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【書籍化】小さな転生貴族、異世界でスローライフをはじめました  作者: 福音希望
第五章 小さな転生貴族は王都に行く 【少年編4】
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5-23 死んだ社畜は縁に感謝する


「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」」」」」


 周囲にいるほとんどの人間が感動の叫びをあげる。

 まあ、英雄的な存在が間近にいるのだから、そうなるのも仕方のない事なのかもしれない。

 しかし、この状況はかなりまずい。

 現在は俺たちの馬車の周り2,30メートルほどの距離の人間しかこの現状に気付いていないが、先ほどの叫び声で遠くの方からも何事かと人が現れる。

 このままでは収拾がつかなくなってしまいそうだ。


「あの、握手してください」

「あっ!? ずるいぞっ!」

「私、【巨人殺し(ギガントスレイヤー)】の物語のファンなんです。本物のアレン様に会えて感動ですっ!」


「あ、ああ……ありがとう」


 すでに近くにいた者たちがアレンに詰め寄っていた。

 アレンも少し困った表情をしながらも律儀に対応している。

 彼の性格上、こういうときでもしっかりと対応するべきだと思っているのだろう。

 人としては立派ではあるが、この状況では悪手である。

 一人に許可を出せば、なし崩し的に他の人にも許可を出さなければならなくなる。

 つまり、一人の握手を受けてしまったがゆえに他の人の握手も受けなくてはならず、さらに他の願いも断るわけにはいかなくなったわけだ。

 すでに王都の門の前に並んでいた列から離れて、アレンの前に並んでいる列ができ始めている。

 俺はこの光景を見て、アレンがいかにすごい人間であることかを改めて感じることができた。

 まあ、こんな状況で感じたくはなかったが……


「お前たち、何をしているっ!」

「すぐに列に戻れっ!」


 門番の人たちだろうか、二人の屈強な男が怒鳴り込んできた。

 彼らも仕事であるがゆえに、問題が起こりそうな時に率先して止めに来ないといけないのだろう。

 しっかりと働いている姿に俺は少し心配になってしまう。

 彼らはこの仕事に不満を持っていないのだろうか、と。

 いやいや、いかんな。

 社畜だったころの癖で他の人が仕事をしている姿を見ると、不満がないのかと考えてしまう。

 ブラック企業などという言葉が有名になっている日本ならまだしも、この異世界ではそうそう自殺者が出るような企業などないだろう。

 まあ、命がけの仕事などは多いだろうが……


「騒ぎの原因は……貴方たちですね?」

「……こちらに来てください」


「はい」


 男達は騒ぎの元凶が俺たちだとすぐに気づき、自分たちについてくるように指示してくる。

 断る理由どころか、自分たちが原因であることはわかっているので素直に彼らについて行く。

 おそらく詰所のような場所で事情聴取でも受けるのだろう。

 俺たちは門の前に並ぶ人たちから好奇の視線を向けられながら、男たちについて行くことになった。

 非常に居心地が悪い。

 そんなことを考えていると、俺はあることに気が付いた。

 俺たちは王都の門に近づいているのではないか、と。

 そんなことを考えていたのだが、俺たちは門の前に行くことはなく、少し離れたところにある小さな通路のような場所に通された。

 といっても、王都の門に比べて小さいだけで大きめの馬車でも軽く通ることができるぐらいの大きさだったが……


「アレン=カルヴァドス男爵ですね。ようこそ、王都へ」

「えっ!?」


 一人の男の言葉にアレンが驚きの声を上げる。

 なんせ、いきなり名前を言い当てられたのだから、仕方のない事だろう。

 といっても、カルヴァドス男爵家の紋章が描かれた馬車と屈強な男がいれば、すぐにその答えに辿り着くだろう。

 驚くアレンに男たちが説明をする。


「あなたはリクール王国の人間にとって英雄です。そのため、あのような場所にいると自然と周りに人が寄ってきます」

「そのため、混雑が起こらないようにこちらの貴族用の門にご案内しました」


「ああ、ありがとう。でも、いいのか?」


 男達の説明を聞き、感謝の言葉を言いつつも心配げに聞くアレン。

 貴族用の門というのは俺たちが先ほど並んでいた門とは別に王侯貴族だけが通ることができる門のことだ。

 といっても、並みの貴族では通ることはできない。

 一部の金や権力を持った貴族たちが門の前に並ぶことが嫌だったということで出来たという経緯があるため、そういう貴族しか使うことができないと言われている。

 当然、カルヴァドス男爵家のような貴族の中でも下位に存在するような貴族が使えるはずもないのだが……


「カルヴァドス男爵は英雄ですから、もちろん大丈夫です。それに……」

「それに?」


 門番の男性の視線につられてアレンが後ろを向く。

 それにつられて、その場にいた全員がそちらに視線を向ける。

 そこには……


「お連れの方がキュラソー公爵家の方だとわかりましたので、気にせずに案内させていただきました」

「「「「「ああ、なるほど」」」」」


 俺たちは視線の先にあったキュラソー公爵家の馬車とそれに乗るイリアさんを見て、すぐに納得することができた。

 確かにそれならば、俺たちがこの貴族用の門に案内してもらったことにも説明がつく。

 そんな俺たちの視線に気が付いたイリアさんは笑顔でこちらに手を振ってきた。

 俺は彼女に笑顔で手を振り返しておく。

 彼女のおかげで長い列に並ばなくて済んだのだ。

 感謝の意味を込めて、これぐらいはさせてもらおう。

 いや、あとでしっかりとお礼はいうつもりだが……


「それでは、王都を楽しんでください」


 門番は俺たちに対する身元確認をほとんどすることなく、あっさりと通してくれた。

 これは職務怠慢だと思わないでもないが、先ほどの会話で大体の身元は判明しているのだ。

 あっさりと通しても大丈夫だと思われたのだろう。


「あっ!? 少し待ってくださいっ!」

「ん? なんだい?」


 だが、出発した瞬間に引き留められることになった。

 一体、どうしたのだろうか?

 疑問に思う俺たちに門番は急いでアレンに近づき……


「【巨人殺し(ギガントスレイヤー)】のファンです。サインください」

「……ああ、いいよ」


 門番の言葉にアレンは笑顔で答える。

 そして、彼の差しだしたハンカチにアレンは自身のサインをかいた。







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