5-49 死んだ社畜は希望を聞く
「さて、案内をするわけだけど、大体の希望を聞いておきたいな」
「希望?」
俺の言葉にシャルは首を傾げる。
まさか、この女は案内する場所も俺たちに全て任せるつもりだったのか?
まあ、あんまり詳しくないようだから、そう考えていても仕方のない事なのかもしれないが……
そんなことを考えていると、シリウスが笑顔で説明をしてくれる。
「たしかに僕たちはこの街については詳しくはないかもしれないけれど、それでも行こうとしていた場所はたくさんあるんだ。だから、どんな場所に行けばいいか悩んじゃうんだ」
「なるほど……案内する側も大変なのね」
「というわけで、何か希望はある? 女の子だから、服屋とかがいいのかな?」
シリウスが思いついたことを提案する。
まあ、女性相手ならば間違いが少ない提案だろう。
これが大人の女性だったら宝石店なども案に入るだろうが、流石にシリウスと同い年ぐらいの少女に宝石店は早いだろう。
まあ、金持ちそうなので、興味はあるかもしれないが……
「う~ん、服屋とかは興味ないかしら……」
「「えっ!?」」
シリウスの提案があっさりと却下され、俺たちは思わず驚いてしまう。
そんな俺たちの反応にシャルが頬を膨らませる。
「なによ。服屋に行きたいと思わなかったことがそんなにおかしいのかしら?」
「い、いや……そんなことは……」
「女の子だから、てっきり服屋に行きたいと思っていたんだけど……」
シャルの文句に俺たちは少し慌てたように答える。
自分たちの提案が却下されたことで動揺していたのだ。
そんな俺たちにシャルが説明を続ける。
「私はあんまり服には興味ないの。出入りの商人から流行りの服とかいろいろと侍女が選んで購入しているから、必要な分は持っているしね」
「そういうものなの? こういうのって、自分の目で見るのも楽しいって聞くけど……」
「それはあくまで一般論じゃない? たしかに実際に店に訪れて買い物をする楽しみもあるかもしれないけど、私は服でそんなことをするつもりはないわね」
「なるほど」
シャルの言葉にシリウスが納得する。
まあ、興味がないのであれば、実際に店を訪れようとは思わないだろう。
というか、侍女が選んでいるのはどうなのだろうか?
言っていることはまるで母親が買ってきた服を着ている息子のような言葉である。
……俺も前世ではそのタイプだったから、人のことは言えないかもしれないが。
「服屋が興味ないなら、どういうとこに行きたいんだ? 女の子に興味があるものはそれ以外思いつかないが……」
「そうね。とりあえず、王都の名物料理とかを食べてみたいわね」
「? そういうのだったら、いつでも食べられるんじゃないのか?」
シャルの言葉に俺は首を傾げる。
おそらく、彼女は何度も王都には来ているだろう。
いくら屋敷から出ていないとはいえ、使用人たちに名物料理ぐらいは買ってきてもらうことはできるだろう。
食べたことぐらいはあると思うが……
「確かに食べたことはあるけど、私は温かいものが食べたいの」
「温かいもの?」
「ええ。確かに使用人に頼んで、いろいろと買ってきてもらったことがあるんだけど……名物と呼ばれるほどおいしいと思ったことがないのよ。どれも冷めていたからね」
「ああ、なるほど……たしかにその場で食べた方がおいしいかもしれないな」
「そうでしょ? やっぱり料理っていうのは出来立てを食べた方がおいしいだろうから、ぜひ屋台って場所に行ってみたいの」
我が意を得たり、と言ったところだろうか、彼女は嬉しそうに自分の希望を告げる。
内容についてはあまり女の子らしくはないが、言っていることは非常によくわかる。
まあ、こういう内容の方が俺たちには案内しやすいが……
とりあえず、一つはこれに決定として、他に何か希望があるか聞いておこう。
「じゃあ、屋台で買い食いをすることにしよう。他に何か希望はあるかな?」
「そうね……魔道具店にも行ってみたいわね」
「魔道具店? なんで?」
彼女から帰ってきた予想外の提案に俺は思わず聞き返してしまった。
なんせ、こちらもシリウスと同い年の少女が行きたいと思うような場所ではないと思ったからだ。
魔道具店とは簡単に言うと【魔力を使って操作する道具を販売している店】のことだ。
当然、利用する人間は魔力を持った人間がほとんどである。
特に魔法が得意な人間が興味を示すだろう。
「私も魔力を持っているみたいなんだけど、なんでかうちの人間は私に魔法を使わせないようにしてくるのよ」
「……まあ、確かに魔力はかなりあるみたいだね」
「あら、わかるの?」
「ああ。そういうのを感じるのが得意だからな」
シャルの体内にはたしかにかなりの量の魔力が循環しているのは俺も出会った当初から感じ取れていた。
魔族ほどではないが、それでも人間の中では上位に位置するぐらいの魔力量があるのではないだろうか?
