5-58 死んだ社畜は謁見の間に入る
謁見の間にいるのはアレン、グレイン、リオン、ルシフェルの四人です。
残りの人たちは別室で待っています。
城の中に入ってから少しぐらい待たされるかと思ったのが、そんなこともなくすぐに謁見の間に通されることになった。
事前にしっかりと礼儀作法についてはレクチャーされていたので、謁見の間に入ってからはしっかりとこなせたと思う。
しかし、なぜか周りにいる者たちから向けられる視線が痛かった。
一体、どうしたのだろうか?
ふとそんなことを考えてしまったが、アレンが一段上がったところの手前まで来たところで膝を落としたので、俺も彼に合わせて膝を落とす。
「カルヴァドス男爵家当主、アレン=カルヴァドス。報告に参りました」
「うむ。顔を上げてくれ」
アレンが目的を告げると、男の声が聞こえてくる。
その声の通りに俺は顔を上げる。
目の前には一人の男が仰々しい椅子に座っていた。
恰幅の良い体型に人のよさそうな表情、綺麗に整えられた髭をたくわえた優しげな表情の中年男性だった。
端から見れば、その辺にいそうなただのおじさんである。
しかし、この人物は只者ではない。
なんせ、彼こそがこの国の王であるバルド=リクール様、その人であるからだ。
俺は国王様の目の前にいるということで、緊張してしまっていた。
この世界に来てから今までこんな風に緊張したことがなかったので、少し戸惑ってしまう。
獣王であるリオンや魔王であるルシフェルと普段から会っているのだから権力者に会うのは慣れているかと思うかもしれないが、それはあくまで二人がアレンと仲良しであるために緊張する前に慣れてしまったのだ。
なんせ普段から馬鹿をやってエリザベスに怒られる姿をよく見るせいで、二人から威厳というものが感じられないのだ。
まあ、それでも権力者であることには変わりないが……
しかし、目の前の人物からは見た目の柔らかさとは裏腹に何かを感じるのだ。
これが威厳というものだろうか?
「では、報告を聞こうか」
「はい。先日、聖光教の支部のものに私の娘が誘拐される事件が起きました。なんとか取り返すことができましたが、そこであるものを発見しました」
「ほう? それはなんだ?」
「ドラゴンです」
「なに?」
アレンの説明に国王様が怪訝そうな表情を浮かべる。
その様子に周囲にいる者たちからあざ笑うような反応を感じた。
おそらくアレンが突拍子もないことを言ったと思ったのだろう。
着ている服や身に付けている装飾品からそれなりの貴族であることはわかるので、アレンのような成り上がりの貴族が嫌いなのかもしれない。
だが、そんな貴族などを無視して、アレンは説明を続ける。
「その場にドラゴンが現れました」
「ほう……では、どうしてカルヴァドス男爵はこの場にいるのですかな? ドラゴンというのは物語の中でしか登場しないような伝説の存在──出会ってしまったら命の保証などないはずですが?」
アレンの言葉に貴族の一人があざ笑うようにそんなことを言ってきた。
国王に対する報告の場でそのような発言をするとはかなりの馬鹿かと思ったのだが、誰も何も言わなかった。
もしかすると、かなりの権力者なのかもしれない。
だからこそ、誰も文句を言わない。
いや、国王様なら言えるのだろう……と思って視線を向けたが、彼はその発言の主を咎めることはなかった。
正確に言うと、気にしていないといったところだろうか?
そんな中、アレンはさらに説明を続けた。
「もちろん、生き残ったからこそ私はここにいます。もしかして、私がゴーストやレイスのような存在に見えますか?」
「いやいや、しっかりと体があることから、そのようなことなど考えていませんよ。ですが、だからこそ疑問に思うがな?」
「何がでしょうか?」
偉そうな男の言葉に聞き返すアレン。
あの男は完全にこちらを馬鹿にしている。
こちらの報告が嘘だと思っているからこそ、あのような態度をしているのだろう。
そんな男に同調するように周囲の貴族からも嘲笑の声が上がる。
まったく、はらわたが煮えくり返りそうだ。
そんな中、偉そうな男はアレンに向かって、はっきりと宣言した。
「実際にドラゴンなどいなかったのではないですかな?」
「……それはどうしてでしょう?」
男の言葉にアレンは少し待ってから聞き返した。
一瞬、力を込めていたことから飛び出そうとしたのをこらえたといったところか?
まあ、飛び出そうとするのは仕方のない事だ。
しかし、この状況で怒りに任せて飛び出すのはよくないと理性が働いたのだろう。
なんせ、この場は国王の御前──そんな場所で失礼をするわけにはいかないのだ。
後ろの方で何かが動こうとする気配とそれを止める気配があった。
「もしドラゴンという伝説の存在と出会ったとしたら、アレン男爵が五体満足でいることが非常に謎なんですよ? もしかして、ドラゴンを倒したとおっしゃるつもりですか? でしたら、今日から【巨人殺し】ではなく【龍殺し】を名乗るべきですな。はははっ」
男が馬鹿にしたように高笑いする。
それに合わせて周囲の貴族たちもあざ笑う。
さて、こいつらどうしてくれようか?
本気を出せば、こいつらなど灰も残さず燃やせそうだが……
おっと、まずい。
思わず魔法を使いそうになってしまった。
「……名乗る必要はないですよ」
「ほほう。だったら、アレン殿のドラゴンにあったという話は嘘ということですな? 国王の御前で嘘を吐くとは、無礼な男だな。これだから冒険者上がりは……今すぐ貴族の位を返上したらどうなんだ?」
アレンの言葉に男はここぞとばかりに嫌味を言ってくる。
こいつ、アレンのことが嫌いすぎるだろう。
これは完全にアレンのことを個人的に嫌っているレベルである。
一体、何が彼をそこまでしたのか……
「私は嘘はついていません。それに、ドラゴンに出会ったのは私だけではありませんよ?」
「なに? 他に誰が出会ったというのだ」
「ビストの獣王リオン殿、アビスの魔王ルシフェル殿──そして、私の息子であるこちらのグレインです」
「は?」
アレンの説明に男が呆けた声を出した。
おそらく、アレンの言っていることが理解できなかったのだろう。
そして、謁見の間は笑いに包まれる。
「はははっ、これは傑作だ。作り話にしたって、もう少し信憑性のある話をしないと誰も信じないぞ?」
「……どういうところがでしょうか?」
「もちろん、アレン殿の子供がドラゴンを見たという話だ。それが本当だとしたら、どうして息子殿が生きているのかな? アレン殿なら逃げることができる可能性があるが、子供ならばそれもできないだろう」
「……」
「言い返せないのかな?」
男の言葉にアレンが黙り込んでしまう。
そんなアレンの様子に煽るように男が話しかける。
だが、後ろにいた俺はあることに気が付く。
「(これ、かなり怒っていないか?)」
アレンの体が震えていたのだ。
当然、寒いから震えているわけではないのだろう。
これは完全に怒りからくる震えのはずだ。
このままだとやばい。
この場で爆発すれば、大変なことになってしまう。
どうすればいい──そう思っていると、この場の空気をぶち壊す音、そして声が聞こえた。
(ドオオオンッ)
「おい、貴様。粋がるのもいい加減にしろっ!」
「「「「「なっ!?」」」」」
その声はこの場にいないはずの者の声だった。
視線を向けるとそこには一人の男がいた。
リヒトである。
リヒトが怒りの表情で謁見の間の壊れた扉の前に立っていたのだ。
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