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【書籍化】小さな転生貴族、異世界でスローライフをはじめました  作者: 福音希望
第五章 小さな転生貴族は王都に行く 【少年編4】
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5-73 死んだ社畜は周囲を驚かせる


 とりあえず、俺は周囲を確認する。

 何が使えるかな?

 おっ、これがいいかも……俺はそう思って、近くにいた給仕の人からあるものを受け取った。


「む? 何をするつもりなんだ?」


 俺の行動にマスキュラ―伯爵は怪訝そうな表情を浮かべる。

 ロインさんや周囲にいた者たちも同様の表情だ。

 いや、周囲にいる者の中には俺のことを馬鹿にしたような表情を浮かべている者がいた。

 まあ、俺の行動の意味が分からなければ、馬鹿にするのも仕方のないことかもしれない。

 なんせ俺が持ったのはただのグラスだからだ。

 もちろん中身は入っている。

 紫色の果実水──おそらく葡萄だと思われる。

 ものすごくおいしそうだし、こういうところのだとかなり高級感が漂っている。

 本来ならば、普通に味わって飲むべきなのだが、今回は全く違う使用方法をさせてもらう。


「「「「「えっ!?」」」」」


 突然の俺の行動に周囲の人たちがざわめきだす。

 驚いて少し大きめの声を出した人もいたぐらいだ。

 しかし、すぐにそのざわめきは小さく──なることはなく、今度は別の理由でざわめきだした。

 原因はもちろん俺が果実水の入ったグラスを逆さまにひっくり返したことだ。

 世間一般的な物理法則に当て嵌めるならば、液体の入ったグラスを逆さまにすれば中の液体がこぼれてしまうだろう。

 しかし、俺はグラスを通して中の液体に俺の魔力を浸透させた。

 そのおかげで逆さまにしたグラスから果実水がこぼれることはなく、床も水びだしになることはなかった。


「「「「「おおっ!?」」」」」


 その光景に周囲から驚きの声が漏れる。

 なんせ今まさにありえない光景が目の前にあるのだから、そういう反応になっても仕方のない事だろう。

 といっても、ここは魔法のある異世界なのだから、この程度で驚くことはないと思っていたのだが……

 存外、魔法の効果については一般的ではないのかもしれない。


「「……」」


 マスキュラ―伯爵とロインさんに視線を向けると、その表情は険しいものだった。

 おそらく、この程度では凄いとは思えないのかもしれない。

 まあ、バランタイン伯爵と肩を並べた方ならば、目が肥えていてもおかしくはない。

 なら、もっとすごい事をしなければいけないな。

 俺はグラスの液体に流している魔力を変化させる。


「「「「「あっ!?」」」」」


 逆さまのグラスから液体がこぼれ始め、周囲の人たちから落胆の声が漏れる。

 マスキュラ―伯爵とロインさんも「ほれ見たことか」とばかりに呆れた表情を浮かべている。

 失敗するだろう、と思っていたに違いない。

 だが、別にこれは失敗ではない。

 俺は空になったグラスをテーブルに置いた。


「「「「「へ?」」」」」

「「なっ!?」」


 その瞬間、背後から二つの感情を感じた。

 大半が「何が起こったかわからない」といった感情で、二つが純粋な驚きの表情と言ったところだろうか?

 俺は再び体の向きを変える。

 そこには宙に浮いた紫色の球体があった。

 それは俺が先ほどこぼしたはずの果実水である。

 俺の魔力が全体を覆っているおかげで、宙に浮かすことができているわけだ。

 これは【水属性】の魔法の応用である。

 【水属性】の魔法は自分の魔力で水を生み出し、それを自分で操る魔法のことだ。

 今回の場合は果実水に自分の魔力を流し、自身の魔力で生み出した水と同じように俺の支配下においているわけだ。

 これはそう難しい事ではない技術だと思われる。

 だが、周囲の反応からは意外と難しいのかと思ってしまう。


「【錬成(クリエイト)水人形(アクアゴーレム)】」

「「「「「はあっ!?」」」」」


 今度は周囲の反応は一種類だけだった。

 当然、純粋な驚きの感情だけだった。

 何が起こっているのか理解できていない人たちも驚きの感情を持ってしまったのだろう。

 なんせ、先ほどまで球体だった果実水がいきなり人型に変形したのだから……

 せっかく【水人形(アクアゴーレム)】を作ったのならば、人のように動かしてみたいと思ったが、流石に果実水を作ったゴーレムを床で動かしたりするのはもったいない。

 なので、宙で人のような動作をするだけにとどめておく。

 まあ、それだけでも周囲は驚いているようだったが……

 そして、ある程度動かした後、俺は【水人形(アクアゴーレム)】を再び球体に戻した。


「「「「「あぁっ!?」」」」」


 周囲からは落胆の声が聞こえてくる。

 もっと見たかったと思ってくれたのだろうか?

