5-46 死んだ社畜は王都を駆ける
「いたたたたっ」
視線を向けた先には一人の少女がいた。
プラチナブロンドの髪が太陽の光を反射し、輝いているように見えるのでまるで人間ではないように思える。
まあ、それ以外は見た目が整っていることと高貴な服を着ていること以外はとりたてておかしな点はないので、人間であることは確実ではあるが……
さて、彼女は何者なのだろうか?
「君、大丈夫?」
尻餅をついた女の子にシリウスが手を差し出す。
転んだ女の子に手を差し伸べるのは、男として当然の行動だろう。
同じ教育を受けた俺もそういう行動をしようかと思ったが、シリウスの方が近い位置にいたので任せたわけだ。
少女はシリウスに気付き、ゆっくりと手を取った。
「あ、ありがとう」
「怪我はない?」
「うん、大丈夫かな」
シリウスの質問に少女は自身に怪我がないことを確認する。
俺たちはそんな彼女の言葉に一安心する。
しかし、言わないといけないことがある。
「とりあえず、あんまり人通りが多い場所で走り回るのは感心しないな。今回は僕たちだったからよかったものの、もしかしたら他人に怪我をさせていた可能性があるんだよ?」
「ご、ごめんなさい」
シリウスの言葉に少女が申し訳なさそうに謝罪する。
その表情から本心で謝っていることがわかる。
根が素直な女の子だろう。
彼女が謝ってくれたので、俺たちはこれ以上は彼女を責めることはしないつもりだ。
もし、彼女が文句の一つでも言ってきた場合はいろいろと論破する準備はあったのだが、今回はその必要はない様だ。
とりあえず、話を続けよう。
「それで、どうしてこんなところを走っていたのかな?」
「そ、それは……」
シリウスの質問に少女は視線を逸らす。
下手な口笛を吹き──いや、吹けていなかった。
さて、彼女は一体何を隠しているのだろうか?
と、ここで俺は再び彼女の姿を確認してみる。
彼女のパーツはそれぞれ優れている物であることはさきほどから理解できていたが、それ以外にも俺はあることに気が付いた。
ルックスやファッションなどは高級なものほど良いというイメージがあるが、必ずしもそうではない。
たしかに高級なものほど他のものに比べていろいろと優れていることは間違いない。
しかし、だからといってすべてを高級なものでそろえればいいというわけではない。
バランスが取れないものを併せてしまったりすると、逆に高級なものの良さが消えて──いや、悪く作用することもあるわけだ。
だが、彼女にはそういうのはまったくなかった。
つまり、彼女は高級なものを身に付けてもおかしくはない人物であるということだ。
「兄さん、この娘……」
俺は気づいたことをシリウスに伝えようとする。
しかし、その瞬間。事態が急変する。
「お前たち、そこで何をしているっ!」
「「えっ!?」」
少し離れたところから大声で怒鳴られた。
俺とシリウスはその声に驚き、そちらに視線を向ける。
俺たちの視界に入ったのは、この国の衛兵だった。
少し離れているせいで正確にはわからないが、とりあえずあまりいい感情を持っているようには見えない。
なんだか怒っているような……
「やばっ……逃げましょう」
「「えっ!?」」
そして、衛兵の登場に気が付いた少女が慌てたように駆けだす。
そして、なぜか俺たちの手を掴んでいた。
俺たちは彼女のいきなりの行動に驚き、うまく対処することができなかった。
「ま、待てっ!」
俺たちが駆けだしたことに気が付いた衛兵が止めようと呼びかける。
しかし、距離が離れていた上に、その間に通行人がいたせいで簡単に引き離すことができた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「「「はぁ……はぁ……」」」
十数分後、俺たちは路地裏で腰を下ろし、呼吸を整えていた。
最初の衛兵は簡単に巻くことはできたのだが、なぜか通りの至る所に衛兵が巡回していたのだ。
昨日もいなかったわけではないのだが、なぜか今日は多かった。
一体、どうしたんだろうか?
「ねぇ……」
ようやく息を整えることができたのか、シリウスが話し始める。
少女はまだ息を整えている途中ではあるが、俺も気になるので早く聞いてほしかった。
「衛兵に追いかけられていたけど、もしかしてなんか悪い事をしていたの?」
「え、えっと……」
シリウスの質問に少女が視線を逸らす。
完全に怪しい。
明らかに彼女が追いかけられている理由だと思われる。
それはシリウスも感じたのか、さらに質問を続ける。
「明らかに君は衛兵から逃げていた。もしかして、犯罪者かなにか?」
「ちょ、どうしてそんなことを……」
「いや、衛兵に追われているし?」
シリウスの指摘に少女は慌て始める。
まあ、いきなり犯罪者扱いされれば、誰でも慌ててしまうか。
とりあえず、俺は彼女が犯罪者ではないと推測しているが、普通に考えれば衛兵に追われているのは何らかの悪い事をしたと思われてもおかしくはない。
シリウスの聞いたことは間違いではないだろう。
「私は絶対に犯罪者ではないわ」
「じゃあ、どうして衛兵に追われているの?」
「そ、それは……」
少女は自身が犯罪者でないことを信じさせようとしたが、いかんせん衛兵に追われているという情報しかないので、彼女を完全に信じることはできない。
この状況で彼女が犯罪者ではないと信じることはできるのは、そうとう洞察力に優れていないと無理だろう。
少なくとも、普通の子供にはそんな芸当はできないはずだ。
とりあえず、俺は彼女に助け船を出そう。
「別にすべてをさらけ出す必要はないよ。とりあえず、言っちゃいけないこと以外を話してくれたらいいさ。君にも立場があるだろうし、ね?」
「えっ!?」
俺の提案に少女が驚きの声を上げる。
まさかそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
しかし、こんなに驚かれるとは思わなかった。
「別に僕は君が犯罪者だとは思っていないよ。それに兄さんだって、本気で君が悪い事をしているとは思っていないはずだよ」
「えっ!? 兄さん?」
俺の言葉に再び彼女が驚く。
しかし、今度の驚きは前のものとは違う気がした。
なんか別のことに驚いているような……
そんなことを考えていると、少女がシリウスの方に指をさす。
「もしかして、男の子なの?」
「いや、どう見ても男でしょ?」
「ぶふっ」
少女の言葉にシリウスが反射的に答え、俺は笑いをこらえきれずに噴き出してしまった。
いや、シリウスはたしかに女の子っぽいけど初対面の人にはっきりと聞かれるとは思わなかった。
そんな会話のおかげか、この場の緊迫した空気は弛緩した。
ブックマーク・評価等は作者のやる気につながるのでぜひお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




