5-44 死んだ社畜はアドバイスする
「「「「あむ……美味しい~♪」」」」
串焼きを一口──女性陣は満面の笑みを浮かべた。
彼女たちがあそこまで感情をあらわにするということは、この串焼きは相当美味いということだろう。
これは期待できる。
俺も自分の手の中にある串焼きをじっと見る。
その串焼きからはお肉の焼けた香ばしい匂いとツンとしたスパイスの匂いが入り混じり、食欲をそそる。
俺もかぶりついてみる。
「美味いな」
「だろう?」
俺の反応に店主が嬉しそうな笑顔を浮かべる。
しかし、まさかここまで美味いとは思わなかった。
屋台で販売しているところからてっきり前世でいうところの祭りの出店をイメージしていたのだが、想像以上のレベルだった。
まあ、別に祭りの出店を馬鹿にしているつもりはないが……
ああいうのは雰囲気による美味さも加味されていることがあるから、その場で食べて美味いと思っても、後で食べてもそうでないことが多々あるのだ。
とりあえず、その話は置いておこう。
今はこの串焼きのことだ。
「お肉がいいのは当たり前だが、焼き加減も絶妙。使われているスパイスのバランスもいいな」
「お、わかるか? 今言ったことはこの店の売りなんだよ」
「それに注文を受けてから焼くことで、客に焼きたてを提供できることもでしょう?」
「ああ、そうだな。まあ、それは諸刃の剣でもあるんだがな」
「たしかにそうですね」
店主の言葉に俺は納得する。
彼の言う通り焼きたてには客に最もおいしい状態の料理を提供できるメリットもあるが、逆にデメリットもあるわけだ。
まあ、どんな条件にもメリットとデメリットも存在するわけだが……
「あの……諸刃の剣って、どういうことですか?」
そんな俺たちの会話にレヴィアが入ってきた。
彼女がこういう風に会話に入ってくるのは珍しい。
おそらく相当この串焼きが気になったのだろう。
とりあえず、そんな彼女に質問に答えることにした。
「たしかに焼きたてを提供できるのは客に美味しい料理を提供できるという点で非常にメリットがある。だが、客が注文してから焼くという行為がデメリットにもなるわけだ。どうしてかわかる?」
「えっと……時間がかかる?」
「ああ、そういうことだよ。注文してから焼くことになると自然と時間がかかってしまう。そのせいで客の待ち時間が増えてしまうわけだ」
「そういうわけだな。やはり客にとって待ち時間が長いというのはあまりいいことではないわけだ」
「……じゃあ、待ち時間を少なくすればいいのでは?」
「「いや、それは難しいな」」
「……どうしてですか?」
俺たちが異口同音で答えたので、レヴィアが大きく首を傾げることに……
いや、メリット・デメリットの話の方で疑問に思ったのだろうかな?
まあ、説明は続けることにしよう。
「たしかに待ち時間を減らすことで客の回転率は上がるだろう。しかし、その行動が新たなデメリットを生むことになる」
「新たなデメリット?」
「ああ。焼きたてを提供できないこと──ひいては味が落ちてしまうわけだ。しかも、スパイスの風味とかも消えるだろうから、レベルが落ちるのは一段階じゃすまないはずだよ」
「つまり、待ち時間を減らすという選択肢はこの屋台の売りを消してしまうわけだ。というわけで、そう取れる行動じゃないわけだよ」
「なるほど……じゃあ、どうするべきなの?」
俺たちの説明を聞き、レヴィアは興味深げに聞いてくる。
まあ、気になることを聞くのは良い事だ。
そんな彼女の質問に店主が答える。
「それがわからないんだな」
(((((ガクッ)))))
店主の答えにその場にいた全員の力が抜けてしまう。
どうするべきか聞かれたのに、まさか「わからない」と答えられるとは思わなかったのだ。
そうなってもしまうのも仕方がない事だ。
というか、そういう解決方法がわかるというのなら、すでにそれを実践しているはずだ。
ならば、俺たちに話しかけるような真似はしていなかったはずだ。
だが、この店主は非常に運が良かった。
話しかけたのが、俺たちだったのだから……
「一応、考えている方法はあるよ」
「そうなの?」
「ああ。といっても、実践できるかどうかはわからないけどね?」
レヴィアの言葉に俺は苦笑しながら答える。
たしかに俺の頭の中にはこの店を改善する方法がある。
しかし、それはあくまで素人考えで、必ずしも成功するとは限らない。
あと、それを店主が受け入れられるかどうかだが……
「坊主、その方法を教えてくれないか?」
だが、店主はその方法が気になるようだ。
まあ、伝えるだけならば問題はないだろう。
「俺が考えているのは、この店の味を増やすことです」
「味を増やす、だと?」
「ええ。この店にはおそらく一種類の味しかない。その一種類はかなりおいしいが、だからといって一種類で勝負できるほどではないだろう。なんせ、現状がこんなのだからな」
「こんなの、で悪かったな」
俺の言葉に店主が渋い顔をしている。
俺の言葉に少し怒りを覚えたのだろうが、事実であるので否定することができなかったのだ。
彼もこの店についても問題はきちんと理解していることだ。
とりあえず、説明を続ける。
「一種類の味ということはその味を気に入った客しか来てくれない。だが、複数の味があれば、一度来た客が他の味を注文するためにやってくることもあるわけだ」
「……つまり、客の興味を引け、ということか」
「まあ、そういうことですね。だけど、味を増やすことにもデメリットがあります」
「それはなんだ?」
「味を増やすことでそれぞれの味が落ちる可能性があることですよ。今まで一つの味を作っていたのが、複数の味に時間を割かれることになるわけです」
「ふむ……なるほど。だが、それは大した問題ではないな」
「どうしてですか?」
店主の自信満々な表情で答える。
俺はどうして彼がそんな表情を浮かべたのか気になって、すぐに質問してしまった。
そんな俺の質問に店主ははっきりと答えた。
「味が増えたからといって、俺が前の味に手を抜くことはないからだ」
「いや、そうとは限らないんじゃ……」
「俺は料理に関してはかなり真剣な人間だ。そんな人間が料理が増えたからといって、それぞれの味を落とすことはしないだろう?」
「……なるほど」
おそらくこの店主なら大丈夫だと思ってしまった。
ここまではっきりと言えるということは本心で言っているはずだ。
それ以上の理由はないが、だからこそ信じたいと思ってしまった。
「じゃあ、早速研究をすることにするよ。こういうのは思い立った時が大事だからな」
「頑張ってくださいね。では、僕たちはこれで……」
「おう」
店主の意識が新たな味の研究に向いていたので、俺たちはこれ以上邪魔にならないようにその場から離れることにした。
次に会うときが楽しみである。
一体、どんな料理が産まれるだろうか?
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