5-32 死んだ社畜は伯爵の屋敷で目が覚める
「ん~」
翌朝、目覚めると俺は背筋を伸ばした。
久しぶりのベッドのおかげか、そこまで体から悲鳴が聞こえてくることはなかった。
一ヵ月の馬車の旅(ほとんどは走っていただけだが……)では、半分以上は野宿だったし、宿泊することができても貴族として生活している身にとっては意外にきつい安物のベッドしかなかったので、意外としんどかったのだ。
枕が変わって眠ることができないのではないかという心配はまったくなく、久しぶりの貴族基準のベッドだったのでぐっすりと眠ることができた。
「グレイン様、おはようございます」
「おはよう、リュコ」
隣から声が聞こえてきたので、俺はいつも通り返事する。
ちなみに、隣と言っても同じベッドの中にいるわけではなく外側から声をかけてきているので悪しからず……
さて、今は何時ぐらいだろうか?
「日の出からまだ一刻も経っていません。伯爵がおっしゃっていた朝食の時間まではまだ時間はありますね」
「そうか、ありがとう」
俺の考えていることに気が付いたのか、リュコは的確な説明をしてくれる。
相変わらず有能なメイドである。
別にティリスやレヴィアの能力が低いとは言わないし、むしろ世間一般と比べればかなり上の方に位置しているとは思うが、それでもリュコと比べると幾分見劣りはする。
これも小さいころから仕事をしている影響だろうか?
「服はこちらです」
「ああ、ありがとう」
リュコが持っていた俺の着替えをベッドの上に置いてくれる。
俺は感謝の言葉を告げながら、その着替えに手を伸ばす。
と、ここでリュコが何時もとは違う視線を送ってくることに気が付く。
「あ」
「どうした?」
「い、いえ……なんでもありません」
「いや、言いたいことがあるなら言ってくれよ。途中で止められると、なんか気になる」
言いづらい事を無理やり話させるのは気が進まないが、それでも何かを言われて止められるのはもやもやする。
言いたいことがあるならはっきりと言って欲しいというのが、俺の考えなのだ。
そんな俺の言葉にリュコは意を決したのか、少し顔を赤らめて口を開く。
「着替えをお手伝いした方がよろしいですか?」
「え?」
予想外の言葉に俺は思わず呆けた声を出してしまった。
全く考えていなかった内容だったので、俺の頭の中で処理できなかったようだ。
そんな俺の様子に気が付いたのか、リュコがもう一度口を開いた。
「グレイン様の着替えをお手伝いした方がよろしいですか?」
「……なんで、いきなり?」
ようやく質問の内容を理解することができたが、俺はどうして彼女がそんなことを言いだしたのかが全く理解できなかった。
なんせ彼女に今まで着替えの手伝いをさせたことなんてなかった……いや、まだ体をうまく動かすことができなかったころにはしてもらったはずだが、3,4歳のころには自分で着替え始めていた。
それ以降はずっと自分で着替えていたし、彼女もそれになれていた筈なのだが……
「この屋敷のメイドの方にお聞きしたのですが、貴族の方は自分で服を着ることができない方もいるらしく、メイドなどに手伝ってもらうことが多々あるそうです」
「……まあ、無い話ではないな」
貴族の中には、そういう人物がいるという話は前世でも聞いたことがある。
貴族の着る服は一般人が着るような服のように機能性を重視したものではなく、周りの者に自分の権威を見せつけるために見た目を重視するものが多いのだ。
そのため一人で着用することが難しく、使用人の手を借りなければならないといけないという話を聞いたことがある。
だが、それはあくまでそういう服を着ている貴族の話であって、俺には当てはまらないはずだ。
「伯爵家で寝泊まりしているわけですから、そういう風に過ごした方が良いかと思いまして……」
「ああ、なるほど」
俺はようやくリュコの意図を汲み取ることができた。
彼女は別に俺が服を一人で着ることができないと思っていたわけではないようだ。
いや、普段から一緒に過ごしているのだから、最初からそのように思われていないことぐらいは気づいていた。
彼女が言いたいのは、伯爵家に滞在しているのだから、それに見合った貴族らしい振舞いをした方が良いのではないか、ということだろう。
言わんとしていることはわかった。
しかし、それはあくまで一般論の話だろう。
「気にしなくていいよ。というか、そんなことをしたら逆に笑われそうだよ」
「? どうしてですか?」
俺の言葉にリュコは首を傾げる。
この顔は本気でわかっていないようだ。
まあ、これは仕方がないかもしれないな。
俺は気にせずに説明を始める。
「まず、このバランタイン伯爵家ではあまりそういう風習はないと思うからだ」
「どうしてですか?」
「それは伯爵が着ていた服が機能性重視の服だったからだよ。あの程度の服を着るのに、使用人の手を借りるとは思えない」
「……たしかにそうですね。ですが、どうして伯爵家の使用人の方は私にあのようなことを言ったのでしょうか?」
俺の説明に納得したが、新たな疑問が芽生えたようだ。
それについても、俺は推測することができた。
「おそらく、夫人の着替えは手伝っているんじゃないか? 伯爵自身は一人で着替えているが、夫人の服は一人で着るのは難しいんだろう」
「なるほど」
「これが女性であるアリス姉さん、ティリスやレヴィアだったら夫人のように手伝った方が良いと思うけど、男の俺は伯爵に準じて手伝われない方が良いと思うよ」
「わかりました」
俺の説明にリュコはうなずいた。
どうやら納得してくれたようだ。
まあ、彼女ならば、これぐらいは簡単に理解できるだろう。
俺はそんな彼女に告げる。
「じゃあ、そろそろ着替えるよ」
「わかりました。では、わたしはこれで……」
俺の言葉を聞いた彼女が頭を下げ、部屋から出ていった。
おそらく、きちんと俺の意図が伝わったのだろう……そう思った俺はベッドの上に置かれた動きやすい服に手を伸ばした。
ブックマーク・評価等は作者のやる気につながるのでぜひお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




