5-38 死んだ社畜は尻に敷かれる
朝食を終え、身支度を整えてから俺は王都の街に繰り出すことになった。
王都には王族が住む城があるので、前世で言う城下町といったところだろうか?
まあ、地球で言う城下町というのは戦国時代とかの話であり、この世界はどちらかというと中世ヨーロッパに近い雰囲気の世界なので全く別物なのかもしれないが、それでも楽しみであることには違いない。
どちらにしても、見たことがない事には変わらないが……
そんな俺についてくるのが、メイドであるリュコと婚約者としてティリスとレヴィア──とりあえず、その三人については理解できる。
普段からこの三人は俺と一緒に行動することが多いのだから、こういう時にもう一緒に行動することになるだろう。
婚約者として、彼女たちを楽しませるのも義務だろう。
しかし、そんな俺たちについて行こうとする人物がいた。
それはアリスだった。
彼女はたしか街を散策したいとか朝食の時に行っていた筈だが、まさか一緒に行動しようとするとは思わなかった。
まあ、俺は別に構わないし、女性陣との仲も悪くはないので問題はない。
しかし、どうしてついてこようとしたのだろうか?
とりあえず、そう深くは気にしないことにして、5人で街に繰り出した。
「「「「おぉ~」」」」
王都のメインストリートに到着した瞬間、女性陣から感嘆の声があふれていた。
それもそのはず、王都に入る門から王城に向かってまっすぐ伸びる道には大量の人であふれかえっていたからだ。
メインストリートには建物の中にある店以外にも屋台や露店も開かれており、人気の店なのだろうか並んでいる所もちらほらあった。
ものすごくにぎやかな様子に、俺はまるで地球で言う縁日を思い出してしまった。
ああいうのは小さなところでも、その地域の普段では見ることができないほどの人々が縁日に集まったりしている。
あれはかなり不思議だと、小さいころ感じたことがあった。
おそらく縁日を開いている地区の人間だけではなく、近くの地域の人が来ていたんだろうが……
「グレイン、行きましょう」
メインストリートの様子にアリスがワクワクしながら俺の手を掴もうとしてくる。
彼女は姉であるので弟に対してそのような行動をとるのはおかしな事ではないが、少しは俺の婚約者たちに気を遣うことはできないのだろうか?
まあ、三人はアリスの行動を全く気にしていない様子だが……
とりあえず、俺はアリスを止める。
「アリス姉さん、ちょっと待って」
「え、どうして?」
俺に止められたアリスが不思議と首を傾げる。
どうして止められたのかわからない様子だった。
そんな彼女に──いや、残りの三人にも俺は説明する。
「王都にはたくさんの店があります。このメインストリートだけでも滞在期間に全て行くことが難しいほどあるだろうし、少し入った裏道なんかにも面白いものはあるだろう」
「「「「……」」」」
俺の説明を四人が黙って聞く。
おそらく納得してくれたであろうから、俺は話を進める。
「もちろん、こういう場所で端っこからいろんな店を見るのもいいし、興味深い店を見つけたらそこに寄るのもいいと思う」
「「「「うん、そうだね」」」」
俺の言葉に今度は返事してくれる。
しかし、どことなく棒読みだったことが気になる。
言っていることは正しいはずなのだが、なんか呆れられているような……
「けど、そんなことをしていたら、もしかしたら行きたかった店に行く時間が無くなるかもしれない。だったら、まずは地図でどのような店があるかを確認して……え?」
俺は近くにあった地図を指さしたのだが、なぜかその手を掴まれた。
掴んだ人物はアリスだった。
「はいはい、グレインの言うことはわかったわ。でも、最初から決められた場所に行くのは、私の性に合わないわ」
「ええっ!?」
アリスの言葉に俺は驚愕してしまう。
なんせ、彼女の言っていることは今までの俺の説明をまるっきり無視したものだからだ。
いや、彼女の言わんとしていることはわからないでもないが、だからといって同意できるものでもないからだ。
こういう散策を楽しむ方法の一つであることは理解できるが、それでも効率の面ではかなり非合理的だからだ。
「私も街を歩きながら気になった店を探る方が良いと思います」
「そうだな。やっぱりこういうのは地図の上からじゃなくて、実際にその店を見てから行くかを決めた方が面白い」
「私もいろいろと観察できるから、こっちの方が良いかも」
「えぇ~」
まさかの女性陣が全員アリス派だった。
思わず悲しくなってくる。
婚約者なんだから、少しは俺の意見に賛成してくれてもいいじゃないか。
ちょっと悲しくなってしまう。
「ガハハハハッ」
「「「「「ん?」」」」
そんなことを考えていると、近くから笑い声が聞こえてきた。
笑い声のした方を向くと、そこにあったのは屋台だった。
見たところ串焼きだろうか、焼いた肉のおいしそうな匂いが食欲を掻き立ててくる。
どうやら笑っているのはそこの店主だったようだが、頭に鉢巻を撒いた屈強な強面の男だった。
おそらく先ほどの一部始終を見ていたのだろう、店主が俺に話しかけてくる。
「この年でもうすでに尻に敷かれているようだな」
「……別にそういうのじゃありませんよ」
店主の言葉に俺は恥ずかしくなって、そんな返事をしてしまう。
先ほどの状況を視られればそう思われても当然だと思うが、だからといって結婚もしていない状況下ですでに尻に敷かれていると思われるのが嫌だったのだ。
しかし、そんな俺を見た店主は笑いながら話してくる。
「何を恥ずかしがることがある。家庭で男が女房の尻に敷かれているなんて話はざらにあるぞ?」
「……まあ、そうでしょうけど」
「一人の女房を持つ男ですらそういうのが多いんだから、四人もいたら男の方が権力がなくて当然だ」
「いやいやいや」
最初の言葉には納得することができたが、続く言葉は納得できなかった。
とりあえず、訂正すべきは……
「四人とも女房じゃないですよ」
「そうなのか?」
俺の言葉に少し驚いた様子の店主。
あと、なんか背中に突き刺さるような視線を感じるのだが、放っておくことにした。
とりあえず、今は店主の誤解を解こう。
「一人は僕の姉で、残りの三人は婚約者です」
「なんだ、なら、その三人は女房とかわりないだろ?」
「いや、だいぶ違うと思いますけど?」
この人の中では【婚約者】と【女房】は同じ意味なのだろうか?
この世界の価値観なのか、はたまたこの男の価値観なのかはわからない。
だが、俺としては其の二つは全く別のものだと思う。
「まあ、いいか。ところで、一つ頼みがあるんだが……」
と、ここで店主が話題を変えてくる。
どうしたのだろうか?
まあ、少し気になったので話を聞こうとするのだが……
「なんですか……(ギリリリッ)痛い、痛い、痛いっ!」
なぜか俺の耳から激痛が走った。
どうやら引っ張られているようだ。
その原因に向けて、視線を向けた先にいたのはアリスだった。
そんな彼女の後ろから女性陣がなぜか冷たい目で見ていた。
どうして?
「ほら、行くわよ。時間がないって言ったのはグレインでしょう?」
「うっ……わかったよ。すみません、お話を聞けないみたいで……」
アリスの言葉を俺は仕方なく受け入れることにした。
この状況で逆らうことは得策ではないことを過去の経験から知っているからだ。
俺はとりあえず話をしようとした店主に断りを入れ、アリスに連れていかれた。
「……やっぱり尻に敷かれているな」
離れていく俺の耳に店主の声がはっきりと聞こえてきた。
ブックマーク・評価等は作者のやる気につながるのでぜひお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




