5-51 死んだ社畜はダークエルフと出会う
「といっても、正確に言うとダークエルフというやつだがね、私は」
「いや、それでも珍しいですよ? エルフとダークエルフってどちらも森から出ることは少ないと言われている種族ですよね?」
彼女の言葉にシリウスがワクワクしたような表情で質問する。
初対面の人に失礼かと思ったが、彼からすれば気になることは質問したくなるのだろう。
現に俺も彼女について興味津々である。
もちろん、男女という意味ではない。
エルフという存在について興味深いと思っているからだ。
なんせ滅多に住んでいる森から出ないと言われており、普通の人からすれば物語の中の空想の存在に近いと思われていることが多いからだ。
その点では伝説のドラゴンに近い存在と言えるかもしれない。
「まあ、そうだな。種族的にあまり森から出ない者の方が多いな。私は200年以上前に森から出ていったから、すでに故郷のことについては忘れているからな」
「そ、そうなんですか? というか、どうして王都にいるんですか?」
「それは森の生活に嫌気がさしたからさ」
「嫌気、ですか?」
彼女の言葉にシリウスが聞き返す。
一体、どういうことなのだろうか? そう思ったに違いない。
もちろん、俺とシャルもその話を聞こうとする。
そんな俺たちの様子に気が付いているのか、女性は説明を続ける。
「エルフもダークエルフも自然を愛し、自然の恵みだけで生きていくことが至高であると考えている一族だ。しかし、そんな中でもそういう生活が合わない者も現れてくる」
「それが貴女、というわけですか?」
「まあ、そういうことだ。といっても、私だけではないがね」
「そうなんですか?」
「ああ、もちろんさ。現に今でも決して多くはないが、それでもある一定のエルフやダークエルフが住んでいる場所から出て行っているさ。といっても、外の生活に適応できない者もごく一部いるがね」
「そ、そうなんですね」
女性の説明にシリウスがどう答えるべきか悩んでいた。
まあ、自身の住んでいる場所からその身一つで外に行こうとする行動にどう考えればいいのかわからないのだろう。
それは当然である。
シリウスはまだまだ子供──親の庇護を受けて育てられている子供なのだから、彼女の言っている内容について理解が追い付かないのだ。
そんな彼に女性は言葉を続ける。
「同情はしなくていいよ。そういうエルフたちは覚悟を持って外の世界に行っているのだから、そこからは何が起きても自己責任さ」
「……そういうものですか?」
「ああ、そうさ。逆にお前さんたちみたいな人間の子供に同情されるのはエルフたちのプライドを傷つけることになるさ」
「……わかりました。今後は気を付けます」
女性の言葉にシリウスはしぶしぶ受け入れた。
まだ完全に納得はできていないようだが、彼女の言っていることももっともであるとは理解できているのだろう。
エルフとダークエルフというのはプライドが高いというのは有名な話だ。
そんな彼らのことについて、人間の子供が考えることはあまりよくないことは深く考えなくても理解することはできるだろう。
「それに適応できない者はあくまでごく一部さ。ほとんどのエルフたちはうまく生活することができているさ」
「そうなんですか? 森での生活とだいぶ違うと思うんですけど……」
「私たちには【精霊魔法】があるからね。それさえあれば、相当荒れ果てた場所でない限りは生きていけるのさ」
「【精霊魔法】ですかっ!」
女性の言葉にシリウスが目を輝かせる。
それはそうだろう。
エルフたちが独自に使う魔法──自然の中に存在する【精霊】という存在の力を借りて使う魔法のことだ。
【精霊】という気まぐれな存在のせいで時々によってムラがある魔法ではあるが、その存在の力を借りることにより強力な魔法を使うことができるのだ。
魔法を使う者にとっては、非常に興味のある魔法なのだ。
といっても、人間には使うことがほとんどできない魔法ではあるが……
「ふむ……」
そんなシリウスの反応に女性が俺たち全員を見回す。
その視線はまるで俺たちのことを見定めるようだった。
そして、十秒ほど時間が経ったか、彼女は再び口を開く。
「そこのいろんな魔力が混ざっている坊主と【聖属性】のお嬢ちゃんには才能がないね」
「「え?」」
「【氷属性】の坊主は才能はあるな。といっても、エルフほどうまくは扱えないだろうがね」
「えっ!?」
女性の言葉に俺たちは三人とも驚きの声を上げる。
【精霊魔法】の才能について言われるなんて、思ってもみなかったからだ。
そんな俺たちに女性は説明を続ける。
「小さい方の坊主はその多すぎる魔力は精霊に嫌われやすい原因だ。そして、お嬢ちゃんの方は【聖属性】の魔法自体があまり精霊と相性が良くない」
「へぇ……」
「そ、そうですか……」
女性の説明に俺とシャルは答える。
しかし、その声には元気がない。
才能がないと言われたのだから、それも仕方のない事だ。
まあ、人間で使うことができる方が珍しいのだから、それも仕方のないことだ。
「大きい方の坊主は純粋な【氷属性】のおかげでその系統の精霊には好かれやすいみたいだ。水と風の精霊が手を貸してくれる筈さ」
「本当ですかっ!」
女性の言葉にシリウスが嬉しそうな表情を浮かべる。
まさか自分にそんな才能があるとは思ってもいなかったのだろう。
アリスに勝利するまでは自分に自信がなかった彼だからこそ、こういう風に自分だけができることが現れたことにより嬉しさを感じるのだろう。
といっても、そう簡単に事は進まない。
「といっても、訓練もなしに使えるものじゃないよ? というか、人間の短い人生の中でうまい事使えるようになる可能性はあまり高くないよ」
「……」
先ほどとは打って変わって、シリウスは黙ってしまう。
まあ、俺だってシリウスがそう簡単に【精霊魔法】が使えるとは思ってもいなかった。
ただでさえ、【精霊魔法】がエルフという種族独特の魔法技術なのだ。
それをただの人間が使うのは相当ハードルが高いはずだ。
使えるようになるには誰かその道の専門家に師事するしか……
「坊主は今年、何歳だ?」
と、ここで女性がふとそんなことを聞いてくる。
この状況でそんな質問に意味はあるのだろうか?
俺同様に訝しんでいるが、シリウスは質問に答えた。
「……10歳ですけど?」
「ということは、この春から王都の学校に通うのかい?」
「ええ、そうですよ。といっても、まだ試験に受かっているわけではないので、確実ではないですけど」
女性の質問にシリウスは謙遜して答える。
しかし、シリウスは謙遜しすぎだと俺は思う。
おそらく、彼が入試に落ちる可能性は限りなく低いはずだ。
おそらく彼が受けるのは【魔法科】──魔法を専門に勉強する学科であり、魔法が得意な彼なら相当な体調不良でもない限り落ちることはないだろう。
勉学についても、日ごろからの勉強のおかげでかなりの学力はついている。
この国の水準は知らないが、それでも彼が同年代の平均よりも下であることは想像することはできない。
というわけで、俺は彼が受かることに微塵も心配はない。
そんなことを考えていると、女性が笑みを浮かべる。
「なら、安心するといい。坊主は【精霊魔法】を使えるようになるさ」
「「「?」」」
女性の言葉に俺たち三人は再び首を傾げることになった。
一体、どういうことなのだろうか?
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