5-59 死んだ社畜は怒ったドラゴンを説得する
「貴様、何者だっ!」
突然の乱入者──リヒトにアレンを嘲笑していた男が怒気を露わにする。
そして、周囲にいた衛兵たちもすぐさま状況を理解したのか、リヒトを取り囲むように集まってきた。
それぞれが武器を構え、リヒトが少しでも動こうものなら攻撃するのも厭わない状況だった。
まあ、そんなもので抑えられるのであれば、どれほどよかったものか……
「動くなっ」
衛兵の一人がリヒトに宣告する。
その声は震えていた。
いや、どうしてこの状況で声が震えているのだろうか?
普通に考えれば、どう見たって衛兵の方が優位な状況である。
俺たちはリヒトの方が強い事は理解しているので心配はしていないが、端から見れば長身の男を多数の衛兵が取り囲んでいる状況だ。
それなのにどうして……
「ふむ……」
そんな衛兵の様子に気が付いたのか、リヒトが小さく頷く。
一体、何を納得したのか?
と、思った瞬間、、突然リヒトが歩みを始める。
それに合わせて、一斉に衛兵が攻撃を始めた。
(((((バキィッ)))))
衛兵たちの武器がリヒトに一斉に襲い掛かった。
しかし、リヒトは一切の回避行動をとることはなく、すべての攻撃をその身で受けていた。
その様子を見ていた男が嘲笑交じりで話し始める。
「何者かは知らないが、謁見の間に忍び込もうなど不遜だぞ」
いや、忍び込むどころか正面突破だと思うけど……
俺は男の言葉に心の中でツッコんでしまった。
そして、男は次の言葉を続けることはできなかった。
「貴様こそ不遜だぞ?」
「なっ!?」
なぜなら、先ほど攻撃されたはずのリヒトから話しかけられたからだ。
そちらに視線を向けると、そこには五体満足どころか着ている服に傷や汚れすらない状態だった。
いや、流石にそれはなくないか?
リヒトの体に攻撃が通らないのならわかるが、ただの服がどうしてノーダメージなんだ?
これがドラゴンの凄さという奴か?
そんなことを疑問に思っていると、リヒトがさらに言葉を続ける。
「お前、先ほどドラゴンを馬鹿にしていたな?」
「なに? 空想上の存在をどう言おうと私の勝手だろう? 貴様はドラゴンが本当に存在していると思っているのか?」
「ああ、存在しているさ。なんなら、今すぐに証明してやろうか?」
「ほう……なら、やってみろ」
リヒトの挑発に男はあっさりと乗ってしまった。
完全にこいつはドラゴンが存在しない者だと思っているのだろう。
まあ、普通の人間から考えれば、そう思っても仕方のない事だろう。
と、ここで俺はあることに気が付く。
「ねぇ、父さん。これって、まずくない?」
「っ!? 急いで止めなくては……」
俺の指摘にアレンがはっと気が付く。
その様子にリオンとルシフェルのこの状況のまずさに気が付いたようだ。
すぐに立ち上がり、慌ててリヒトのもとに駆け寄ろうとした。
「やめてくれ、リヒトさん」
「む? どうしてだ?」
アレンの懇願にリヒトが首を傾げる。
これは完全に理解していない状況だ。
「元の姿に戻ろうとしていますよね? やめてください」
「何を言っているんだ? 元の姿に戻らなければ、ドラゴンの存在を証明できないではないだろう」
アレンの言葉にリヒトは少しいらだった様子で答える。
彼の言わんとしていることはわかる。
空想上の存在を信じられないのは、あくまでそれが空想上の存在だからだ。
つまり、実際にその目で見ることができれば、否が応でも存在を認めざるを得ないわけだ。
ならば、実際にその姿を見せれば問題ない、そうリヒトは思っているのだろう。
しかし、事はそう簡単な話ではない。
「こんなところで元の姿に戻れば、この場はパニックになるんだ。本当にやめてくれ」
「ならば、どうすればいいんだ?」
「うっ……それは……」
リヒトの指摘にアレンはこれ以上何も言えなかった。
彼はリヒトが元の姿に戻ることによる混乱を予想することはできたが、それに対する対応策は用意できなかったようだ。
まあ、アレンならば仕方がない。
むしろ、きちんとリヒトが元の姿に戻ることによる混乱に考えが至ったことを褒めるべきだろう。
ここからは俺の出番だろう。
「リヒトさん」
「なんだ?」
「部分的に元に戻ることはできますか?」
「なに?」
俺の質問にリヒトさんは首を傾げる。
どういう意図での質問か理解できていないのだろう。
もちろん、説明はするつもりだ。
「たとえば、手だけをドラゴンの状態にしたり、尻尾を生やしたり……角を生やしたりすることだけなんてできますか?」
「……それぐらいなら可能だが、どうしてそんなことを……」
「リヒトさんが元の姿に戻ったら、この謁見の間が部屋的な意味でも空気的な意味でも大変なことになるんです。リヒトさんだって、矮小な人間がざわめくのは嫌いじゃないですか?」
「……たしかにそうだな」
どうやら納得してくれたようだ。
基本的には人間──いや、他種族全体のことを見下している彼だからこそ、この説明で納得してくれると思っていた。
ただ俺の言葉を聞いてくれるか心配だったが、それも杞憂だったようだ。
そして、リヒトさんは部分的な変身を始める。
両手は腕から白い鱗がびっしりと並び、爪も鋭く長く伸びた。
後ろには腕と同じ色の鱗に覆われた尻尾が伸び、床を叩いた。
そのせいで床が軽くひび割れたが、これぐらいは良しとしよう。
最後にリヒトさんの頭から二本の長く鋭い角が生えた。
「「「「「なっ!?」」」」」
その様子を見ていた者たち全員から驚きの声が漏れる。
まあ、いきなり人間が部分的とはいえ変身を始めたのだから、それは仕方のない事だろう。
こんな芸当、普通の人間にはできないだろうし……
まあ、魔法の中には変身することができるものもあるらしいので、一概にそう言えないのも現実ではある。
「グレインよ。これでいいか?」
「はい、ばっちりです」
リヒトの言葉に俺は笑顔でOKサインを出す。
完全にこちらの言った通りにしてくれた。
リヒトは偉そうではあるが、理解してくれればきちんとこちらの言った通りにはしてくれる。
これもドラゴンの特徴なのだろうか?
そして、リヒトが変身したことを確認したアレンは国王に向かって話しかけようとするが……
「こちらの方がドラゴンであることはわかるでしょう? これが証明で……」
「嘘をつくなっ!」
アレンの言葉を先ほどの男が遮る。
男の顔は怒りの感情だろうか、真っ赤になっていた。
それはまるで物事が自分の思い通りに進まなかったことを怒っているような……
「何か文句がありますか? 先ほどの強さとこの姿──どこからどうみてもドラゴンだと思いますが……」
「そんなもの、何とでも偽装のしようがあるだろう。たしかに伝えられているドラゴンの姿を部分的に見せているようだが、それだけでは証明にはならないはずだ」
「……ならば、どうすれば?」
「そんなもの、本物をもって……」
アレンを罵倒する男の言葉が最後まで続くことはなかった。
なぜなら……
(ビュンッ)
「へっ?」
男の顔の横を細く白いものが通り過ぎたからだ。
だが、現実はそんな生易しいものではない。
なぜなら、それはリヒトが放った攻撃だからだ。
「貴様、俺が嘘をついているとでもいうのか?」
攻撃を放ったリヒトは怒りの表情で男に鋭い視線を向けていた。
やばい、ものすごく怒ってる。
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