5-34 死んだ社畜は祖父と剣を交える
伯爵が木剣を上段に構え、こちらに向かってくる。
俺はその動きに合わせて木剣を横薙ぎに振るった。
「ふんっ」
(ブンッ……ガッ)
「ふむ……鋭い一撃だな。身体強化無しでこれだけできれば十分だな」
「そりゃどうも」
あっさりと俺の木剣は防がれてしまう。
まあ、それは仕方のない事ではあるが……
いくら鍛えているとはいえ、俺の体は八歳の男の子のもの。
身体強化無しだとせいぜい小学生高学年程度の身体能力しか出すことはできないはずだ。
まあ、その年齢で考えれば十分かもしれないが、大人を相手にすることに関しては力不足を否めない。
それぐらいのことはこの伯爵も理解しているだろうが……
「はっ」
力比べでは勝てるはずがないので、今度は振るうのではなく突いてみる。
振るってしまうと攻撃範囲は広くなるが、その分接触面積が増えてしまうので防がれやすくなってしまう。
突くことにより接触面積を減らすことで、攻撃を防ぎにくくしたわけだが……
「甘い」
「ちっ」
俺の攻撃はあっさりと伯爵に回避されてしまう。
しかも、回避されながらあっさりと懐に潜り込まれ、俺は思わず舌打ちしてしまう。
やはり身体強化がない状態で伯爵と戦うのはきつすぎる。
おそらく、伯爵は俺の攻撃に対して一切の恐怖を抱いていない。
恐怖を抱いていないということは、大胆な行動をとることだってできる。
普通の戦闘において、剣と剣を打ち合っている状態で回避しながら相手の懐に潜り込むなどなかなかできることではない。
それをやろうとするのは相手との実力差が分からない馬鹿か、実力差が歴然であることがわかっているので行動する人物かどちらかである。
当然、今回は後者の場合である。
これがもし身体強化ありの訓練だった場合、俺は伯爵に対して恐怖を抱かせることができただろう。
だが、残念なことに今は身体強化は使えない。
どうやっても、伯爵を恐怖させることはできないのだ。
「それっ、隙ありだ」
(ヒュッ)
「うおっ」
不意に目の前を何かが横切る。
俺は驚いてしまって体勢を崩したが、片手をついて体勢を整える。
そして、伯爵の方を向くとなぜか木剣を持っていない方の手を振り切っていた。
どうやら先ほど目の前を通ったのは伯爵の手だったようだ。
「戦いをどのように進めるかを考えるのは大事だが、そればかり考えていると今のように隙を突かれるぞ?」
「……肝に銘じておきます」
伯爵の言葉に俺は悔しげに答える。
俺はこの世界において、かなりの力をもって生まれてきた。
しかも、前世の記憶を受け継いでいるので、どのように行動すればうまく行くかを考えてから行動するようになっていた。
そのおかげで俺はこの世界で成功することができたわけだ。
しかし、そのせいで何か行動をする前に何か考えるようになってしまったわけだ。
今の隙だって、そのせいで出来てしまったものだ。
普段の訓練であれば、身体強化を使うことによって相手と戦闘をしながらでもいろいろと考えることができていた。
しかし、身体強化無しでは相手と戦闘しながら考えることは難しいのだ。
まさか、こんなことになるとは……
「ほれ、まだまだいくぞ」
「くっ」
また俺が考え事をしている間に、伯爵が攻撃を開始した。
上下左右、あらゆる方向から木剣が振るわれ、俺はそれをどうにか防ごうとする。
一撃一撃はそこまで重いものではない。
だが、如何せん数が多い。
しかも、年を取っているとはいえ鍛え上げられた大の大人からの攻撃なのだから、8歳の子供にとっては一撃でもかなりの衝撃がくる。
この状況で俺がとるべき行動はやはり回避行動なのだろうが、伯爵はそんな俺の最善の行動を防ぐべく俺の動こうとしている方向に剣を振るってくる。
そのせいで俺は回避することもままならず、木剣をどうにか逸らすことしかできなかった。
少しずつではあるが、ダメージが蓄積している。
このままではじり貧になってしまう。
(……仕方がないな)
俺は戦いながら覚悟を決めた。
このままでは俺はなにもできずに負けてしまう。
せっかく訓練をつけてくれている伯爵に何も見せられずに終わるのはあまりよくない。
期待してくれているのだから、その片鱗ぐらいは見せてやらないと……
「ふんっ」
(ブウンッ)
伯爵が上段から木剣を振り下ろしてくる。
風を斬る音が耳に届き、それだけでかなり恐ろしいもののように感じてしまう。
だが、今はそれを恐れている暇はない。
(チッ)
「ぐっ!?」
「むっ!?」
伯爵の木剣が俺の頬を掠め、思わず苦しげな声を上げてしまう。
そんな俺の様子に伯爵は少し驚いた表情を浮かべる。
おそらく先ほどまで俺が攻撃を防いでいたことから、当たることはないと考えていたのだろう。
だからこそ、攻撃を掠めたことに驚いてしまったというわけだ。
そこに、付け入る隙がある。
(ダンッ)
「なっ!?」
俺に木剣を思いっ切り踏みつけられ、伯爵は驚きの声を上げる。
その勢いで木剣は地面にめり込んだ。
少し力を入れれば抜くことはできるだろうが、それでも少し時間を稼ぐことはできたはずだ。
「はあっ!」
俺は地面にめり込んだ木剣を足場にし、伯爵の顔にめがけて突きを放つ。
これは決まった、そう思った瞬間──
(フッ)
「なっ!?」
俺は奇妙な浮遊感を感じ、驚きの声を上げてしまった。
そして、自分の状態に気付き、すぐに着地の体勢をとろうとする。
しかし、いきなりの出来事に俺の体はついていくことはできなかった。
(ザザッ)
「ぐっ!?」
着地に失敗し、俺の体が地面を抉ってしまう。
やばい、結構痛かった。
だが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
「はっ!?」
気づいた時にはすでに遅かった。
伯爵は俺にとどめを刺すべく木剣を構えながら駆けだしていた。
体勢を崩している俺にそれを防ぐ術はない。
これで終わりか、俺は頭の中で諦めようとしていた。
(ザッ……ガキィッ)
「え?」
俺と伯爵の間に影が割って入り、木剣を受け止めた。
その光景に俺は驚きの声を出してしまう。
「いくら伯爵様とはいえ、グレイン様に攻撃を当てようとするのなら止めさせていただきますよ」
それはリュコだった。
彼女は主である俺が攻撃されると感じ、守るべく割って入ってくれたようだ。
「そうだ、それでいい」
そんなリュコの登場に伯爵は嬉しそうな笑みを浮かべる。
それはまるでまだまだ楽しめそうだと感じているような雰囲気だった。
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