5-69 死んだ社畜は注意を受ける
「「「「……」」」」
シリウス、アリス、ティリス、レヴィアの四人は言葉を失っていた。
それも仕方のない事である。
なんせ、目の前にある光景を今まで見たことがないのであれば、そうなってしまうのも当然だ。
現在、俺たちは王女様の誕生日パーティーのために王城にやってきていた。
始まるまではまた一時間もあるわけなのだが、すでに会場には意外と人がいたりする。
そのほとんどがあまり位の高くない貴族のようだ。
位が高くないがゆえに、遅刻をするわけにはいかないと思っている人が大半だろう。
全員が全員、そういう考えではないだろうが……
「な、なんで落ち着いているのよ?」
アリスが話しかけてくる。
普段の自信満々な態度の彼女からは想像できないぐらい声が震えていた。
彼女でもこんなことになるんだな……
「だって、俺は謁見の間にも入ったんだよ? これぐらいだったら、もう驚くことはないかな」
「でも、リュコはびくびくしているわよ?」
「……たしかに」
アリスの指さす方向を見て、俺は頷く。
そこには完全に会場の空気に飲まれ、どうしていいかわからずに頭が真っ白になってしまっているリュコの姿があった。
俺の言うとおりであれば、謁見の間に入ったことのあるリュコはこの会場に驚くことはないはずだ。
しかし、彼女はそうではなかった。
これは単純に個人の資質の問題だろうか?
「グ、グレイン様……」
「……なに?」
リュコが話しかけてくる。
すでに泣きそうな声である。
これも普段の彼女からは想像できない。
そんな彼女がある願望を告げてくる。
「私にこんなドレスは似合いません。使用人の服はありませんか?」
「は?」
彼女の願望に俺は思わず呆けた声を出してしまう。
彼女からの提案があまりにも突飛のない事だったからだ。
しかし、そんな俺の反応を気にかけることなく、リュコは言葉を続ける。
「グレイン様の婚約者ということでこのドレス一式を買ってもらいました。それは非常にありがたい事ですが、自分でも似合っているとは思えません。やはり私のような身分の人間には使用人の服の方がよっぽど似合っています」
「……そうか? たしかに普段のメイド服も可愛くて似合っていると思うが、そのドレスも似合っているんじゃないか?」
「ひやっ!?」
俺が本心を告げると、リュコは女性らしからぬ悲鳴を上げる。
なんだ、その反応は?
驚くにしても、もう少し反応の仕方はあるだろう。
まあ、気にしない方向でいこう。
「僕はそんなに女性の服について詳しくはないけれど、そのドレスはリュコの雰囲気によく合っているよ? リュコらしい、という感じかな?」
「そ、そうですか?」
「変に華美にはなってないし、少し抑え目な雰囲気の中に所々綺麗な宝石なんかが散りばめられていて、まるでリュコの素晴らしさを表現していると思うんだ」
「うぅ……」
俺の言葉にリュコは顔を真っ赤にし、そのまま顔を覆ってしまう。
いや、そこまで恥ずかしがることだろうか?
俺としては、当たり前のことを言っただけなのだが……
「あらあら、グレイン君は女の子の扱いがうまいのね?」
「えぇ、そうみたいね。女の子をあれだけ褒めることができるのは、男としてのポイントはかなり高いわ」
「そうですか?」
今までの様子を見ていたサーラさんとクレアさんが俺に話しかけてきた。
今の行動はどうやら彼女たちのお眼鏡にかなったようだ。
しかし、ただただ褒められるだけではないようだ。
「でも、少し心配な点もあるわね」
「え、何がですか?」
「グレイン君はさっきのを自然とやっていたわね? なにか深く考えたりした?」
「いえ、別に……」
「「……」」
「な、なんですか?」
質問に答えただけなのに、なぜか2人は黙り込んでしまう。
いや、今の答えはなにかまずかった?
