5-35 死んだ社畜はメイドと連携する
「リュコ、ありがとう」
俺は立ち上がり、助けてくれたリュコに礼を言う。
あのままだと確実に伯爵の攻撃が直撃していたからな。
おそらく、伯爵はこと訓練となると本気になりすぎるのだろう。
明らかに止める気がなさそうだった。
だが、祖父の孫に対する態度がそれでいいのかとも思ってしまう。
「いえ、私もすぐに助けることができず、申し訳ありません」
「仕方がないさ。相手は伯爵だからな」
「ですが、大丈夫です。私は伯爵様をグレイン様の敵とみなして戦うことにします」
「いや……別にそこまで思わなくていいと思うぞ?」
リュコの言葉に俺は苦笑してしまう。
おそらく、彼女が権力の高い伯爵に対して攻撃をするのには何かと理由がいるのだろう。
普通に考えれば、攻撃を加えようとした時点で不敬罪とかでしょっ引かれてもおかしくはないわけだからな。
今回に関しては、最初から訓練に加えるべきだと考えているであろうと思われるから、そこまで気にする必要はないはずだが……
「では、行きましょう」
「ああ」
リュコの合図に俺たちは同時に駆けだした。
「ふむ……二人同時に攻撃はいいが、同じ方向からでは……」
俺たちの動きを伯爵が評価する。
あまりいい評価ではないようだが、それだけだとは思わないで欲しい。
「リュコ」
俺は横にいるリュコに声をかける。
それだけで理解できたようで、彼女は走るスピードを上げて木剣を振りかぶる。
「はあっ!」
(ガキィッ)
「む?」
真正面の攻撃を受け止め、伯爵は疑問の表情を浮かべる。
足元を気にしているようだから、おそらく自分に加わった衝撃に対して疑問に思っているのだろう。
リュコのことをただのメイドだと思っていたのならば、それも仕方のないことかもしれない。
彼女には種族的に身体能力に優れる獣人の血が入っている。
つまり、身体強化無しという条件下ならば、人間より上だということだ。
「はあっ」
俺は走りながら木剣を突き出す。
しかし、それは完全にリュコに向かっていた。
いや、正確に言うならばリュコの向こう側にいる伯爵を狙っているわけだが、このままでは確実にリュコに当たってしまう。
(ダッ)
「なにっ!?」
だが、リュコは俺の方を見ることなく、その場から離脱した。
まるで見えているかのような完璧なタイミングの行動だった。
それを見た伯爵は驚きの表情を浮かべる。
(ガンッ)
「むぅ」
俺の突きを受け止め、伯爵は少し顔をゆがめる。
苦しげな表情を浮かべてくれると思ったが、やはり俺の身体能力では彼をそこまでさせるには至らないようだった。
まあ、それは仕方がないか。
これは彼を苦しめるための訓練ではないのだから、別に構わないだろう。
俺は伯爵の攻撃に合わせて、1mほど後ろに下がった。
「お覚悟っ!」
「む?」
リュコが伯爵の左斜め後ろあたりに現れ、木剣を振りかぶる。
声に反応したのか、気配に反応したのかはわからないが、彼女の動きに対して即座に対応しようとしていた。
このままでは確実にリュコの攻撃を止められるだろう。
ならば、行動するならばここだ。
「はあっ」
(ドンッ……カラン、カランッ)
「なっ!?」
俺はリュコの方に振り向こうとした伯爵の右手を叩き、彼の手から木剣を叩き落した。
今の俺では伯爵の防御を超えるほどの攻撃をすることはできない。
しかし、伯爵が意識していない部分に攻撃を加え、物を落とすことぐらいならばできる。
そんな俺の攻撃に伯爵は本気で驚いた表情を浮かべる。
おそらく、ここまでやるとは思わなかったのだろう。
しかし、これでチェックメイトだ。
(ザッ)
「私たちの勝ちですね」
「……ああ、まさかここまでやるとは思わなかったよ」
リュコの木剣が伯爵の喉元に突きつけられた。
すでに反撃の手段を断たれた伯爵は、諦めたように両手を上げる。
どうやら俺たちの勝ちのようだ。
「グレイン様、大丈夫ですか?」
「ん、なにが?」
伯爵が降参の意思を示したあと、リュコが心配そうに俺に近づいてきた。
その表情は先程俺を助けに来てくれた凛々しさはなかった。
それはまるで危ない事をした我が子を心配するような母親や姉のような雰囲気だった。
しかし、そこまで心配されるようなことをやった覚えは……
「なんで木剣をギリギリ避けるような真似をしたんですか?」
「あ、ああ……」
そういえば、心配されるようなことをやっていたわ。
木剣をギリギリで避けようとしすぎて、頬を少しかすっていた。
それを思い出したら、かすった部分が痛みだした。
血は出ていないようだが、おそらくかなり赤くなっているに違いない。
「ああ、じゃありません。反撃をするのに仕方のない事だったかもしれませんが、少しは自分の身を案じてください」
「いや、でも……」
「命のかかった戦いならば、私もうるさくは言いません。ですが、たかが訓練でそんな危ない事はしないでください」
「……うぅ、わかったよ」
何とか反論しようとするが、彼女の言っていることが正論すぎて反論することすらできなかった。
たかが訓練だというのに、俺も熱くなりすぎていた。
伯爵の俺に対する態度が落ちていくのに耐えきれず、少しでもいいところを見せ過ぎようとしていたのだ。
そのせいで、あんなギリギリの行動をしてしまったわけだが……
「では、治療しに行きますよ」
「え? まだランニングの途中だったんだけど……」
「そんなの、中止です」
「えぇっ!?」
リュコに腕を掴まれ、俺はズルズルと引っ張られる。
訓練が終わって魔法が使えるので彼女の手を外すことぐらいはできるだろうが、彼女の気迫に俺はそれを行動に移すことができなかった。
そのまま何もできず、ただただ連行されているだけだった。
「ふむ。あれだけ仲が良いのなら、あの連携もうなずけるな」
そんな俺たちの様子を見て、伯爵がそんなことを呟いた。
しかし、その言葉は俺たちが聞くことはなかった。
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