5-48 死んだ社畜は自己紹介する
「そういえば、君の名前は?」
シリウスがふと思い出したようにそんなことを質問していた。
そういえば、聞いていなかった。
先ほどまでは彼女がどうして追いかけられているのかが気になっていたので、名前など気にしている暇はなかったのだ。
そんなシリウスの質問に少女は答えようとする。
「そうね、シャ……」
「「?」」
だが、不意に彼女が言葉を途切れさせ、俺たちは首を傾げる。
だが、俺たちは何となく彼女が口を紡いだ理由が分かった。
あまり本名を言うべきではないのだろう。
ある程度、身分のある人間の場合は本名を出すことでいろんな恩恵を受けられると同時に責任と危険が付きまとってくる。
おそらく、今回は後者が理由ではないだろうか?
「私のことはシャルと呼んでね」
彼女は明らかに本名を告げてこなかった。
まあ、別にその程度のことで俺たちはどうこう言うつもりはない。
彼女が【シャル】と呼んで欲しいのであれば、俺たちはそれに従うだけだ。
「僕はシリウス。よろしくね、シャル」
「ええ、よろしく。シリウス」
シリウスとシャルは笑顔で握手をする。
俺もシリウスに続いて自己紹介をするか。
「僕は……」
「グレインでしょ? シリウスがさっき言ってたし……」
「……自己紹介ぐらいさせてくれよ」
「別にいいじゃない。私はあまり二度手間とか好きじゃないし……」
「自己紹介は手間じゃないだろ?」
シャルの言葉に俺は思わず文句を言ってしまう。
別に自己紹介が好きなわけではないが、それでも途中で止められるのはあまり気分が良いものではない。
「まあまあ、落ち着いて……」
この女に礼儀というものを教えてやろうかと思っていると、シリウスが苦笑しながら止めに入ってくる。
シリウスが止めに入ってきたのなら、仕方がない。
俺は気持ちを落ち着かせる。
そんな俺たちの様子を見て、シャルが何か考え込んでいる。
「それにしても、シリウス? それにグレイン? どこかで聞いたことがあるような……」
小さく何か呟いているようだが、あいにくと俺たちには聞き取ることができなかった。
まあ、特に気にすることではないだろう。
彼女から悪意のようなものは感じられないし……
「それじゃ、これからどうしようか?」
「僕たちの用事は終わったしね。とりあえず、シャルをどうするか考えた方が良いんじゃない?」
「そうだね。いつまでもこのままってわけにはいかないだろうし……」
俺の言葉にシリウスが納得する。
俺たちが今日やろうとしていたことは終わったので、後はバランタイン伯爵の屋敷に帰るだけだった。
だが、流石にシャルを連れて帰るわけにはいかない。
いや、問題はないかもしれないが、万が一のことを考えてそれは最終手段としておこう。
「ねぇ、お願いがあるんだけど……」
「何かな?」
と、ここでシャルが会話に入ってきた。
さて、一体何を言ってくるのやら……
現状はどのようにするべきか決まっていないので、とりあえず彼女の希望を聞いておくことにしよう。
「私、あんまり王都の街中に詳しくないの。案内してくれないかしら?」
「「……」」
「な、なによ?」
彼女の言葉に俺たちは思わず黙ってしまう。
そんな俺たちの反応に彼女は少し不安げな様子になる。
そんな彼女にシリウスが話しかける。
「女の子の希望だから叶えてあげたいけど、残念ながら僕たちもあんまり詳しくないんだよ」
「そうなの?」
「うん。つい数日前に初めてきたからね」
「本当に? その割にはいろいろとなれているみたいだったけど……初めての場所とか普通はもう少し不安になったりしない?」
「まあ、そうかもしれないけど……僕たちは色々と計画を立てていたから、そういう気持ちには他の人に比べたらなりにくいかもね」
「そういうものなのかしら?」
シリウスの言葉にシャルは少し驚いたような反応をする。
まあ、普通とは違うことは理解しているので、驚かれるのは問題ない。
しかし、俺はここで一つ聞いておくべきことがある。
「というか、そっちは本当に詳しくないのか?」
「何が?」
「王都の街中についてだよ」
「なんでそう思うのかしら?」
俺の質問にシャルが少し怒った表情を浮かべる。
自分が嘘をついていると思われるのが嫌だったのかもしれない。
だが、俺だって理由なくそんなことを言ったりしない。
「王都について知らないような人間がこうやって裏道とかを通って衛兵から逃げられるか? 普通だったら、迷ってしまうだろう」
「……たしかにそうね。でも、私が王都の街中についてあまり知らないのは事実よ?」
「理由は?」
彼女の言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
どうして初めての街で裏道とかを使うことができるのか、と。
そんな彼女に自信満々に答える。
「だって、私はこの王都の街中で何度も逃げ回っているからよ」
「「は?」」
彼女の答えに俺たちは思わず呆けた表情を浮かべてしまう。
予想外の答えだったからだ。
しかし、そんな俺たちの様子に気付かず、彼女は話を進める。
「たしかに私は王都に来るのは初めてじゃないわ。けれど、普段は逃げ回っているだけだから、あんまり街については詳しくないの」
「「……」」
「というわけで、案内を頼めるかしら? 予定を立てているということは、私よりは詳しいんじゃないかしら?」
「「……」」
シャルの言葉に俺たちはどうするべきか悩んでしまう。
彼女が王都の裏路地とかを使って逃げることができる理由についてはわかったが、果たしてこのまま案内するべきなのかという不安が出てきてしまったのだ。
そんな風に悩んでいると、彼女が顔をぐいっと近づけてくる。
近い、近いっ。
「どうするの?」
「……わかったよ。僕たちもそこまで詳しくはないから、期待しないでよ」
「ええ、それでいいわ。流石に私も案内してもらう側だから、文句を言うつもりはないわ」
諦めたシリウスが答え、それにシャルが嬉しそうに反応する。
はぁ……また面倒ごとに巻き込まれてしまった。
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