5-41 死んだ社畜は商売の在り方を聞く
「こちらはリクール王国北端の領地の名産の魚ですね。焼き魚で食べると、非常においしい魚です」
「ほう」
「こちらはリクール王国ではありませんが、南の方にある小国でなっているフルーツです。毒々しい見た目ではありますが、果実はとても甘いですよ」
「見た目にはよらないということか……」
俺は現在、モスコにミュール商会の中を案内してもらっていた。
ミュール商会がどのような商品を扱っているのか気になったからである。
女性陣については、あまり興味がないだろうから商会の女性職員の方にお世話をしてもらっている。
ついてきているのはリュコだけだった。
こちらについて来ても面白くはないだろうからアリスたちと会話を楽しめばいいと思ったのだが、彼女は俺のメイド兼護衛でもあるので絶対についてくると言ったのだ。
そういわれると断るのもなんだと思ったので、俺はついてくるのを許可したのだ。
「しかし、リクール王国有数の商会だけあって、いろんなものがあるな。正直、リクール王国内のものしかないと思っていたな」
俺はミュール商会の中を案内され、思わずそんな感想を漏らしていた。
商売というのはたくさんある場所で安い値段で仕入れて、必要な場所で高く売りつける──極論を言えば、そういう行動のことを言う。
安く仕入れたとしても結局売れなかったら意味はないし、仕入れの金額が高かったら売値も高くなってしまうが、その値段でも売れれば問題はない。
とりあえず、簡単なものではないのだ。
リクール王国内ではどこでどのようなものが必要になってくるかなどは比較的情報が入りやすい。
なんせ同じ国内の情報なのだから、集めるのはそこまで難しくはないと思われる。
しかし、他国に関しては話は別だ。
どこの国が自国の問題について他国に知られたいと思うだろうか?
そんな情報を知られるのは、弱みを握られるに等しいはずだ。
つまり、商売人は他国で商売をするうえで、自身でそういう情報を集めなくてはいけないわけだ。
しかも、情報を集めようにも他国の領地ということで、それも集めるのが難しい理由になってくるはずだ。
そんなことを考えていると、モスコが自信満々に答える。
「これでもリクール王国有数の商会ですからね。これぐらい集めるぐらいは造作もない事ですよ」
「まあ、それも当然か。しかし、どうやって他国からこれだけ仕入れているんだ?」
「もちろん、現地の人々と友好関係を育んでいるから、仕入れることができてるんですよ?」
「?」
モスコの言葉の意味があまりわからなかった。
そんな俺の疑問に気が付いたのか、モスコが説明してくれる。
「グレイン様は商売に一番大事なことはわかりますか?」
「金勘定のうまさじゃないのか?」
モスコの質問に俺はあっさりと答える。
しかし、そんな俺の答えを聞き、モスコは首を横に振った。
「いいえ、違います」
「そうなのか?」
「商売で一番大事なのは【信用】です」
「……ああ、なるほど」
モスコの言葉に俺は納得することができた。
だが、詳しく説明を聞きたいので、それ以上は何も言わなかった。
モスコは説明を続ける。
「例えば、同じ商品を買うことができる店があり、安い店と高い店があります。その場合、どちらの商品が売れると思いますか?」
「もちろん、安い店だろうな」
モスコの質問に俺は即座に答える。
この程度はよく考えなくてもわかる。
どこの世界に同じ商品なのに高く買おうとする人間がいるだろうか?
いや、金持ちだったら自分はそういう高い店で買っていますというポーズで選ぶかもしれないが……
「では、安い店の場合は壊れかけ、腐りかけの状態の場合はどうでしょうか?」
「そうなると、高い店でほとんどの人は買うだろうな。安い店で買ったことで何らかの害が現れるよりは、より安全な高い店の商品を買った方が得になることがあるからだ」
これもわかりやすい。
同じ商品ならば値段が安い方を選びがちではあるが、一概にそうとも言い切れないのが世の中だ。
安い商品が粗悪品であるならば、高い商品で安定した品質のものを得ようとするのもまた人間である。
といっても、金がない者にとっては安い方が良いと思う人間もいると思うが……
とりあえず、モスコが言いたいことは……
「我々は安く、品質の安定したものを提供しようとしています。まあ、他国で売る際には関税などがいろいろかかるのでそこまで下げるのは難しいかもしれませんが、それでもその土地の適正価格で販売できている自負はありますね」
「ほう……それはすごいな」
関税がかかった状態で適正価格で販売できるのは、もともとの仕入れ値をかなり安く抑えないとできないことだろう。
これは素直にモスコの商人としての腕が優れていることに他ならない。
いや、他の商人も同じことをしているのかもしれないが……
「それ以外にも安価でいろいろなことを頼まれたりしています」
「頼まれる?」
「例えば、ある土地にある野菜があるのだが、その土地では余るほど存在しているのでどうしたらいいのか、などの相談を受けたりします。他にも、熱い気候を少しでも和らげたいのだが、どうしたらいいのか、などの相談を受けたりします」
「つまり、それを解決するということか?」
「はい。やはり頼みごとを解決するのが、その土地の人間に信頼してもらうためにまず必要な行動になってくるわけです」
「なるほどな」
「そして、解決した後に商売をするわけですが、適正価格でありながらもその土地に見合った値段設定にするわけです」
「じゃあ、高いところもあるわけだな?」
「ええ、もちろん」
俺の答えにわかってくれたことが嬉しいのかモスコは笑みを浮かべる。
まあ、前世の記憶がある俺からすれば、そこまで難しい事ではないからな。
しかし、ここで一つ疑問がある。
「だが、辺境の地とかだとかなり高くなるんじゃないのか? そういうところは運送費とかも馬鹿にならないだろうし……しかも、そういうところは都会比べて、あまりお金とかもなさそうなんだが……」
「確かに割高にはなりますが、それでも適正価格で売っていますよ?」
「そうなのか? 赤字になると思うんだが……」
「もちろん商品で補填していますから」
「商品で?」
「ええ。そういう辺境の地は確かにお金はあまりないですが、それでも辺境の地独自の文化があります。そういう物が好きな好事家もいますから、そういう人に商品を売るために仕入れるわけです」
「それが貴族だったら、高値で売れるわけだな?」
「ええ、そういうことです」
俺の言葉にニヤリとモスコが口角を上げる。
商売というのは、かなり奥が深いんだな。
前世では営業職ではなかったのでそういうことは全く考えていなかったのだが、実際に商売している人間の話を聞いて「なるほど」と思ってしまった。
そして、少し商売が面白いと思ってしまった。
といっても、女性陣が反対するだろうから、商会に入ることなどできるはずはない。
まあ、俺もそこまで入りたいと思うわけではないが……
「なあ、モスコさん」
「なんですか?」
「面白い商品があったら、うちに持ってきてよ。興味があったら、買うからさ」
「もちろんですとも。カルヴァドス男爵家は懇意にさせていただいていますから、適正価格の中でも安い方で商売させていただきますよ?」
「それも信頼のため、だね」
「ええ、そういうことです」
俺とモスコはそんな会話をし、お互いに笑いあった。
お互いに長い付き合いになりそうだ、俺たちの心にはそんな感情が芽生えているに違いない。
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