5-24 死んだ社畜は慄く
「「「「「おお~!」」」」」
門から中に入った俺たちは思わず感動の声を漏らしてしまった。
正確に言うならば、イリアさん以外の子供たちが、である。
なんせ王都に来たのは今回が初めて、なので王都の光景を見るのがこれが初めてだからである。
一言でいうならば、王都の街並みはヨーロッパが近いイメージだろうか?
カルヴァドス男爵領では木造の家がメインなのだが、この辺りの建物は石で作られている建物が多い。
道路も石畳がしっかりと敷き詰められており、整地されていない道に比べれば格段に歩きやすい。
流石はリクール王国最大都市である。
きちんとこういうところはできている。
「まあ、初めて見たときは驚くよな」
「ええ、そうですね。私もこの光景を見たときは思わず感動しましたからね」
子供たちの反応を見て、リオンとルシフェルがそんな会話をしている。
ほかの大人たちも同様に子供たちを優しげな表情で見てくる。
そんな目で見られるのは少し気恥ずかしいが、それでもこの感動は仕方がないものなのだ。
たとえ芸術の心得がなくとも、優れた美術品を見ればなんとなくその素晴らしさがわかることと同じなのだ。
それほどこの王都の街並みはすごいのである。
「ふふっ、すごいでしょ?」
「ああ、そうだね……って、うおっ!?」
質問にはしっかりと答えたが、いきなり背後に近づかれて声をかけられたことに気が付き、思わず驚きの声を出してしまう。
その反応に声の主──イリアさんが少し心外そうな表情をする。
「あら、そんなに驚くなんて失礼ね」
「いや、いきなり背後に現れられたら驚くのが普通だろう?」
「グレイン君はその程度のことで驚くとは思わなかったわ。あれだけ強いんだし……」
「強さは関係ないと思うよ」
なんか勘違いをしているようだ。
たしかに俺は普通に比べればかなり強い分類に入るだろうし、普通の人に比べれば驚かされることも少ないはずだ。
だが、俺が驚かないのは事前に相手が何をしているのかに気付くことが多いからだ。
強さがあるがゆえに相手がどのように行動しているのかを感じることができ、それが俺にどのような影響を及ぼすのかを推測することができる。
つまり、それが俺が驚くことのない理由である。
しかし、今回のように景色に意識を奪われ、その間に背後に接近されれば気付かずに驚いてしまうことがあるのだ。
俺だって人間なのだから、完璧ではないのだ。
そんなことを話していると、咎める者がいた。
「ああ、そんなに近づいて……」
「は、離れてくださいっ!」
「ええ~! いいじゃない、別に……」
ティリスとレヴィアが慌てた様子で近づき、イリアさんを俺から引き剥がす。
引き剥がされたイリアさんは不満げな表情を浮かべる。
「おお、女の戦いじゃない」
「これは楽しみね」
三人の様子をリオナさんとリリムさんがワクワクしながら見ている。
いや、そこはワクワクしながら見る状況じゃないでしょ?
というか、そんなことを楽しんでいるから、婚約者の一人も……あっ!?
「「(じ~っ)なにか?」」
「い、いえ……なにも……」
ジト目で睨まれ、俺は思わず視線を逸らしてしまう。
やばい、今のは考えてはいけないことだったようだ。
リオンとルシフェルからそれぞれ心配であると相談を受けたのでそんなことを考えてしまったわけなのだが、それは彼女たちにとっても同じようだ。
少なくとも俺の馬鹿にしたような考えにすぐに気づく程度には……
「グレイン?」
「な、なんですか?」
すぐに逃げるべきだと思ったが、その前に俺はリオナさんに捕まえられてしまう。
反対に逃げようにも逃げ道をリリムさんに塞がれてしまう。
チームワークが良いな、この人たちっ!
「妹があんな風に同年代の子と仲良くできるのは君のおかげね」
「え?」
いきなりのリオナさんの言葉に俺は思わず呆けた声を出してしまう。
まさかこの場でそんなことを言われるとは思わなかった。
そして、リオナさんの後にリリムさんも言葉を続ける。
「うちのレヴィアもあんなに引っ込み思案だったのに、今では自分の気持ちを伝えられるようになったわ。これもグレイン君と仲良くなったからかしら?」
「リリムさん……」
俺のことを評価してくれているので、思わず感動してしまった。
前世で社畜のころはどれだけ自分が仕事をしても評価されることは少なかった。
失敗をすれば異常に批判されるくせに、成功しても大して褒められることはなかった。
しかも、勝手にこちらの仕事にしたうえで、やってなかったら批判するとはどういう了見だったんだろうか?
ああ、今思い出してもむかつくな。
「これもグレイン君の婚約者になったのが原因かな?」
「ええ、そうね。婚約者っていう仲間意識のおかげで仲良くなれたんじゃないかしら、あの子たちは……」
「まあ、そうですね」
二人の言葉に俺は頷く。
別にこの点に関しては否定することはないと思ったからだ。
二人が仲良くなったのは、婚約者である俺に対する感情が同じであるということで仲間意識が産まれたからだと思われる。
真逆の感情ではあるが、人民の感情をまとめるのに必要なのが共通の敵であるのと同じ理論だろう。
前世の社畜だったころ、同じ境遇の社畜仲間と仲良かったのも、同じ敵がいたからこそ仲良くなれたのだろう。
ああ、あのクソ課長……ムカつくな……
「ということは、私たちも婚約者になれば、あの中に入れるということかな?」
「そうね……悪く無いかもしれないわ」
俺が前世のことを思い出している間に二人がいつの間にかそんなことを話していた。
彼女たちは妹ともっと仲良くしたいのだろう。
なので、仲間意識を得るためにそんなことを言っているのだろうが……
「あ、結構です」
「「結構ですっ!?」」
俺はあっさりと断る。
そんな俺の言葉に二人は驚愕の反応をする。
いや、そこまで驚くことはないだろう。
第一、本心でもないだろうし……
「なんで? 私たちは妹にも負けず劣らず美人だろう?」
「ええ、そうよ。それに器量も悪く無いと思うし……」
だが、本心ではないにしろ、あっさりと断られたことに不満に思ったのか二人は自分のセールスポイントを説明してくる。
うん、別にその点についてはきちんと理解している。
あと、そういうのは普通は自分で言わないと思うんだけど……
「流石に婚約者の姉に手を出すほど僕は無節操じゃないんで……」
「「……」」
俺の反論に二人は黙ってしまう。
俺の反論が正しいと同時に、二人もまた同じような理由であるからだ。
もし彼女たちが俺の婚約者になれば、彼女たちは自分の妹の婚約者に手を出したということになる。
いや、別に問題ではないだろうが、言葉にするとあまり世間体がよくなさそうに聞こえる。
まあ、下手にそういうことをしない方が良いだろう。
本気でないのなら尚更な。
そんなことを考えていたからなのか、俺は口を滑らせてしまう。
「それに、お二人は何となく恋愛対象に見れないというか……」
「「は?」」
「ひっ!?」
俺の失言に二人はキッと睨みつけてきた。
俺は思わず恐怖を感じ、小さく悲鳴を上げる。
俺の方が強いはずなのに、どうして彼女たちは俺を怖がらせることができるのだろうか?
それがここ最近の疑問である。
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