5-43 死んだ社畜は買い物を終え、帰路につく
「ふぅ~、いろんなものが買えたわね」
「ええ、そうね。やっぱりリクール王国最大の都市というだけあって、いろんな商品が揃っていたわ」
「欲しいものがたくさん手に入った」
本日の買い物を終え、俺たちはメインストリートを歩いていた。
買い物を終えた女性陣がほくほくとした顔でそれぞれの感想を述べていた。
モスコのおかげで目的の店を見つけることができ、欲しいものを手に入れることができたのだ。
そうなって当然である。
「……グレイン様、よかったのですか?」
「何がだ?」
と、ここでリュコが俺にこっそりと問いかけてきた。
一体、どうしたのだろうか?
「あれほどお金を使ってしまったことですよ?」
「それについては構わないはずだよ? 俺はかなり稼いでいるし、両親からもある程度自由にお金を使うことは許可されているし……」
「ですが、あんなに買うのは……」
「まあ、わからないでもないけど、それも男の甲斐性ってやつだ」
リュコが心配している意味も分かる。
たしかに、俺の今日の買い物は只の子供がするにはおかしすぎる金額が動いているのは自覚している。
だが、婚約者の買い物に男がお金を出さないわけにはいかないだろう。
ケチな男は正直なところかなりかっこ悪い。
節約上手な人間と言うのなら話は別かもしれないが、大事な女のためにお金を使えないような男というのはあまり価値はないはずだ。
まあ、不相応なお金を使えと言うわけではないが……
「グレイン様の優しさは理解しているつもりですが、私にまで買う必要はなかったのでは?」
リュコが自分の耳を指しながら、そんなことを言ってくる。
彼女の耳には白いイヤリングがつけられており、きらりと光を反射していた。
小物の店で俺が購入したものである。
彼女からすれば、使用人の自分に主人が物を買うべきではないと思っているのだろう。
しかし、これについては俺にも理由がある。
「リュコだって俺の婚約者じゃないか。他の婚約者の欲しいものを買って、リュコに買わないわけにはいかないだろう?」
「別に私は欲しいと言ってないのですが……」
「そのイヤリングだけは結構な時間見ていたからな。欲しいのかなと思ったわけだ」
「……」
「いらなかったか?」
「いえ、ありがとうございます」
俺が笑顔を向けると、顔を背けながらリュコは感謝の言葉を告げる。
その頬は赤みがかっているように見えたが、それが本当に赤いのか夕日のせいなのかはわからなかった。
「それに、これは俺からの感謝の気持ちでもあるんだよ」
「感謝の気持ち、ですか?」
「ああ。俺にティリスとレヴィアっていう婚約者がいるわけだが、俺だけだとどういう風に婚約者に振る舞えばいいかわかっていないんだ。そういうのをリュコがサポートしてくれていたからな」
「それはメイドとして、当然の義務ですね」
「それに、いろいろと二人のことを気にかけてくれているだろう? 男の俺じゃ気が付かないこととかもリュコが対処してくれているみたいだしな?」
「まあ、それも当然ですね」
俺の言葉にリュコは自信満々に答える。
彼女は普段はクールであるが、こういう風に本心から褒めるとかなり嬉しそうにする。
表情にはあまり浮かばないが、所々に彼女の喜びの感情が見て取れる。
だから褒めがいがあるわけだ。
「俺も時々迷惑もかけているしな」
「それは気を付けてください。グレイン様がなにかやらかすたびにどれだけ心配しているか……」
「……うん、すまん」
「まあ、私もほとんど諦めてますけどね?」
「……」
今度は俺が視線を逸らすことになってしまった。
まさかリュコにそんな境地に至らせるほど問題を起こしてしまっていたとは……
いや、いろんなことをやらかしている自覚はあるが、まさか諦められているとは思っていなかった。
今後は気を付けるべきか……いや、巻き込まれて仕方なく、ということも多いからな~。
とりあえず、気を付けるだけ気を付けることにしよう。
と、そんなことを考えている間に、俺たちは今朝にいたあたりに戻ってくることができた。
あとはこのまま伯爵の屋敷に戻るだけだが……
「お、今朝の坊主じゃないか?」
「ん?」
いきなり声をかけられ、俺は視線を向ける。
そこにいたのは、屋台の店主だった。
その表情には人懐っこい笑みが浮かべられているが、どことなく疲れている雰囲気を感じる。
まあ、声をかけられたので、会話することにした。
「今朝も思ったが、相変わらずの【両手に花】の状態だな」
「そこまで良いものではないですよ? 女性を侍らせているだけで男性から敵愾心を持たれることもありますし、なまじ連れがかわいいせいでナンパにあうこともありますし……」
「まあ、それは仕方のない事だな。それだけ女の子たちがかわいかったら、どっちも避けられないだろう」
「……そうですよね」
「とりあえず、諦めが肝心だぞ?」
なんかものすごい同情された。
疲れた雰囲気をしているから、この人も同じような悩みを抱えているのだろうか?
……いや、なさそうかな?
この人は別に不細工ではないし、比較的顔は整っていると思われる。
しかし、あまり女性受けする雰囲気ではない気がする。
会話をせずに外側だけを見ただけなら、怖いと思われる可能性が高いだろう。
まあ、それを本人にそのまま伝えるのはどうかと思ったので、別の話をすることにする。
「それでどうしたんですか?」
「いや、坊主がいたから声を掛けさせてもらったからな。これほど気になる存在はそうお目にかかれないぞ?」
「なんですか、それ? 僕は珍しい生き物か何かですか?」
「そりゃ、そうだろ? その年で婚約者が複数いるんだから、普通ではないはずだろ?」
「うっ!?」
たしかに、そういう点で言うならば、俺は珍しい部類に入るのかもしれない。
だが、流石に今日出会った人に言われるのはどうかと思うが……
「まあ、再び会えたのも何かの縁だ。うちの商品を食ってくれや」
「うちの商品? なんですか?」
店主の言葉に俺は思わず聞き返してしまう。
そんな俺の言葉に店主はニヤリと口角を上げる。
「うちは【レッドボア】の串焼きを売っているんだよ」
「【レッドボア】ですか?」
聞いたことのない魔獣だ。
とりあえず、説明を聞くことにする。
「この辺りで有名な赤毛のイノシシでな、突進だけで木々をなぎ倒すことができるほどすごい獣だ」
「へぇ~、すごいですね」
魔獣ならばそれぐらい当たり前だと思ったが、それは言わないでおく。
俺の常識はあくまでカルヴァドス男爵領の常識なので、世間一般とずれていることは自覚しているからだ。
そんな俺の考えていることに気が付いた様子もなく、店主は嬉しそうに話を続ける。
「【レッドボア】の串焼きはしっかりとした歯ごたえがあり、噛むと中から肉汁がぶわっと噴き出すんだ。貴族様にとってはあまり褒められた食べ方ではないかもしれないが、【レッドボア】を食べるのに一番うまい料理法だと思うんだ」
「ほう」
「特に焼きたては特に美味くてな、王都に来たならばぜひ味わってほしい料理だ」
「ふむ……じゃあ、人数分もらおうかな」
「おう、まいど」
店主の説明を聞き、お腹がすいていたので思わず注文してしまった。
俺の注文を聞いた店主は嬉しそうに串焼きを焼き始めた。
どうやら注文を受けてから焼き始めるスタイルのようだ。
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