5-56 死んだ社畜は謁見が決定する
「グレイン、明日は予定を入れないようにしてくれ」
「ん? どうして?」
夕食後ののんびりとした雰囲気の中、アレンが俺に話しかけてくる。
いきなりの言葉に俺は首を傾げてしまう。
どうしてそんなことを言われているのかわからなかったからだ。
疑問に思う俺にアレンは説明を続ける。
「明日はお前と一緒に行かないといけない場所があるんだ。だから、予定を入れないで欲しかったんだ」
「行かないといけない場所? よくわからないけど、構わないよ」
アレンが真剣な表情で言っているのだ。
ならば、それは仕方のない事なのだろう。
普段は脳みそまで筋肉なアレンではあるが、こういう場合はかなり重要な案件であることが多い。
ならば、俺はそれを断ることはない。
だが、そんな俺たちに文句を言ってくる者もいる。
「ええ~。明日はグレインと一緒に買い物に行きたかったのに……」
文句を言っていたのはアリスだった。
彼女は頬を膨らませながら、こちらを睨みつけていた。
というか、どうして俺が睨みつけられなければいけないのだろうか?
元々、約束をしていたわけでもないのに……
だが、そんな彼女をエリザベスが窘める。
「文句を言わないの、アリス。グレインは絶対について行かないといけないから、貴女とは買い物できないのよ」
「うぅ……せっかく美味しそうな料理を出す店を見かけたから、一緒に行こうと思ってたのに……」
「まだまだ王都に滞在するのだから、それはまたの機会にしなさい」
「……わかったわ」
エリザベスの言葉にアリスはしぶしぶ納得した。
流石にこれ以上文句を言うのは駄目だと思ったのだろう。
彼女はわがままなことを言うことはあるが、決して自己中ではないのだ。
きちんと相手を尊重することができるのだ。
「それで明日の用事は何なの? 行かないといけない場所とか言ってたけど?」
アリスの文句が終わったので、俺はアレンに質問する。
先ほどの彼の言葉がどうにも気になってしまう。
俺が王都で行かないといけない場所、というのがいまいち想像つかなかったからだ。
そんな俺の疑問にアレンが答える。
「王城だよ」
「へぇ、王城か……って、王城っ!?」
アレンがあっさり答えたので流してしまいそうになったが、すぐに事の重大性に気付き、俺は叫んでしまった。
なんせ王城というのは、この国の王族が住んでいる場所──貴族でもそう簡単に入ることができない場所なのだ。
きちんと事前に謁見に行くことを伝えたうえで、何日も待たないといけないことがあるぐらいだ。
いくら謁見の申し込みをしていたとしても、そんなすぐに行くことができるとは思わなかったが……
「国王様に報告しないといけないことがあるからな」
「……なるほど。でも、どうして僕がついて行かないといけないの?」
アレンの端的な説明にどうしてこんなに早く謁見することができたのかについては理解できた。
しかし、どうして俺が同行しないといけないかはわからなかった。
そんな俺の疑問にアレンはあっさりと答える。
「グレインも実際にその場にいた一人だからな。当事者にはしっかりとその時の状況を伝えてもらわないといけないわけだ」
「ああ、なるほど。じゃあ、リオンさんやルシフェルさんは?」
「もちろん、行くさ。とりあえず、今回はあの戦場にいた者たちとクリスとエリザベス、ドラゴンの夫妻にも来てもらう」
アレンが今回の謁見のメンバーを告げる。
この前の戦いについて語るのであれば、絶対に必要なメンツだろう。
おそらくクリスとエリザベスはハクアとクロネを落ち着かせるためについて行くといったところだろうか?
