5-42 死んだ社畜は都会も買い物の仕方を伝える
「あら、終わったの?」
「意外に早かったな」
「ええ、そうですね。もう少し時間がかかると思っていましたけど……」
女性陣達が待っているミュール商会の中にある応接間に戻ると、三人は少し驚いた表情で出迎えてくれた。
柔らかそうなソファに座り、クッキーと紅茶を楽しんでいるようだった。
自宅ではないのにえらい寛ぎようだな?
まあ、懇意のあるミュール商会なので、そういうことは気にされないと思うが……
「まあ、どんな商品があるのかを見させてもらっただけだからな? 別に欲しいものがあったわけじゃない」
「ふ~ん、そうなの?」
「欲しいものはその時になって注文するさ。今回はミュール商会がどれほどの規模の商会なのかをその目で見たかっただけだよ」
「へぇ~」
俺の言葉にアリスは返事はしているが、全く興味がなさそうだった。
まあ、彼女は完全な脳筋──アレンの血をもっとも引き継いでいるといってもいいのだ。
当然、こういう面においてもアレンと非常に似通っているわけだ。
カルヴァドス男爵家はシリウスが継ぐだろうから彼女が当主になることはないが、そうでなくとも少し心配になってしまう。
彼女が将来嫁いだ時、その嫁ぎ先で何か問題を起こすのではないか──そんな危機感が俺の中にあるのだ。
一応、昔からクリスとエリザベスにはそれとなく言っているのだが、あんまりうまいこと言っていないようだ。
これも性分なのだろうか?
「じゃあ、そろそろ行きましょうか?」
「ん? もう行くの?」
と、話はもう終わったと思ったのか、アリスが立ち上がり宣言する。
あまりの切り替えの早さに俺は思わず驚いてしまう。
先ほどまでのんびりしていたのに、よくこんなに早く立ち上がれるものだ。
「時間があまりないって言ったのはグレインでしょ? それなのに、商会の見学なんかして……」
「うぐっ!?」
彼女の指摘に俺は言葉を詰まらせる。
たしかに俺が行ったことである。
まさか、こんなことでアリスに上げ足を取られるとは思わなかった。
油断してしまっていた。
「皆様は王都の散策をしていらっしゃるのですよね?」
「ん? そうだけど?」
と、ここでモスコが会話に入ってくる。
モスコの質問にアリスは首を傾げながらも答える。
そんなアリスの答えにモスコは笑みを浮かべる。
「では、皆様のご希望などをお聞かせ願えませんか?」
「え? なんでかしら?」
「もちろん、皆様の希望に合わせた店をピックアップさせていただくためですよ? 先ほどは時間がないとおっしゃっていましたので、行くべき店はきちんと決めておくべきだと思いまして」
疑問に感じるアリスにモスコはしっかりと説明する。
しかし、そんなモスコの説明をアリスは突っぱねようとする。
「別に構わないわ。私たちは散策しながら面白そうな店を見つけるつもりだし……」
「それでは王都でなかなか買い物は楽しめませんよ?」
「……なんですって?」
だが、そんなアリスの突っぱねに屈することなく、モスコははっきりと告げた。
あまりにはっきり告げすぎたせいで、一瞬アリスはきょとんとしてしまっていた。
しかし、いくら男爵家とはいえ、貴族の娘相手にはっきりと物言うことができるのはすごいな。
流石はリクール王国有数の商会の会長である。
モスコは説明を始める。
「たしかに王都で買い物を楽しむのに、街を散策しながら買い物をするのは一つの方法でしょう。ほとんどの方がそうなさっているはずです」
「そうでしょう? だったら、それが正しい方法じゃ……」
「ですが、それではこの王都を表面的にしか楽しむことができませんよ?」
「「「「っ!?」」」」
モスコの言葉にアリスだけではなく。近くにいた俺たちも驚いてしまった。
一体、どういうことなのだろうか?──全員の頭にそんな疑問が浮かんだに違いない。
そして、その疑問をアリスが口に出す。
「一体、それはどういうことかしら?」
「王都には多くの店があります。そして、カルヴァドス男爵家のみなさんは王女様の誕生パーティーに参加されるためにやってこられたでしょうから、滞在日数を推測してもすべての店を見て回ることは難しいでしょう」
「それぐらいは理解しているわ。というか、そもそもすべての店を見て回るつもりはないんだけど?」
「もちろん、理解しております。ですが、すべての店を回るつもりはないからと言って、必ずしも目的の店だけに行くことができるわけではないですよ?」
「そうなの?」
モスコの説明にアリスが本気でわからないようだった。
まあ、普通に考えれば、わからなくても当然だろうか?
だが、そこで俺に視線を向けるのはどうなのだろうか?
だが、仕方がないので、俺が説明することにする。
「モスコさんが言いたいのは、ただただ散策しているだけじゃ目的の店をすべてみつけることができない、ということだよね?」
「ええ、そうです」
「? どういうこと?」
俺の説明にモスコが納得し、アリスは首を傾げる。
ほかの三人もあまり理解できていないようだ。
ならば、説明を続けよう。
「行きたい店はメインストリートを散策しているだけである程度見つけることはできるはずだよ。けど、それはあくまで表面にある店しかみることができていないわけだ」
「もちろん、メインストリートに出店で来ている店ですから、人気の高い店であることには変わりありません。ですが、人気が高いからと言って必ずしも優れた店だということではないのですよ?」
「……どういうことかしら?」
「メインストリートにあるということは人目に付きやすい──だから、人が集まりやすいというわけだ。品物もある程度の品質を保っているだろうが、この王都で販売しているものの中で最高品質だとも限らないわけだ」
「しかも、メインストリートで商売をするには多額のお金を投資している場合が多いのです。そのため、通常の値段よりも高い、なんてこともざらにあるわけですよ」
「……なるほど」
俺とモスコの説明にアリスが少し納得してくれたようだ。
まあ、あくまで一つの考え方ではあるが、決して間違ったことは言っていない。
ならば、アリスでも納得はできるはずだ。
残りの三人も話を理解してくれているようである。
と、ここでティリスが話に入ってくる。
「じゃあ、なんで私たちの行きたい店を聞こうとしたんだ?」
「それは買い物の効率を上げるためだろうね。行く店を最初から指定しておけば、買い物を効率的に回ることができるし、行く店の場所とかもわかっておけば探す必要がないから王都の街並みを楽しむことができるわけだ」
「それに我々はリクール王国有数の商会ですので、この王都にある店の情報についてはほぼすべて知っていると言っても過言ではありません。もちろん、最新の情報でね?」
「ということは、メインストリートにある高い店だけじゃなく、穴場的な廉価で高品質な店の情報も得ることができるわけだ」
「そういうわけです」
「……な、なるほど」
俺たちの答えにティリスが若干引いた様子ではあるが、納得してくれたようだ。
ほかの三人もかなり驚いている。
まあ、モスコはともかく俺がそんなことを考えているとは思っていなかったのだろう。
普通だと8歳のガキが考えることではないだろうし、俺も王都に来るのは初めてだ。
というか、前世の記憶がなければ、俺だってこのようなことを思いつくことなどできないだろう。
「というわけで、お嬢様方。どのような店に行きたいのかお教え願えますか?」
「「「「わかったわ」」」」
モスコの意図を理解できたので、女性陣は我先にと自分たちの希望を告げていく。
女性の買い物に対する情熱はやはり世界が変わっても変わらないものなのだな……
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