たしかに、そんな彼女ならば魔道具に興味を持ってもおかしくはないのか?
だが、同時に彼女の家の人間の対応が気になる。
一体、どうして彼女に魔法を使わせようとしないのか……
俺がそんなことを考えていると、シリウスが口を開く。
「それなら、僕たちの予定を早めるとしようか」
「予定?」
「うん。僕たちは元々魔道具店にはいくつもりだったんだ。といっても、何日か後だけどね?」
「そうだったの? だったら、申し訳ないわね」
「別に構わないよ。早く行きたいとは思っていたし、魔道具店ではあんまり買い物をすることはないからね」
「あら、そうなの? 本屋ではたくさん買い物をしたように思うけど……」
シリウスの言葉にシャルが彼の手元を見る。
そこには袋に入った十数冊の本があったからだ。
そんな風に本を買っている人間が魔道具屋で買い物をしないとは思わないだろう。
しかし、そんなシャルの言葉にシリウスは答える。
「僕の趣味は読書だから、本屋に行ったらこれぐらいは買うさ。でも、魔道具になったら話は別だよ」
「へえ、どうして?」
「本っていうのは少し値が張るけど、貴族の子供なら買えなくはない値段だよ。でも、魔道具はそんな本の数倍……下手したら数十倍の値段のものだってあるんだ。おいそれとそんなものを買うことはないよ」
「でも、興味はあるのよね?」
「たしかにそうだね。でも、流石に魔道具に興味があるからといって、それ自体を買おうとは思わないな」
「ふぅん」
シリウスの言葉にシャルは若干納得できないような反応をする。
彼女はもしかすると欲しいものは基本的になんでも手に入れることができた側の人間なのかもしれない。
先ほども冷めてしまったとはいえ、名物料理を使用人を通じて手に入れることができたと言っていた。
そんな彼女からすれば、興味があるものは基本的には手に入れようと思っているのかもしれない。
まあ、それも一つの考え方だろう。
俺たちの考え方とは違うが……
「というか、君は買うつもりなの? 魔道具って、かなり高価なんだけど……」
「私も買うつもりはないわね」
「そうなの?」
「ええ。今回の目的はあくまで魔道具がどんなものかを見に行くだけなの。流石に高価なものを一回行っただけで買うのは危険でしょ?」
「……たしかにそうだね」
シャルの説明にシリウスは納得する。
彼女の言っていることはもっともだろう。
しかし、おそらく彼女は本音を隠していると思われる。
俺はそれに気が付いたので、若干意地悪な気持ちで質問してみる。
「本当の理由は持って帰れないからじゃないかな?」
「ええ、そうね」
あっさりと答えてくれた。
まあ、隠すようなことでもないだろう。
「え? どういうこと?」
「シャルは家で魔法を使うことを禁止されているみたいだ。だから、魔道具とかも家にあったとしても、遠ざけられているんじゃないかな」
「ええ、そうね。魔道具を買って帰ってきたら確実にばれるからできないのよ。絶対に怒られるわ」
シャルは自分の状況については理解できるようだ。
たしかに彼女の話を聞くに、魔道具を買って帰ったら確実に怒られるだろう。
魔道具だってそれなりに嵩張るものだから、確実にばれるだろうし……
そんなことを考えていると、シリウスが何かを思いついたようで口を開く。
「……家から逃げ出している時点で怒られるんじゃない?」
「ああっ、そうだったっ!」
シリウスの指摘にシャルが頭を抱える。
そういえば、彼女は家からこっそり抜け出してきたのだった。
その時点で怒られることは確定だろうから、今さらの話だったな。
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