俺は思わず心配になってしまう。
そんな俺に見かねてか、エリザベスが話しかけてきた。
「グレイン、あんまり女の子を褒めすぎないように、ね?」
「えっ!? なんで?」
エリザベスの言葉に俺は驚きの声を上げてしまう。
彼女の言葉の意味が分からなかったからだ。
そんな理解できていない俺にエリザベスは説明してくれる。
「男なら女性を褒めることができないといけないし、それができないと女性から好かれることはあまりないことはわかるわね」
「うん、そうだね。僕としてはそういうつもりでしているわけじゃないけど、人づきあいをするうえで相手を褒めることが大事だから自然と言えるようにはしている」
エリザベスの言葉に俺は自分の考えを告げる。
これは前世から持ち越してきた技術の一つで、相手を褒めることで今後の付き合いを円滑にし、仕事をうまくいかせる手法なのだ。
これのおかげで俺は多くの仕事をこなすことができたといっても過言ではないだろう。
まあ、そのせいで信頼されすぎて、押し付けられた仕事が増えすぎて、そのまま過労で死にかけていたわけだから、絶対に正しいというわけではないだろうが……
だが、おそらくエリザベスが言っているのはそういうことではないだろう。
「それはいい心がけね……でも、それも度が過ぎるといろいろと問題が起こるの」
「どういうこと?」
「ただただ今後とも付き合いをするだけのつもりでグレインは言っているのかもしれないけど、グレインのルックスだと女の子が落ちやすいの」
「……なんとなく理解はできるけど、そこまでの効果がある?」
エリザベスの言葉の意味を理解することはできたが、俺は素直に頷くことはできなかった。
この異世界に転生し、グレイン=カルヴァドスとして生を受けてからこのルックスが普通の人に比べて優れていることは自覚している。
おそらく女性の視線を得ることができるとも思っている。
これは自意識過剰でも何でもなく、あくまで事実である。
現に俺には三人の婚約者がいるわけだ。
しかし、だからといってそう簡単に女の子が俺に落ちるとは思えないのだ。
別にこの世界には俺以外に美形など数多くいるし、俺よりカッコいい人間などざらにいると思われる。
そんな中で、俺の貴族としての位は男爵家の次男坊だ。
そんな当主の座にもつかなさそうな子供に貴族の女の子がアプローチをしてくるだろうか?
そんなことを思っていたわけなのだが……
「甘いわね」
「……そうね」
「えぇっ!?」
エリザベスの言葉にクリスが頷いた。
そんなに俺の考えは甘いのか?
驚く俺にクリスが説明してくれる。
「家族の贔屓目を抜いても、うちの子供たちは美形ぞろいなの。しかも、カルヴァドス男爵家という特殊な一族の事情も狙われる理由の一つね」
「まあ、否定はしないわ」
「それにある程度実力を見ることができる人間なら、娘たちにグレインと近づかせようとしてくるわ。普通に美形であることで惚れるだけならまだしも、グレインの実力を感じ取ることができればおそらく女の子は恐怖を感じるわね」
「……たしかに」
「と、そこでグレインが優しい対応をとる。すると、先ほどまで恐怖を感じていた女の子はギャップでコロッと恋に落ちる」
「いや、流石にそれはないと思うよ?」
今まで話を聞いていたが、話の内容が突飛すぎる。
他の部分は正しいと思ったので話を聞いていたが、絶対にそう簡単に事は進まないと思った。
というか、クリスはどうしてそんな風に思っているんだよ。
そんな俺たちの会話を聞いていたエリザベスが再び会話に入ってくる。
「とりあえず、グレインが女の子を褒めると勘違いされることが増えるわ。だから、気をつけなさい、って話よ」
「……わかったよ。気を付けるよ」
「ええ、気を付けて頂戴。でも、その前に一つやることがあるわよ?」
「えっ!?」
気を付けると言ったのに、なぜかやることがあると言われたことで驚いてしまった。
そんな俺の反応を見て、エリザベスは俺の後ろあたりに指をさす。
振り向くとそこには……
「「むぅ~」」
「げっ!?」
顔を真っ赤にして、頬を膨らませたティリスとレヴィアの姿があった。
たしかに、これは早急にやらないといけないことである。
「すぐに褒めてきなさい。確かに女の子相手に褒めすぎるのは駄目だけど、婚約者は別よ」
「はぁ……わかってるよ」
エリザベスに背中を押され、俺は二人を褒めに行くことにした。
結局、彼女たちが機嫌を直したのは20分も褒め続けた後だった。
もうこれ以上褒め言葉は出せないな。
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