向けると、底には真剣な表情で二人を見ているバランタイン伯爵の姿があった。
「どうやら儂の考えが間違っていたようじゃ。儂ができたからこそ、孫であるおまえにもできると信じ込んでいたようじゃ」
「お爺様……」
「すまなかった」
「お爺様っ! 顔を上げてくださいっ!」
突然頭を下げたマスキュラ―伯爵を見て、ロイン君が慌て始める。
自分の祖父に頭を下げられるのはなかなかショッキングな出来事だ。
慌ててしまうのも仕方がない。
そんなロイン君の感情をくみ取ってか、バランタイン伯爵が助け船を出す。
「頭を上げんか、この脳筋野郎」
「む? なんじゃい?」
「少しは自分の影響力を考えろ。ロイン君が困っているじゃないか」
「だが、ロインに迷惑をかけていたことは事実だ。それについてはしっかり謝らないと……」
「そんなもの、あとで返していけばいいだけじゃ。こんなところで謝罪されるなど、迷惑以外の何者でもないぞ」
「……そうかもしれないな。謝るのはやめておこう」
バランタイン伯爵の言葉を聞き、マスキュラ―伯爵は頭を上げた。
ふぅ……これで周囲からの視線を集めることはなくなったな。
「しかし、ロイン君は化けるかもしれんな」
「え? 本当ですか?」
バランタイン伯爵がロイン君にそんなことを告げた。
その言葉にロイン君の表情がぱあっと明るくなる。
今まで言われたことがないのかもしれない。
だからこそ、そんな笑顔を浮かべたのだろう。
そんな彼にバランタイン伯爵は説明する。
「この筋肉馬鹿は単体の戦力としては随一ではあったが、いざ集団による戦闘ではまったく役に立たなかったんじゃよ。そりゃ、何の考えもなく本能で動くもんじゃから、集団の中で扱えるわけがなかったのだ」
「はは……」
バランタイン伯爵の説明にロイン君は苦笑する。
言っていることは理解できたが、どう反応していいのかわからなかったのだろう。
まあ、それも仕方のない事だろう。
「じゃが、君は勉学も頑張っているということは、きちんと考えて行動するタイプのようじゃ。しかも、マスキュラ―伯爵家の一族ということで筋肉も十分についているようじゃ」
「で、ですが……家族に比べると……」
「そんなもん、基準がおかしいんじゃよ。世間一般で言うなら、それほど筋肉はいらん。君についている筋肉でも十分多いぐらいじゃ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、そうじゃ。そして、君は筋肉を持っているおかげで筋肉を鍛えた者の思考を不完全ながら読むことができるはずじゃ。そこに君の頭を使えば、いずれはこの筋肉馬鹿を倒すことも可能なはずじゃよ」
「……」
「現にこのグレインも頭を使って、儂から一本を取ったんじゃよ。前例があるならば、君も信じられよう」
「……はい」
バランタイン伯爵の説明にロイン君は頷く。
信じられない話だったようだが、どうやら納得することができたようだ。
そんなロインさんを見て、マスキュラ―伯爵が話しかける。
「うむ……いずれ儂を超えて見せろ」
「お爺様……」
「儂が生きているうちに超えられると良いな」
「はいっ! 精進しますっ!」
マスキュラ―伯爵の言葉にロイン君は元気よく答えた。
どうやらロイン君の元気を出させることには成功したようだ。
二人の姿を見て、思わず微笑んでしまった。
しかし、そんな空気もそう長くは続かなかった。
「じゃが、一つだけ言っておかないといけないことがあるのう。さっきから脳筋野郎とか、筋肉馬鹿とかよくも儂のことを馬鹿にしたような言葉をロインに告げてくれたな」
「本当のことじゃろっ! そもそもお前が儂のかわいい孫を馬鹿にしたことが原因なんじゃっ!」
「はぁっ? それはお前が嘘みたいなことを言うからだろう」
「嘘じゃないことはすぐに分かったじゃろっ!」
バランタイン伯爵とマスキュラ―伯爵が再び言い争いを始めてしまった。
こうなると、二人は相当仲が良いように見える。
言い争いをよくしているようだから、まさに「喧嘩するほど仲が良い」という奴だ。
ロインさんを見ると、彼もまた同じようにこっちに視線を向けていた。
同じことを考えていたのか、同時に笑ってしまった。
彼とはいい関係になりそうだ、俺はそう感じることができた。
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