 そう思ってもらえたら、やった甲斐があるというものだ。

 といっても、いつまでもやっているわけでもない。

 これ以上やっていると、他の場所からの注意も引き付けてしまうことになる。

 今回はバランタイン伯爵の頼みということでこんなことをやっていたが、必要以上に周囲から注目されるようなことは避けたい。

 というわけで、他の場所から注目される前にやめてしまったわけだ。

 俺は再びテーブルに置いた空のグラスを手に取り、球体にした果実水をグラスに戻した。

 そして、それをバランタイン伯爵に渡す。


「お爺ちゃん、どうぞ」

「「「「「えっ!?」」」」」


 俺の突然の行動に周囲が再びざわめきだす。

 なんせ、俺が渡したのは先ほどまで魔力で操られていた果実水なのだ。

 床などにこぼれたりしていないので汚いわけではないが、魔力によって操られたものを祖父に渡すなど到底普通の考えを持っている人間のすることではない。

 だからこそ、そんな反応になったわけだが……


「ふむ、飲んだ方が良いのか?」

「うん、もちろん。別に悪いものを入れたりはしていないから、安心して飲んでよ」

「なら、そうさせてもらおうか」

「「「「「なっ!?」」」」」


 俺の言葉を聞き、バランタイン伯爵は一気に果実水を煽った。

 その行動に周囲からは驚愕の声があふれた。

 それは先ほどまで喧嘩していたマスキュラ―伯爵も同様だった。

 彼は慌ててバランタイン伯爵に話しかける。


「おい、大丈夫なのかっ!」

「ん? 何がだ?」

「何が、って……あんな得体のしれないものをよく飲めたなっ!」


 マスキュラ―伯爵は心配そうにバランタイン伯爵に話しかける。

 しかし、彼もなかなか失礼なことを言う。

 いくら理解できない光景だからと言って、得体のしれないもの扱いとは……


「心配するな。よく冷えた果実水じゃったよ」

「なに?」


 だが、バランタイン伯爵の言葉にマスキュラ―伯爵の表情は驚きへと変化した。

 すぐさま近くにいた給仕からグラスを受け取る。

 当然、俺が受け取ったものと同じグラス──つまり、果実水の入ったグラスだった。

 彼はそれを一気に煽った。

 しかし──


「確かにうまいが、冷えてはいないな」


 マスキュラ―伯爵の表情は芳しくなかった。

 なんせバランタイン伯爵とは感想が異なってしまったからだ。

 しかし、それは当然である。

 バランタイン伯爵に渡した方の果実水には俺があることをしたからだ。


「おい、どういうことだ?」


 マスキュラ―伯爵の反応を見ていたロインさんが俺に詰め寄ってきた。

 俺のしたことを知りたかったのだろう。

 まあ、別に隠すことでもないので説明をする。


「お爺ちゃんに渡す前にグラスを冷やしたんですよ? だから、お爺ちゃんの飲んだ果実水は冷えて美味しかったんですよ」

「冷やした、だと? 【水属性】の魔法使いの君がそんなことできるわけが……」

「いつから僕が【水属性】の魔法使いだと?」

「なに?」


 俺の指摘にロインさんに驚愕の表情が浮かぶ。

 その表情を見て、俺はいたずら心が湧いた。

 もっと驚かしてやろう、と……


「僕はバランタイン伯爵の孫ですよ? 当然、【氷属性】の魔法ぐらいできてもおかしくはないでしょう」

「なっ!?」


 予想通り、ロインさんはさらに驚いてしまった。

 俺は思わず心の中で笑ってしまった。

 ちなみに俺が先ほど言った説明は全くのでたらめである。

 嘘は言っていないが、勘違いさせる言い方はしている。

 俺は一応バランタイン伯爵の孫扱いであるが、血はつながっていないので【氷属性】の魔法は遺伝的に使えるようになったわけではない。

 そもそもこれは俺が転生したときにもらったスキルによるものなので、遺伝云々はまったくもって関係ない。

 だが、こう言っていた方が周囲は納得するだろうから、伝えただけである。


「よくやったのう、グレイン」

「うん、そうだね」


 周囲の反応を見て、バランタイン伯爵が満足したような表情を浮かべた。

 それを見て、俺もまた満足した。






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