5-31 死んだ社畜は祖父の判断を心の中で褒める
「さて、次は君たちかな?」
俺の自己紹介が終わった後、伯爵はハクアとクロネに視線を向ける。
そんな視線にも緊張することなく、二人は自己紹介を始める。
「ハクアです。4歳です。この子はアウラです」
「……クロネです。4歳です。この子はシュバルです」
「ハクアとクロネだね。よく挨拶ができたね」
「「えへへ」」
伯爵に褒められ、二人は嬉しそうな表情を浮かべる。
子供だからこそ素直に褒められて嬉しいのだろう。
大人になると、褒め言葉でもいろいろな考えから素直に受け取ることが難しくなってくるからな……
ああ、素直な感性が懐かしい。
「それでこの子たちは何なのかな? たしかアウラとシュバルと言ったかな?」
「「えっと?」」
そして、先ほどは気にしていなかったアウラとシュバルに伯爵が意識を向ける。
ハクアとクロネのことはわかったから、今度は毛玉たちのことを聞こうと思ったのだろう。
しかし、二人は毛玉のことを説明することはできなかった。
おそらく感覚的には理解しているのだろうが、残念なことにそれを説明できるほどまだまだ成長していない。
なんせまだまだ4歳なのだから……
この場で誰が説明するべきかを考えていると、誰かが会話に入ってきた。
「その子たちはドラゴンだ」
「「「「「っ!?」」」」」
いきなりの声にその場にいた全員が驚いた。
伯爵夫妻は謎の人物が現れたから、俺たち家族はここにいるはずのない人物が現れたからである。
「……何者だ?」
伯爵がいきなり視線を鋭くし、質問した。
おそらく目の前の人物が警戒すべきだと気づいたからだろう。
それもそのはず、いきなり現れたのはリヒトだったからだ。
彼の後ろにはシルトさんも控えており、夫の行動にため息をついていた。
いや、ため息をつくぐらいだったら、止めてくれよ。
「俺はリヒト。この子たちの父親だ」
「父親? ということは、お前さん──いや、後ろの女性も人間ではないということか?」
「まあ、そういうことだな」
「……ふむ」
リヒトの言葉に伯爵は頷く。
この一瞬でリヒトとシルトさんが人間ではないことを見抜くとは……
先ほどの会話からリヒトが人間ではないことはすぐに推測できるだろうが、シルトさんが同じであることはわからないはずだ。
なかなか鋭いな。
「【聖属性】と【闇属性】か……普通の生物が同種族で両方を持つことはほとんどないはずだが……」
伯爵がハクアとクロネ──いや、正確に言うと二人と抱えられている毛玉を観察し、そんなことを呟いた。
まさか属性まで言い当てるとは思わなかった。
いや、ある程度の魔法を使えるものなら相手の属性を言い当てることができるようになる可能性がある。
といっても、すべての人間ができるわけではなく、魔力の感受に長けた者しかそれはできない。
つまり、伯爵は魔力の感受に長けた実力のある魔法使いということだ。
「……考えたくはないが、【ドラゴン】か?」
「「「「「なっ!?」」」」」
伯爵がリヒトたちのことを言い当て、俺たちは全員驚いてしまった。
なんせ、初見でそこまでのことを言い当てることができるとは思わなかったからだ。
そして、そんな伯爵の言葉を聞いたリヒトが少し興味深げな表情を浮かべ、質問を開始した。
「ほう……なぜ、そう思う?」
「この世界にいる生物のほとんどが単一の属性しかもたないことが多い。火山付近に住む生物なら【炎属性】、海の近くに住む生物なら【水属性】、といった具合にな? 例外と言えば、人間やそれに準ずる種族ぐらいだろう」
伯爵は自分の考えを説明する。
やはり魔法の実力者だけあって、属性についての説明は完璧である。
「……それで?」
「そういった生物の中にも例外がいて、一つの種族が複数の属性を持つことがある。といっても、その種族が使えるのは其の複数属性の中からしか使えない。そして、相反する属性は使えないということは有名だ。例えば、【炎属性】と【水属性】といった具合にな?」
やはり伯爵はかなりの知識を有しているようだ。
最初の説明はある程度本を読んでいたり、実戦経験を積んでいたらわかることなのかもしれないが、先ほどの説明はある程度知識がないと辿り着かない答えだ。
なんせ、俺の読んだ本にもそこまではっきりとは書いてなかったからだ。
俺もその結論にはいろいろと検証をしたうえで辿り着いたぐらいだ。
「……」
「だが、さらにそこからも例外はある。それが【ドラゴン】というわけだ。かの種族はそれぞれが属性を持っており、種族の中でも相反する属性を持つ者が存在するはずと聞く。ならば、【聖属性】と【闇属性】をもつ存在が同時に現れたということは、【ドラゴン】である可能性が高いと思ったのだが?」
「……なるほど。人間にしてはかなり頭が良いようだ」
「それはどうも」
リヒトの褒め言葉に伯爵は素直に頷く。
おそらく、リヒトが見た目通りの年齢ではないことを見抜いているのだろう。
リヒトの見た目は三十歳ぐらい──アウラやシュバルの両親にしては普通ぐらいの見た目だが、実年齢はおそらくもっと高い。
伯爵の年齢ぐらいは軽く超えているだろう。
それを理解したからこそ、伯爵は下手に出たのだろう。
いや、【ドラゴン】だからこそこういう反応なのだろうか?
