5-29 死んだ社畜の母親は恥ずかしがる
アレンがバランタイン夫人と話していると、バランタイン伯爵に話しかける人物がいた。
それはエリザベスだった。
「……お久しぶりです、バランタイン伯爵」
「む? おお、エリザベスさんか。久しぶりだな」
エリザベスに話しかけられ、先ほどまでアレンに向けていた怒りなどなかったかのように笑顔で答えるバランタイン伯爵。
それほどまでにアレンのことが嫌いなんだろうか?
しかし、それよりも俺はエリザベスの方が気になってしまう。
なんせ、彼女の態度が普段の彼女からかけ離れたものであるからだ。
「御恩があるのになかなか顔を出せず、すみません」
「いやいや、気にすることはない。辺境のカルヴァドス男爵領だと我が領地は距離があるから仕方ない事だ」
「で、ですが……」
どうやらなかなか顔を見せることができなかったことをエリザベスは謝っておるようだ。
バランタイン伯爵はそのことについては気にしていないようだったが……
だが、それでもエリザベスは恐縮しきりだった。
一体、どうしたのか……
「エリザベスさん」
「は、はい」
そんな彼女の様子に気が付いたのか、真剣な表情で伯爵は話しかける。
いきなりの態度にエリザベスは声を裏返しながら返事をする。
普段の彼女からは想像がつかない態度だ。
「おそらく君は平民出身でありながら第二夫人であることを気にしているようだね」
「……」
「君は優しくて理知的な女性だ。第一夫人であるクリスの父親である私に恐縮するのも仕方のない事だ」
「……はい」
伯爵の言葉にエリザベスが頷く。
どうやら彼女は自身の立場について、申し訳なく思っているようだ。
まあ、成り上がって男爵になったとはいえ、アレンは貴族の端くれ。
第一夫人が貴族出身──しかも、伯爵の系譜であるのに対し、第二夫人は平民──さらに冒険者出身となっている。
そう考えると、第一夫人の家族である伯爵家を相手にどのようにすればいいのかわからないのも当然だ。
しかし、そんなエリザベスの様子とは裏腹に伯爵は笑顔で告げる。
「おそらく君はクリスと上手くやっているのだろう。娘やほかの家族たちの様子を見れば、それはよくわかる」
「は、はあ……」
「君がもしクリスに迷惑をかけていたのなら話は別だが、そうでないのならば私は君を認めている。むしろ君のことは娘として見ているつもりだ」
「あ、ありがとうございま……って、ええっ!?」
第二夫人であることを認められていることに感謝しようとしたエリザベスだったが、よくよく聞いているとおかしなことがあったので驚愕してしまった。
一体、何を言っているのだろうか、この爺さんは?
俺も思わずジト目で見てしまったが、そんなことは気にせずに伯爵は話を続ける。
「君はクリスと同じカルヴァドス男爵を支える夫人の一人だ、ならば、娘であるクリスと同様に扱うのは当然ではないか?」
「え、えっと……」
「それに君は元々身寄りがないからこそ、冒険者をやっていたのだろう? それならば、私が父親代わりでも問題はないはずだ」
「そ、それは……」
伯爵の暴走にどう答えていいものかと考えているエリザベスだ。
こんな風に困っているエリザベスは珍しい。
しかし、この爺さんは本当に何を言っているのだろうか?
第一夫人であるクリスと家族のように──いや、家族であるエリザベスを家族同様に扱うのはわからないではない。
いわば、立ち位置的には娘と同じようなものであるからだ。
しかし。両親がいないからと言って父親代わりというのはどうなんだろうか?
普通の家庭ならば問題はないのかもしれないが、彼の立場は伯爵──いろいろと問題が出てきそうだが……
「あなた。エリザベスさんが困っていますよ」
「む? そうか?」
そんな暴走する伯爵を奥さんが制止する。
流石に言っていることはまずかったのだろう。
どうやら奥さんはかなり常識人のようだ。
止められた伯爵は少し何か言いたそうにしたが、止められてしまったので素直に従う。
そして、代わりに奥さんがエリザベスに話す。
「エリザベスさん」
「は、はい」
「夫が言っていることはいい過ぎですが、私たちは貴女も家族の一員だと思っています。なので、私たちを相手にそんなに恐縮しないでください」
「で、ですが……」
「貴女にはクリスが日ごろからお世話になっているのでしょう? だったら、貴女も娘同然──家族同然に振る舞ってくれた方が、私たちも嬉しいのですよ」
「は、はい」
奥さんの言葉に納得させられるエリザベス。
言っていることは変わっていない気がするが、奥さんの方がまだ常識人的な考え方であるので頷くことしかできないようだ。
そんなことを考えていると、奥さんがさらに言葉を続ける。
「では、私のことを【お義母さん】と呼んでください」
「え? ええっ!?」
いきなりとんでもないことを言い始めた。
いや、先ほどの流れからは当然なのかもしれな──いや、おかしい気がする。
だからこそ、エリザベスも驚いてしまっていたのだろう。
しかし、奥さんの表情は真剣そのもの。
「家族なのですから、そう呼ぶのは当然でしょう? いつまでもバランタイン夫人と呼ぶのは他人行儀ではなくて?」
「そ、それはそうですが……」
グイグイ来る夫人の言葉にエリザベスがたじたじになる。
夫人の後ろで伯爵が何とも言えないような表情を浮かべているが、彼が止めることはない様だ。
この家でも女性の方が権力が強い様だ。
俺はこちらの陣営にも視線を向ける。
子供たちは夫人の様子にどうしたらいいのかわからないようで、あたふたしていた。
大人たちは普段は勝気なエリザベスがたじたじしている姿が面白いのか、成り行きを楽し気に見守っていた。
クリスについては母親の言っていることに納得しているのか、うんうんと頷いていた。
納得できるのか?
俺も母親が困っているので助けてあげたいとは思ったが、流石にこの状況で会話に入る勇気はなかった。
仕方がない、自分でどうにかしてもらおう。
「クリスには【お母様】と呼ばれているから、少し気安く呼んで欲しいのよ。家族なのに様付ってのもね?」
「う、うぅ……」
「私の名前を付けるのもいいかもしれないわね。【リナリアお義母さん】とも呼ばれたいわね」
「……」
徐々に夫人からも要求が高くなっていく。
それに伴いエリザベスの表情が反比例して暗くなっていく。
いや、決して嫌なわけではないようだ。
ただただ恥ずかしいだけで……
そして、これ以上はまずいと思ったのか、意を決してエリザベスは口を開く。
「お……」
「お?」
「おかあ……さん……?」
「やったわ。エリザベスさんが【お義母さん】と呼んでくれたわっ! じゃあ、私もエリザベスさんのことを愛称の【リズ】と呼ぶわね?」
「(カアッ)」
歓喜している夫人と恥ずかしそうに顔を覆うエリザベス。
かなり珍しい光景である。
まさかエリザベスをここまで恥ずかしがらせる人物がいるとは……
俺は夫人への警戒ランクを上げてしまった。
一応分類上は祖母のはずなのに……
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