5-55 死んだ社畜はべたなものに出会う
「シャル様、シャル様~」
「「ん?」」
「げっ!?」
遠くから誰かがシャルを呼びかけ、俺たちはそちらに視線を向ける。
シャルは声の主に気付き、嫌そうな表情を浮かべる。
声の主は女性だった。
白銀の軽鎧を身に付けた背の高い女性で、茶髪のポニーテールがゆらゆらと揺れていた。
年齢は二十歳前後ぐらいだろうか、クールな雰囲気が大人びた印象を受ける。
そんな彼女はシャルの姿を視認したことで、嬉しそうな表情を浮かべて近づいてきたわけだ。
しかし、隣にいる俺たちに気が付くと、なぜかその表情が怖くなった。
そして、なぜか右手を腰のあたりにやって、帯びていた片手剣を鞘から抜き……
「貴様ら、シャル様になにをしたっ!?」
「ええっ!?」
なぜかいきなり斬りかかられた。
俺は彼女の動きを察して、すぐさま土で盾を錬成した。
(ガキッ)
「むっ!?」
不意打ちを防御されたからなのだろうか、女性は少し驚いたような表情を浮かべる。
いや、そんな驚いた表情を浮かべられても……
というか、いきなり斬りかかるなんて、一体どんな教育を受けているんだ?
と、ここで俺はあることに気が付いた。
俺の錬成した盾が小さく欠けていたのだ。
俺はそれに気が付き、少し恐怖を感じてしまった。
見たところ、この女性は怒りに身を任せて全力で攻撃していたが、身体強化などを使った様子はなかった。
俺だって、いきなりの攻撃に咄嗟に錬成したので、そこまで魔力を込めることはできていなかった。
だからといって、ただの人間の攻撃に耐えられないような盾を作ったわけではない。
大型の魔獣の突進にも耐えうるレベルのものを作ったはずなのだ。
それなのに、彼女は俺の盾に傷をつけた。
それだけで恐怖を感じてしまう。
とりあえず、これ以上盾を壊されないために魔力を込め……
「ちょっと、待ちなさい」
と、ここで止めに入る人物が現れた。
それはシャルだった。
そういえば、この女性はシャルのことを見つけて、駆けつけてきたようだった。
なので、彼女の関係者であることは確実だ。
と、そこで俺たちに斬りかかろうとするのはおかしな話なわけだが……
「ですが、シャル様。こいつらは貴女を誘拐しようと……」
「してないわよっ! 被害妄想は止めてくれないかしら?」
「では、どうしてこんな怪しい者たちと?」
「いや、怪しくないでしょ? どう見たって、私と同じぐらいの年齢の子供だと思うんだけど……」
女性とシャルが会話を始める。
見たところ、シャルはこの女性の主人──いや、正確に言うならば、シャルの家にこの女性が雇われているといったところだろうか?
とりあえず、この女性はシャルのことを守る立場のようだ。
それなのに、会話の内容から女性の方が幼いと感じてしまうのは、いきなり斬りかかられたからだろう。
「いえ、子供だからといって、侮ることはできません。子供だと油断させて犯罪を成功させる集団だっているんですから」
「それは否定しないけど、この二人は違うでしょ? どう見たって貴族の子供だし……」
「犯罪組織に加担している貴族だっていますよ」
「いや、そんなことをはっきりと言わないでよ。というか、二人に失礼じゃないっ」
話せば話すほど女性の評価が下がっていく。
この人、本当に大人なんだろうか?
少なくとも、前世で俺がこのぐらいの歳だった時はもう少し大人っぽかったと思う。
いや、大学生だったので多少の子供らしさは残っていたかな?
