5-45 死んだ社畜は回想する
あけましておめでとうございます。
今年も「死んだ社畜(略)」をよろしくお願いします。
「あっ、この人の新作がもう出てるんだ?」
翌日、俺はなぜかシリウスと一緒に出掛けることになった。
現在、俺たちは王都で最も大きい本屋さんに来ていた。
なぜ、そんなことになっているのかというと、女性陣は全員一緒に買い物に行ってしまっているからだ。
ことの発端は昨日の夕食、リナリアさんの一言から始まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「明日は服を買いに行きましょう」
夕食を食べた後、紅茶を飲みながらのんびりしているとリナリアさんが急にそんなことを言いだした。
その場にいた全員がキョトンとした表情を浮かべていた。
まあ、それも仕方のない事だ。
なんせ、何の脈絡もなくそんなことを言いだしたのだから……
「お母さん、どうしたの?」
娘であるクリスがおずおずと質問する。
この中でリナリアさんに一番話しかけやすいのはクリスだからだ。
そんなクリスの質問にリナリアさんは勢いよく答える。
「せっかく娘や孫娘たちがやってきたのよ? だったら、一緒に買い物したいと思うのは当然じゃないかしら?」
「……たしかにそうだけど、いきなり言うこと?」
リナリアさんの要望は確かに理解できるが、いきなり言うようなことではない。
いや、普通に言ってくれればみんなも受け入れてくれるだろう。
なぜ、今回のようにいきなり言ったのだろうか?
だが、そんな周囲の様子を無視して、リナリアさんは話を続ける。
「本当はもっと早く言いたかったのよ? けど、今日一日は潰れてしまったから……」
「「「「「ああ、なるほど」」」」」
その場にいた全員が彼女がどうしてもっと早く言わなかったのか理解することができた。
彼女とクリスは今日一日、伯爵の説教に時間を費やしてしまっていたのだ。
それならば、仕方がない……のかな?
とりあえず、納得することにしよう。
「しかも、グレイン君のお嫁さんもいることだし、どんな服を買うべきか悩んでしまうわね」
「「えっ!?」」
いきなり話を向けられたティリスとレヴィアが驚きの声を上げる。
自分たちに話が向くと思わなかったのだろう。
てっきり、リナリアさんと血縁関係のある娘たちだけだと思っていたのだろう。
まあ、俺は最初から範囲内に入っているとは思っていたが……
結構豪快そうな人だから、全員に買ってあげるなんてことは言ってのけるだろう。
たとえ伯爵からストップがかかっても、強引に進んでしまいそうだ。
伯爵もストップをかけるような人間ではないだろうが……
「貴女たちはグレイン君のお嫁さんなのよ? つまり、私にとっては孫同然なの。だったら、服を買ってあげてもおかしくはないの」
「そ、そうなのかしら?」
「え、えっと……」
あまりの強引な理論に若干引き気味の二人。
うん、これは強引すぎるだろう。
といっても、わざわざ断るようなことはしなくていいだろう。
リナリアさんが厚意で言ってくれているのだから、素直に受け取るのもまた礼儀である。
しかし、ここで一つ気になることが……
俺は背後に控えていたリュコに合図を出した。
「なあ、リュコ?」
「どうしましたか?」
「どうして落ち着いているんだ?」
「どうして私が慌てる、と?」
俺の質問が理解できなかったのか、首を傾げるリュコ。
本気でわかっていないのだろうか?
「いや、僕のお嫁さんとか言ってるし、リュコにも買ってもらえるんじゃ……」
「私は使用人ですから、それはないでしょう? あの二人は獣王・魔王の娘なので当然でしょうが、私はあくまで使用人の身ですよ?」
「まあ、そうなんだろうけど……」
「それに私のような者に貴族様が着るような服は似合いませんよ」
「……」
リュコが自嘲するようにぼやいた。
おそらく、彼女は身分が低いので、そういう貴族の服が似合わないと言っているのだろう。
たしかに、身分に見合う服を着るというのは大事だろう。
しかし、身分が低いからといって、必ずしも貴族の服が似合わないというわけではないと思う。
「ちょっと待ちなさい」
「「えっ!?」」
そんな会話をしていると、リナリアさんが俺たちにストップをかける。
というか、今の会話を聞いていたのだろうか?
