5-72 死んだ社畜は祖父の知り合いと出会う
「おお、ここにいたか?」
「ん? おじいちゃん?」
のんびりと周りを見渡していると、バランタイン伯爵が話しかけてきた。
額には汗をかいており、かなり動いていることが見て取れる。
こんなパーティー会場で何をそんなに動くことがあるのだろうかと思ったが、そこそこ高齢で人づきあいもある伯爵という立場なら動くことも多いのかもしれない。
そんな伯爵が俺に頼み込んで来る。
「儂と一緒に来てくれないか? ちょっと頼みたいことがあるんだが……」
「別に構わないけど、どうしたの?」
「来てくれたらわかる」
「まあ、いいよ」
俺は特に詳しい事情も聞かず、伯爵について行くことにする。
社会人としては危機感が足りないと言われるかもしれないが、今の俺は社会人でも何でもない只の子供だ。
しかも、俺のことを可愛がってくれている爺ちゃんの頼みであるならば、断る方が野暮というものだろう。
ここは孫らしく爺ちゃんに優しくしよう。
とりあえず、シリウスにその場を離れることだけを告げ、伯爵の後をついて行った。
人の波をかき分け、通り抜けた瞬間一人の男性が話しかけてきた。
「おや、本当に戻ってきた。てっきり逃げ出したと思ったぞ?」
「何を言うか? 儂が逃げる理由などあるはずがなかろう」
男の言葉に伯爵はふんと鼻を鳴らし、言い返していた。
一体、どういうことなのだろう。
俺は目の前の男に視線を向ける。
年齢は伯爵と同じぐらいだろうか──しかし、伯爵とはまったく異なる見た目の男性だった。
整えられた美しい白銀の髪に、背は少し高いぐらいで筋肉もそれに見合った程度につけているのが伯爵だ。
しかし、目の前の男はスキンヘッドに左目につけられた大きい傷、身長はリオン並に高く、筋肉がタキシードを突き破りそうなぐらい盛り上がっている。
初見なら確実に子供が泣いてしまうような見た目である。
一体、どういう関係性なのだろうか?
そんなことを考えていると、男が話しかけてくる。
「ほう、そいつがギルの孫か。全く似ていないように見えるが……」
「おい、どこが似ていないんだ? どこからどう見ても儂と瓜二つじゃろうがっ!」
「いや、髪の毛の色から明らかにお前の血は継いでいないだろっ! お前の所の一族は総じて【氷魔法】の属性上、白銀の髪を持っているんだから……」
「そんなもん、儂らの間に必要はない。この子が儂の孫であることには変わりないんじゃっ!」
なんか爺さん同士で言い争いをしている。
どうやら俺がバランタイン伯爵の孫であるかどうかを議論してくれているようだ。
聞いている限り、相手側の言い分の方が正しいと思われる。
伯爵が俺のことを孫だと思ってくれていることはありがたいし、俺も伯爵のことを実の爺ちゃんと同じように思っている。
しかし、血縁上は何のつながりもない。
というか、本物の孫を見せるんだったら、シリウスを持ってくるべきだろう。
なぜ、俺を連れてきたんだ?
そんな疑問に絶賛喧嘩中の男の方が答えてくれた。
「信じられんな。こんな子供がお前から一本取ったなんて……もしかして、老いたのか?」
「何を失礼な。今の儂は現役の騎士団すら壊滅させることができるぐらいの実力は残っておる。そんな儂に【老いた】というのはお前の目が節穴だということを証明しているぞ?」
「そんなことあるかっ! そもそも俺たちの年齢で老いていない方がおかしいだろうがっ!」
「筋肉馬鹿のお前に言われとうないの。儂は普通に年を食っているが、お前さんは前の時に比べて筋肉が増えているじゃないか?」
「筋肉こそ正義、我が家の家訓だ。筋肉があったからこそ、我が一族は繁栄することができたんだよっ!」
「はんっ、たかが伯爵家の癖に言うのぉ~」
「お前の所も伯爵だろうがっ!」
爺さんたちは元気に喧嘩をしている。
非常に元気な声のせいで周囲から視線が集まってくる。
しかし、なぜか迷惑そうな視線は少なかった。
どこかこの喧嘩を楽しんでいるような──ああ、そういうことか。
この二人の喧嘩は社交界ではよくあることの一つで、前世で言うところのプロレスと同じようなものなのだろう。
こういう喧嘩を観戦することを楽しんでいるのだろう。
ならば、止めるのも野暮かと思ったが、流石にこの状況で近くにいないといけない俺にとっては辛い状況だ。
とりあえず、止めさせてもらおう。
「えっと……話の途中にすみません。もしかして、マスキュラ―伯爵様ですか?」
「おっ、俺のことを知っているのか?」
俺が質問すると、筋肉の男──マスキュラ―伯爵は嬉しそうな表情を浮かべる。
自分のことを知ってもらえて、嬉しいと思っているのだろう。
まあ、俺もたまたま知っていただけなのだが……
「もちろんですよ。過去にリクール王国を巻き込んで起こった戦争で活躍した英雄ではないですか。僕の祖父であるバランタイン伯爵と対をなして、各国に恐れられた歴戦の猛将だと聞いております」
「ほう……若いのにしっかりと勉強しておるな。非常に感心じゃ」
「ありがとうございます」
「じゃが、一つだけ間違いがあるのう」
「え? そうなんですか?」
マスキュラ―伯爵の言葉に俺は慌ててしまう。
俺の知識のどこに間違いがあったのだろうか?
