5-61 死んだ社畜は心配する
「ふふ、やっぱりね」
「え? 驚かないの?」
謁見の間を出た後、俺たちはエリザベスたちが待つ部屋へと戻った。
そこで先ほど起こったことについて話すと、さも当たり前のことのようにエリザベスが反応したのだ。
クリスも同様の考えのようで、うんうん頷いていた。
リュコと妹たちはぽかんとしていたが……
「だって、元々アレンが言葉で攻撃されること自体はわかっていたもの。昔からの貴族からすれば、アレンみたいな成り上がりは目の敵にされやすいわ」
「それはわかるけど、あそこまでとは思わなかったよ」
「まあ、それも仕方がない事だわ。アレンは冒険者の中でも規格外の存在だったから、同じ冒険者の中でも信じられないようなことをする人だったわ。だから、貴族のお偉方にとってはアレンの話はありえないように感じてしまうのよ」
「ああ、なるほど……」
エリザベスの説明に俺は非常に納得してしまった。
アレンの規格外は俺もよく理解している。
人間というのは、自分の想像が及びつかないものを排除しようとする傾向がある。
つまり、アレンは貴族のお偉方から見たら、それにあたるわけだ。
なら、あそこまでされるのは……理解できるのか?
「たぶんだけど、その筆頭はボルドー侯爵だったと思う」
「ボルドー侯爵?」
クリスが会話に入ってくる。
しかし、彼女の言った人物は俺の知らない人だった。
一体、誰なんだろうか?
「昔からこの国を支えてきた貴族の家柄で、一族のほとんどが王城で勤務していることで有名な一族よ。本人たちもそれが誇りみたい」
「へぇ……すごいんだね?」
クリスの説明を聞き、俺は感心する。
王城で勤務するというのは、簡単に言うならばエリートコース。
つまり、この世界でのトップクラスの就職先に勤務できているということだ。
一族のほとんどが、というところでコネ入社なんてことも考えられるが、それも含めて凄いと思う。
俺のようにブラック企業にしか入れなかった身からすれば、羨ましい限りである。
しかし、そんな人物はいたのか?
疑問に思う俺にアレンが真実を告げる。
「俺のことを馬鹿にしていた貴族だよ」
「えっ!? あの豚がっ!?」
アレンの言葉に俺は思わず驚愕の声を上げてしまう。
そんな俺の反応に──いや、俺の言った言葉にその場にいた大人たち全員が思いっきり噴き出してしまった。
もしかすると、ツボに入ってしまったのかもしれない。
「お、おい……たしかにボルドー侯爵は太っているが、ぶ、豚という表現は……」
「ま、まあ……あれを見たら、仕方がない……こと……か?」
「グレイン……本人の前で……それは言っては……駄目よ?」
アレン、リオン、エリザベスがそれぞれそんなことを言ってくる。
どうやら彼らも心の中でボルドー侯爵のことを豚と思っていたのだろう。
まあ、普通の感性を持っていれば、それも当然だ。
「でも、あんまり優秀そうには見えなかったけど……」
俺は謁見の間で見たボルドー侯爵の姿を思い浮かべる。
見た目からしても優秀そうには見えなかったし、リヒトに泣かされていた光景が今でも印象に残っている。
アレンのことを馬鹿にしている姿からもそこまですごい人には見えなかったが……
「まあ……それも仕方のない事ね」
「どういうこと?」
ようやく笑いが収まったのか、クリスが会話に入ってくる。
「ボルドー侯爵家は最近代替わりしたの。先代当主が病で亡くなられたみたいで、今のボルドー侯爵が跡を継いだの」
「他に継げる人はいなかったの? あの人に比べたら、どんな人でもまともに思えるけど……」
「残念ながらいなかったみたい。今のボルドー侯爵は先代の長男。他の子供たちは女の子だったり、男の子でもまだ10代の学生らしいわ」
「それなら仕方がないのかな」
クリスの説明に俺は納得した。
たしかにそんな状態だったら、あの男が跡を継ぐのも仕方がない事だろう。
それはボルドー侯爵家にとっては不幸かもしれないが……
「あんな男、この世から消してしまえばいいんだ」
「あなた、落ち着いて」
そんな中、リヒトが大変怒っており、それをシルトさんが宥めていた。
謁見の間であれほど暴れていたのに、まだまだ怒りが収まらないようだ。
まあ、彼もまた誇り高いドラゴンなので、馬鹿にされたことは根に持ってしまうのかもしれない。
「リヒトさん、それは止めてくださいね?」
「なぜだ?」
怒るリヒトにアレンが頼み込むが、リヒトは全く理解していないようだった。
そんなリヒトにアレンは説明する。
「リヒトさんがボルドー侯爵を殺したとすると、おそらく私が命令したと勘違いされるでしょう」
「なに? 私が人間如きに命令された、と?」
アレンの説明にリヒトの怒りが増す。
おそらく、「人間に命令される」という部分がお気に召さなかったのだろう。
当然、それに気が付いているアレンはきちんと説明する。
「もちろん、実際にそんなことはありませんよ。ですが、現状でドラゴンと対等に会話が出来ていると思われるのは我々カルヴァドス男爵家の人間とリオンやルシフェルたちだけです。つまり、ドラゴンが何か事件を起こせば……」
「お前らのせいになるというわけ、か?」
「はい、そういうことです。しかも、相手はこの国でも有数の名家であり、そんなところの当主を殺そうものなら国家反逆罪なんかにも問われるかもしれませんね」
「……あの国王ならば、そんなことはしないだろう」
アレンの説明を聞き、リヒトはそんなことを呟く。
怒りに身を任せていたと思っていたが、状況はよく見ていたようだ。
あの国王様なら、たとえアレンの言うような事件が起きたとしても、こちら側を信頼してくれると思う。
しかし、それはあくまで一個人の話だ。
いくら国王様がこちらの味方をしてくれたとしても、他の者たちが敵側に渡ってしまったらそれを止めることも敵わなくなるはずだ。
「国王様は味方をしてくれるでしょう。ですが、おそらく止めることは難しいはずです」
「なら、戦えばいいじゃないか。お前たちなら国が相手でも負けることはないだろう」
アレンの説明にリヒトがそう返答した。
おそらく、最強の生物であるがゆえに力で解決すればいいという考えに至ったのだろう。
俺たちの実力をきちんと評価したうえで、それができると思ったのだろう。
ドラゴンにそのように思われたのは正直なところ誇らしい。
しかし、人間の世界で事はそう簡単にはいかないわけで……
「俺はこの国の王を裏切るつもりはないんだ。だから、そんな手段は取りたくないんだよ」
「それでお前が馬鹿にされても、か?」
「ああ、そうだな」
リヒトの言葉にアレンははっきりと頷く。
彼の決意は非常に硬い様だ。
アレンは脳筋ではあるが、決して礼儀知らずなどではない。
アレンのことを信頼してくれている国王様に対して、臣下としてしっかりと忠義を尽くしたいと思っているのだろう。
俺はそんな彼の考え方に感動してしまったわけだが……
「だが、お前からあの王に対する敬意を感じないぞ?」
「えっ!?」
突然のリヒトの宣言に俺は驚いてしまう。
いや、アレンは忠義を尽くすとか言っていたんだぞ?
どうして、アレンが敬意を持っていないとか言えるんだ?
理解できず、俺はあたふたとしてしまう。
そんなとき……
「まあ、それも仕方のない事だな」
「えっ!?」
今度は別の場所──この部屋の入り口辺りから声がした。
そこには、先ほどから会話に出ていた国王様の姿があった。
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