5-53 死んだ社畜は魔道具の歴史を聞く
「お師匠様がもう少し経営努力をすれば、うちの売れ行きももっと良くなるんですよ? それなのに、貴女と言えば……」
「いきなりなんだい? この店が経営難なのは私のせいかい?」
青年の言葉を聞き、心外そうな表情をする女性。
というか、この店は経営難だったのか……
モスコからおすすめの店として紹介してもらっていたのだが、まさか経営難だとは思わなかった。
モスコのことだから嘘の情報だとは思わないが、彼は果たしてこの情報を知らなかったのだろうか?
いや、それを踏まえても素晴らしい店だということだろうか?
「そうですよ! 貴女は自分の興味のある魔道具しか作らない上に、気に入らない相手には魔道具を販売しようとしない。そのせいでどれほどの客が離れたと思っているんですか?」
「そんなもの、知ったことじゃないよ。ものづくりにとって興味というのは大事だし、魔道具の価値もわからないような人間に売るような魔道具はこの店にはないよ。お前さんは私の弟子の癖にそんなこともわからないのかい?」
「弟子だからこそ心配しているんですよっ!」
俺たちのことを放って二人は口喧嘩を始める。
二人とも見た目だけで言うならそこまで離れていないように見えるので、端から見れば男女による痴情のもつれのように見える。
しかし、女性がダークエルフであることと男性の方が普通の人間で弟子であることを考えると、痴情のもつれとは考えづらい。
いいや、まあそういう関係も否定はできないが……
「えっと、こちらはどなたでしょうか?」
と、ここでシリウスが会話に割り込む。
このままでは長々と口喧嘩をされると思ったのだろう。
時間が有限である俺たちは早めに話を終えてほしかったのだ。
と、ここで初めて青年がこちらの存在に気付く。
「私はこちらの黒エルフの弟子で、ブロドというものです。魔道具師をしております」
「はんっ、何が魔道具師だ? まだまだこの道に入ってきたばかりのひよっこの癖に。それに師匠の種族を蔑称で呼ぶように教えた覚えはないよ?」
「蔑称で呼ばれたくなければ、それ相応の敬意を持たれるような行動をしてくださりませんかね? そもそも私はこれでも王立学院でも魔道具生成を専門に勉強をしてきたのですよ? それをひよっこ扱いとはひどくありませんかね?」
「この道で百数十年やってきている私からすれば、まだまだひよっこ同然さ。まあ、それはこの街にある他の魔道具師も同じだがね」
「くっ!?」
女性の言葉に青年──ブロドさんが悔しげな表情を浮かべる。
おそらく、彼女の言っていることが正論だったからだろう。
まあ、ダークエルフという長命種の種族の寿命から考えれば、人間の魔道具師の経験など大したことではないことは理解できる。
しかし、流石にこれは言い過ぎではないだろうか?
とりあえず、助け船を出すとしよう。
「えっと、王立学院でも魔道具の作り方とかを習うことができるんですね?」
「ん? 君は魔道具師に興味があるのかい?」
俺の言葉を聞き、ブロドさんが嬉しそうにこちらに意識を向ける。
俺は別に興味はないのだが、これ以上喧嘩されて時間を割かれるのは困るので肯定しておくことにする。
それに、魔道具師になるつもりはないが、魔道具の作り方というのも聞いておいて損はないかもしれない。
「ええ、もちろんですよ」
「そうですか? では、特別に私が魔道具の素晴らしさについて語らせていただきましょう」
「え?」
ブロドさんの言葉に俺は思わず驚きの言葉を漏らしてしまう。
もしかすると、俺は選択肢を間違えてしまったかもしれない、と。
そんな俺の予想が的中したのか、ブロドさんがペラペラと話し始める。
「魔道具というのはかつてこの世界で最も魔法が盛んだと言われていたウィステリア魔道国で開発されました。元々は魔力が弱い魔法使いでも高威力の魔法が放つことができるようにと軍事力のために。そして、その思想はやがてたとえ魔力のない人間でも魔法使いのようなことができるように、と。そのおかげでウィステリア魔道国は世界有数の大国へと昇り詰めることができました。その技術はウィステリア魔道国が滅びた今でも世界中に息づいていて、独自の発展をしています。その一つとして、わがリクール王国が有名ですね。この国には世界でも有数の素晴らしい魔道具師がおり、それぞれがさらに魔道具の発展を目指して日々いろんなものを作っているわけです。ちなみに、その魔道具師というのは……」