別に俺は勉強が得意というわけではないが、前世からの積み重ねのおかげでこの世界ではかなり頭のいい部類に入っている。
そのおかげで他者から指摘されるような間違いはほとんどしないと思っていたが……
そんな俺にマスキュラ―伯爵ははっきりと告げる。
「俺がそこの馬鹿と【対をなす】と言ったところだな。明かに俺の方が上だろう」
「えっ!?」
思わぬ答えに俺は呆けた声を出してしまう。
もしかして、そこが気に食わなかったのか?
しかし、その言葉にバランタイン伯爵は食って掛かる。
「それはこっちのセリフじゃ、馬鹿者。儂の方が上じゃろう」
「はぁ? 筋肉がそこまでつかなかったからという理由で魔法に逃げた軟弱者が俺より上だと? 笑わせるなっ!」
「世間一般じゃ、儂も十分筋肉がついておる方じゃ……そもそも魔力があるのに使い方が理解できなかったという理由で魔法を使えなかったお前に馬鹿にされたくないわっ! この脳筋じじぃがっ!」
「何おう、この偏屈じじぃがっ!」
また喧嘩が始まってしまった。
正直、止めることが億劫になってしまった。
果たしてどうするべきか……
「お爺様」
「……ロイン、なんじゃい?」
俺が悩んでいる間に今度はマスキュラ―伯爵側の子供が間に入ってきた。
年齢は10代半ばぐらいの青年だった。
きっちりと整えられた髪と理知的なメガネが特徴だったが、一つ気になることがある。
服の下に筋肉がかなりついていることが俺でもわかるのだが、明らかに目の前の彼からは脳筋の雰囲気がない。
マスキュラ―伯爵の一族には見えないのだが……
「今はバランタイン伯爵が先ほど自慢していたことの真偽を確かめる方がいいのでは? 言い争いの原因はそこでしょう」
「……うむ。たしかにそうだったな。すまなかったな、ロイン」
「いえ、別に構いません」
青年の指摘に気持ちを落ち着かせたマスキュラ―伯爵。
どうやらこれで言い争いは治まっただろう。
だが、さらに疑問が出てきた。
とりあえず、俺はバランタイン伯爵に質問する。
「何を自慢したの、お爺ちゃん?」
「儂の孫が大変優れていることを自慢しただけじゃ……わずか八歳で大人顔負けで勉学に長け、儂に匹敵するほどの武術と魔法を修めている、とな」
「あぁ……なるほど」
バランタイン伯爵の説明に俺はすぐに状況を察することができた。
おそらく、バランタイン伯爵は俺のことを孫自慢として語ったのだろうが、あまりにもおかしな内容のためにマスキュラ―伯爵が文句を言ってきたのだろう。
「嘘をつくな」という感じで……
まあ、これは仕方のないことかもしれない。
俺の能力は明らかに普通の子供からすれば、常軌を逸したものなのだから……
事実であるからこそバランタイン伯爵は語っていたのだろうが、聞いている側からすれば嘘だと思っても仕方がない。
「私としてもあまり信じがたい話です。こんな子供がバランタイン伯爵に認められるほどの実力を持っているなど……」
「ロインの言うとおりだな。たしかに才能は有りそうだが、お前が言うようなことができると思わんよ」
俺たちの会話を聞いていたのか、マスキュラ―伯爵たちがそんなことを言ってきた。
うん、彼らの言っていることはもっともだ。
周囲の人間も状況を見守りつつ、うんうんと頷いていた。
おそらくほとんど同じようなことを考えているのだろう。
しかし、これは困った。
普通に考えれば、すべてを証明すればいいのであろうが、事はそう簡単にはいかない。
なんせ勉学に優れたということについては知識をひけらかしたとしてもこの場にそれが正しいと証明することができる者がいるとは限らない。
戦闘についても、こんなパーティー会場で暴れるわけにもいかないし、タキシードを着ている状態でそんな激しい動きもできるわけがない。
魔法を見せるのが一番得策かもしれないが、バランタイン伯爵の説明だと生半可な魔法を見せても証明にはならないと思う。
「のう、グレイン。どうにかならんか?」
普段の彼からは想像できないほど心配げな表情でバランタイン伯爵は俺に聞いてくる。
はぁ……仕方がないな。
ここは孫として、お爺ちゃんが嘘つきでないことを証明することにしよう。
「任せて、お爺ちゃん。みんなの度肝が抜けるように頑張ってみるよ」
「おお、流石はグレインじゃ。ありがとう」
俺の言葉にバランタイン伯爵の表情がパッと笑顔になった。
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