それでも彼女よりは大人っぽかったはずだ。
「えっと……すみません」
「なんだ、貴様?」
「うっ!?」
と、ここでシリウスが話しかけようとするが、女性も鋭い視線に委縮してしまった。
そんな一連の流れを視ていたシャルが女性の頭を叩く。
「シリウスに威嚇しないの。この二人は私に王都の街を案内してくれたのよ」
「……そうなのですか?」
「ええ、そうよ。偶然出会ったから、案内してもらったの」
「……信じましょう」
頭を叩かれたことが良かったのか、女性はシャルの話を信じたようだ。
女性が落ち着いたのを確認し、シリウスが再び口を開く。
「えっと、僕はシリウスと言います。こちらは弟のグレイン。シャルさんとは街で偶然出会って、一緒に行動していただけです」
「……本当だろうな?」
「ええ、本当です」
「シャル様がかわいいから、ナンパして手籠めにしようとしていたわけではないのだな?」
「もちろんです。というか、初対面の女性を相手にいきなり手籠めにしようとはしませんよ、普通」
「いや、シャル様の可愛さならば、男にそのような劣情を抱かせてもおかしくはないっ!」
「は、は、は……」
女性の言葉にシリウスは苦笑するしかなかった。
当然、俺も心の中で「なんだ、こいつ」と思ってしまっていた。
それほどこの女性がおかしいのだ。
ちなみに、女性は最後のセリフの後に、シャルによって再び頭を叩かれていた。
本当に何だ、このコンビは?
「しかし、どうやら私の勘違いだったようだ。すまない」
「いえいえ、貴女はシャルさんの護衛のようですから、そういう危機管理は大事だと思いますよ?」
「そう言っていただいてありがたいです。おっと、自己紹介はまだでした。私はシャル様の護衛のセルリアと申します。以後お見知りおきを」
「はい、セルリアさんですね。よろしくお願いします」
ようやく自己紹介をされた。
それにシリウスが笑顔で答える。
と、ここでなぜかセルリアさんがシリウスのことをじっと見つめ始めた。
一体、どうしたのだろうか?
「……」
「あの……どうしたんですか?」
「……かわいい」
「え?」
「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ」
「うわっ!?」
なぜかセルリアさんはいきなりシリウスに抱きついたのだ。
しかし、先ほどのような敵意のようなものを感じない。
一体、どうしたのだろうか?
「ああ、セルリアの悪い癖が両方出ちゃったわね」
そんなセルリアさんの様子を見て、シャルが呆れたような表情を浮かべて呟いた。
俺はシャルに思わず質問する。
「……これは何?」
「セルリアは無類の可愛いもの好きなのよ。自分が身長が高くて女の子っぽくないから、可愛いものとかを愛でるようになったらしいわ」
「……なるほど」
「ちなみに、彼女の自室は小さいころから集めたぬいぐるみや可愛らしい衣類で一杯よ。趣味はお菓子作りと裁縫ね」
「そんなべたな」
シャルの説明に俺は思わず呟いてしまう。
自分にはないものに興味津々になるのはわかるが、まさかここまでべたな人間がいるとは思わなかった。
まあ、シリウスが可愛らしいということは否定しないが……
と、ここでシリウスを抱きしめていたセルリアさんがこちらに視線を向ける。
「シャル様。このお嬢さんを連れて帰っていいですか?」
「駄目に決まっているじゃない。というか、そんなことをしたら貴女が誘拐犯になるわよ?」
「はっ!? たしかに……ですが、これほど可愛いのであれば……」
シャルの指摘にセルリアさんがなんか怖い事を呟いている。
どれほど可愛らしいものが好きなのだろうか?
というか、彼女に抱きしめられているシリウスから徐々に生気が失われている気がする。
息できていないんじゃないのか?
「あと、シリウスは男の子よ?」
「本当ですか? 男の子なのに、この可愛さですか?」
「まあ、そうね」
「うぅ……羨ましい」
「貴女にはないものを持っているからね~」
セルリアさんの本気で悔しがるセリフにシャルはかわいそうなものを見るような目で見つめる。
うん、わからないでもないが自分の護衛にそのような目を向けるのは止めてあげようよ。
本気でかわいそうじゃないか?
初っ端にいろいろと誤解はあったが、別に悪い人ではないだろう。
若干、自分の好きなもののためなら犯罪に走りそうではあるが……
「うきゅ~」
「あっ、シリウス兄さんがっ!?」
「えっ!? セルリア、早く離しなさいっ!」
「嫌ですっ! この可愛い娘は家に連れ帰るんですっ!」
「そんなことを言ってる場合じゃないわよっ」
シリウスはセルリアさんの腕の中で目を回してしまっており、俺とシャルがどうにかしてセルリアさんからシリウスを取り返そうとひと悶着があった。
シリウスが解放されたのはこれから10分後で、意識を取り戻したのはそこからさらに10分経った後だった。
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