そんなことを考えていると、リナリアさんがリュコに指をさしながら宣言する。
とりあえず、伯爵夫人がそんな行動をしていいのだろうか?
「もちろん、リュコちゃんにも買ってあげるわ」
「えっ!? い、いや……恐れ多いです」
「何を言っているのかしら? 貴女もグレイン君のお嫁さんなんだから、私からプレゼントされてもおかしくはないわ」
「ですが、私は使用人の身で……」
リナリアさんがグイグイ行くが、リュコもまた引かない。
彼女にもまた自分の考えがあるわけだ。
しかし、そんなリュコにとどめを刺す人間がいた。
バランタイン伯爵家の執事、ジクルドさんだった。
彼はいつの間にかリュコの背後に立っており、ポンポンとリュコの肩を叩く。
「奥様は一度決めたことは絶対に曲げない。だから、諦めて服を買われなさい」
「そ、それは……」
「このまま断り続ければ、奥様は貴族の奥方らしからぬ行動をとりかねない。我々の心を助けると思って、受け入れてくれないか?」
「う、うぐ……わかりました」
自分の三倍近い年齢の老紳士に言われれば、断るわけにもいかないのだろう。
リュコはしぶしぶ受け入れることになった。
まあ、流石にリナリアさんに貴族の奥方らしくない行動をさせるわけにもいかないからな。
というか、この家の使用人は助けてもらわないといけないほど心が疲弊しているのだろうか?
これが昨日の夕食の後の一部始終である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
女性陣はリナリアさんと共に王都にある貴族御用達の服屋に行ったらしい。
男性陣はついて行っても意味はないと判断され、各自自由行動になったしだいだ。
まあ、おしゃれな男性だったらまだしも、俺たちはあまりそういう物には気にしないタイプの男達だ。
ならば、連れて行っても仕方がないだろう。
というわけで、俺とシリウスは本屋に来たわけだ。
ちなみに、アレンたちは今日もまた冒険者ギルドに顔を出しているらしい。
なんでも、顔なじみのベテラン冒険者が昨日はいなかったらしく、久々に挨拶しするために今日も顔を出しに行ったらしい。
「やっぱり、本屋さんっていいね」
「そうなの?」
会計を終えたのか、シリウスが本をもってホクホクした顔で戻ってきた。
その姿はさながら文学少女のよう──いや、こんな可愛らしい文学少女はいないか?
文学少女というのは地味目な印象が強いので、シリウスには当てはまらないのではないだろうか?
性別の面でも問題はあるが……
「モスコさんに頼んで買ってきてもらうのも楽でいいんだけど、自分でどんな本があるのかを実際に見るのも一興だよ?」
「そんなものかな?」
「グレインも本を読んでいるんだから、自分で読みたい本を探すのは楽しいと思うんだけど……」
「別に僕は読書が好きなわけじゃないよ?」
「そうなの?」
「ああ。僕は自分に必要そうな知識を得るために本を読んでいるんだよ。本を読むのが楽しいんじゃなく、手段として使っているだけさ」
「そういう考えもあるんだね。まあ、流石にかわいい弟に無理矢理趣味を押し付けるのはよしておこう」
「シリウス兄さんに可愛いとは言われたくないな」
「……それは言わないで」
俺たちはそんな会話をしながら、本屋を後にする。
だが、本屋から出た瞬間、事態は一変した。
(ドンッ)
「きゃっ」
「うわっ」
出てきた瞬間、シリウスが何かに衝突された。
俺は慌てて、シリウスを支える。
運よくキャッチすることができ、シリウスが転ぶことはなかった。
俺は一安心し、すぐに原因に向かって怒りの感情を向ける。
しかし、そこにいたのは……
「いたたたたっ」
一人の少女だった。
年齢は10歳ぐらいだろうか、貴族のような高貴な服に身を纏っていることから、それなりの身分の御令嬢であることは確実だ。
そして、一番気になったのは光が反射してキラキラ輝く、プラチナブロンドの髪だった。
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