ブロドさんの話は予想通りかなり長かった。
彼にとって魔道具造りというのは他の物事に比べて素晴らしいことのようで、先ほどまでの怒りの感情など微塵も感じさせなかった。
しかし、まさかこんな風に長々と話されるとは思わなかった。
思わずげんなりとした表情になってしまう。
そんな俺たちの気持ちがわかったのか、ダークエルフの女性が口を挟む。
「いい加減にしな、ブロド。お前の話は長すぎる」
「なっ!? 魔道具の歴史について語っているのに、どうしてそんなことを言うんですかっ!」
女性の言葉にブロドが再び怒り出す。
彼の好きな内容について話しているのを止められたのだから、それも仕方のないことかもしれない。
まあ、だからといって長々と語られるこちらの身にもなって欲しいわけだが……
「あんたは魔道具師になりたいんだろう? だったら、昔のことなんて気にする必要はないんじゃないのかい?」
「なっ!? 魔道具師でありながら、魔道具の歴史の重要性がわからないのですか? かつてのウィステリア魔道国の技術について学ぶことによって、古の素晴らしい魔道具をよみがえらせることができます。それがどれほど素晴らしい事か……」
「確かにそういう側面はあるだろうね。ウィステリア魔道国を発展させた魔道具の中には、未だに忘れ去られたものがある」
「でしたら、私のように歴史を学ぶことは……」
「だが、それはウィステリア魔道国を滅ぼした原因でもあるんだよ」
「うぐっ!?」
ブロドさんは認められたと思って嬉しそうな表情を浮かべたが、女性の言葉を聞いてすぐにうろたえる。
彼女の言ったことを彼もまた理解しているのだろう。
だからこそ、即座に反論できなかった。
「たしかに技術の発展は大事だろう。しかし、過ぎた技術はやがてその身を亡ぼすものなんだよ。それがウィステリア魔道国の滅亡の理由さ」
「で、ですが……」
「お前さんはこのリクール王国を滅ぼすつもりかい? かつての魔道具を再び蘇らせたとしても、おそらくその先には滅亡しかないんじゃないか?」
「それは使う者の良識を信じれば……」
「んなもの、信じられるわけないじゃないか」
「なっ!?」
あまりのはっきりとした拒絶にブロドさんは唖然とした表情を浮かべる。
まあ、自分の師匠が自分の思想をはっきりと否定したのだ。
その表情も仕方のない事だろう。
しかし、この女性もなかなか過激なことを言う。
これも年の功、といったところだろうか?
「(ギロッ)何か言ったかい?」
「いいえ、何も?」
これも女の勘、といったやつだろうか?
まさか頭の中で考えていることを見抜かれるとは思わなかった。
というか、長命種なのに年齢を気にするのか?
「まあ、いいか。とりあえず、ブロド」
「……はい」
「たしかに使う者に良識があれば、どんな技術でも素晴らしい使われ方をするだろうさ。しかし、すべての人間がそんな良識を持つわけじゃないのさ。人間というのは欲深い生き物だからね、自身の利益のために良識のない使い方をするものさ」
「ですが……」
「お前さんはウィステリア魔道国を実際に見たことがないからそんなことを言えるのさ。あの惨劇を見たら、そうも言えなくなるよ」
「えっ!? それはどういう……」
女性の言葉にブロドさんは問いかけようとする。
しかし、すでに彼女はブロドさんから視線を逸らしていた。
まるでこれ以上の質問をするな、と言っているのかというように……
しかし、先ほどの言葉から彼女がかなりの長生きであることは理解できた。
なんせウィステリア魔道国が滅亡したのは少なくとも……
「坊主、それ以上は考えるな」
「……わかりました」
やはり年は食っても、女性は女性ということか。
俺はこれ以上考えることは止めることにした。
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