「この国でも有数の実力者が勢ぞろいだね。もしかしたら、国を落とせるんじゃない?」
「冗談でもそんなことを言うんじゃない。たとえ本気じゃなかったとしても、敵対勢力が聞けば格好の攻撃の材料になるのだから……」
「はははっ、ごめんなさい」
俺の冗談を聞き、アレンは少し怒気を露わにする。
まあ、今の言葉はたしかに言わない方が良かっただろう。
この場がいくら家族だけの場だったとしても、このような冗談を口にしてしまうと他の場所でも口走ってしまう可能性があるのだ。
これはアレンが正しい。
今後は気を付けておくことにしよう。
と、ここでアレンはリュコに視線を向ける。
「あと、リュコもついてきてくれ」
「えっ!? どうしてですか?」
アレンのいきなりの言葉にリュコは驚きの表情を浮かべる。
彼女はカルヴァドス男爵家のメイドであり、本来ならば俺たちと一緒に国王様に謁見することができるような立場ではない。
しかも、彼女はこの前の戦いに参加しているわけではない。
どうして彼女がついて行くことになったのか、それがわからなかったわけだ。
ちなみに俺も理解できなかった。
と、ここでリュコがついて行くことになったので、名乗り上げる者たちがいた。
「だったら、私たちも……」
「リュコが行くなら……」
ティリスとレヴィアの二人だった。
彼女はリュコがついて行くのならば、自分たちもついて行くと名乗り上げたのだ。
一体、どういうつもりで言ったのだろうか?
もしかして、リュコが俺の婚約者だからという理由で行くと思ったのか?
その可能性は限りなく低いと思うのだが、恋する乙女たちにはそういうことは気にならないのだろう。
とりあえず、否定しようと思ったのだが、俺もリュコがついてくる理由がわからないので説明することができない。
そんな中、ルシフェルが口を開いた。
「リュコさんは別にグレイン君の婚約者だからついて行くわけではないですよ? ついて行くのは他の用事のためです」
「「え?」」
ルシフェルの言葉に二人が驚きの表情を浮かべる。
本当にそんなことを考えていたようだ。
というか、もし本当に俺の婚約者だからという理由で連れて行くのならば、二人も連れて行かない理由はないだろう。
それぐらいは考えれば、わかると思うが……
まあ、それを指摘はしないでおこう。
彼女たちには彼女たちの考え方があるのだから。
「リュコさんは獣人と魔族の両方の血を継ぐ稀有な存在──今まで【忌み子】として扱われてきたものを【デュアル】として認めてもらおうというわけです」
「ああ。俺とルシフェルはすでに国で認めているから、後は人間の大国であるリクール王国でも認めてもらおうというわけだ」
ルシフェルの説明にリオンが追加する。
これでどうしてリュコがついて行くのかは理解できた。
たしかに、【デュアル】を認めてもらうためならば、実際に当事者であるリュコは連れて行った方が良いだろう。
しかし、大丈夫なのだろうか?
「でも、この国はまだ【デュアル】について何の知識もないんでしょ? そんな状態でリュコを連れて行っていいの?」
「その点は大丈夫だろう。もしその場でリュコのことを否定しようとしたら、獣人と魔族の考えを真正面から否定することになる。そんな度胸のあるやつは王宮にはほとんどいないさ」
「……たしかにそうだけど。というか、国王様が認めなかったら……」
「その点は大丈夫だ。国王は人種で人を判断するような男じゃないから、絶対に認めてくれるさ」
「? どうしてそこまで言えるの?」
アレンの説明に俺は再び首を傾げる。
どうして彼がここまで自信たっぷりに言えるのか理解できなかったからだ。
だが、ふと周りを見ているとリオンとルシフェルもうんうんと頷いている。
エリザベスの方に視線を向けてみると、彼女は苦笑をしていた。
一体、どういうことなのだろうか?
「まあ、実際に行ったらわかるさ」
「……まあ、父さんが言うなら」
納得はできないが、アレンが言うのであれば大丈夫だと思うことにする。
彼は脳筋ではあるが、決して嘘はつかない。
それを信じることにしたわけだ。
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