そんなことを考えていると、事態は思わぬ方向に進む。
「何をしてるのっ!」
(ドンッ)
「がふっ!?」
「「「「「っ!?」」」」」
シルトさんがいきなりリヒトの後頭部をぶん殴り、その勢いのままリヒトが地面にめり込んでしまったからだ。
この行動には伯爵夫妻どころか俺たち家族も驚愕の表情を浮かべてしまう。
常識人である彼女がなぜこのような行動に出たのか、それが理解できなかったからだ。
しかし、そんな俺たちの疑問に彼女はすぐ答えてくれる。
「申し訳ございません、伯爵様。夫は【ドラゴン】が最強の種族であることを鼻にかけ、他種族を見下す傾向がありまして……」
「い、いえ……実際に最強なのは事実でしょう? 私は気にしませんよ」
「ありがとうございます」
シルトさんの説明に伯爵は少し言葉を詰まらせながらもしっかりと答える。
おそらく本音ではあろうが、そう答えるべきだと思っていたのも事実だろう。
なんせ下手に文句を言えば、リヒトの二の舞になる可能性があるからだ。
まあ、流石にシルトさんがそんなことをやるとは思えないが、それは俺たちがある程度彼女のことを知っているから思えることだろう。
初対面の伯爵夫妻は彼女のことを知っているはずがない。
「シルトっ! 何を……」
「……何か?」
「ひいっ!?」
文句を言おうと起き上がったリヒトだったが、シルトさんの睨みにすぐに大人しくなってしまった。
やはりこの夫婦はシルトさんの方が強い様だ。
しかし。【聖属性】を司る伝説のドラゴンなのだから、もう少しかっこいいところは見せてほしい。
少なくとも、嫁さんに尻に敷かれている姿は見せてほしくなかった。
そんなことを考えていると、シルトさんが再び伯爵に話しかける。
「私たちの子供であるアウラとシュバルがハクアさんとクロネさんのことを好いていまして、属性を分け与えたのです。まあ、一種の契約状態と考えてくださって結構です」
「……そんなにすごいことを?」
「いえいえ、そこまで大したことではないですよ? この子たちは二人と一緒に過ごす代金として、自身の属性を使えるように魔力を分けているのです。なので、彼女たちも子供たちの属性が使えるようになったわけです」
「いや……結構すごい事……なんでもないです」
何事もないように言っているシルトさんの言葉に反論しようとするが、先ほどのリヒトの様子を思い浮かべたのだろう、伯爵は言い返すことを止めた。
ドラゴンに殴られるのはまずいと思ったのだろう。
それは当然の判断だ。
こうして、俺たち家族の自己紹介は微妙な空気で終わってしまった。
その空気はその後のリオンたちやルシフェルたちの自己紹介でも続いてしまっていた。
本当に申し訳なかった。
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※指摘があったので、説明をしておきます。
一度目に驚いたのは、突然の乱入者が現れたため。
二度目に驚いたのは、祖父が相手の存在が「ドラゴン」であるという正解に辿り着いたためです。
一度目の際に、子供たちが「ドラゴン」であることとその父親であることを伝えていますが、この世界においてドラゴンはほぼ伝説上の存在であり、ドラゴンであることを伝えたとしても普通は信じることはありません。
この場合も見た目が人間ですから、自己申告は「ただの頭が痛い奴」扱いされます。
その上で祖父が正解を導いたので、周囲が驚いたというわけです。
作者の書き方の問題のせいでわかりづらいかもしれませんが、矛盾はしていないと判断して書き直しはしません。
ちなみに、ドラゴンの本当の姿を実際に見れば、基本的に信じます。
百聞は一見に如かず、という奴です。
流石に実際に見れば、否定はできませんしね。




