5-22 死んだ社畜は行列に並ぶ
地面を整地しながら走ること数日、俺たちはようやく王都にやってきた。
遠目からもその大きさを察することはできたのだが、近くに来るとその大きさを肌で感じることができた。
なんせ、都市全体を円で覆うように石の壁がそびえたっており、左右を見てもまっすぐに見えるほどの距離まで続いているのだ。
しかも、石の壁の高さは推定20メートルほどで、普通の人ならば飛び越えることすらできない。
登ることができたとしても、飛び降りることなどできない高さだ。
当然、うちの領地ではありえない構造である。
さらに驚きなのが、この石の壁があっても外から確認することができる大きな建物が二つほど存在していたことだ。
一つは城──このリクール王国の王族が住んでいる建物だ。
そして、もう一つが教会。
何の宗教かはわからないが、この国の最大派閥の宗教の教会だと推測される。
まあ、俺はあまり宗教には関心がないので行くことはないと思うが……
とりあえず、王都に着いた瞬間も感想である。
俺がなぜそんなことを考えているのかというと……
「はぁ……待ち時間が長いな」
俺たちは王都の門の前で長い行列に並んでいた。
もちろん、これから王都に入る人が審査を受けるための列である。
王都というリクール王国の中でも重要な都市であるがゆえに、きちんと入国審査を行わなくてはいけないのだ。
下手にだれでも入れてしまえば、中では様々な犯罪が起こってしまうからである。
仕方のない事だから文句も言わず並んでいるわけだが……
「全然進んでいる気配がないんだけど……」
「それは仕方がないな。なんせ、全員が全員きちんとした身元を証明する方法があるわけではないんだよ」
俺の感想に横にいたアレンが説明をしてくれる。
思わず呟いていた言葉なので、まさか聞かれているとは思わなかった。
しかし、答えられたのであれば、返事をしないわけにもいかない。
「どうしてきちんと身元を証明するものを持たないの? そうすれば、もっと早く進むと思うんだけど……」
「貴族ならばまだしも平民がそうそう身元を証明するものなど持っているわけがないだろう? そもそもが身元を証明することなど珍しい事なんだから」
「まあ、そうかもしれないけど……」
アレンの言葉に俺は納得できるが、少し腑に落ちない気持ちもあった。
日本であれば、たとえ平民だとしてもしっかりと身元を証明できていた筈だ。
やはりこういう異世界ではそういう部分では不便であると感じてしまう。
まあ、こういうのはない物ねだりではあるのだが……
「冒険者であるならば冒険者カードがあるし、商人ならば商業手形などが発行されているはずだから身元は分かりやすいが、田舎からやってきた人となるとそういう証明するものは普通持っていないんだよ」
「……俺たちも持っていないの?」
アレンの言葉にそんなことを聞いてみる。
答えはわかっているのだが、何となく聞いてみただけだ。
そんな俺の質問にアレンが自信たっぷりに笑みを浮かべる。
そして、服のポケットに手を突っ込み、何かを探すような仕草をする。
「うちは大丈夫だぞ? しっかりと貴族の紋章が入っている馬車に乗っているし、ちゃんとここに紋章が……あれ?」
「どうしたの?」
アレンが驚いたような声を上げる。
俺は少し心配げに聞いてしまう。
何か嫌な予感がする。
「紋章がないんだけど……」
「えっ!?」
アレンの言葉に俺まで驚きの声を出してしまった。
その紋章がないということはうちが王都の中に入るのに時間がかかってしまうということだからだ。
それに気が付いたアレンは慌てて全身をまさぐる。
「やばいぞ。あれを無くしてしまうと、かなり怒られてしまう。すぐに見つけないと……」
アレンはかなり慌てた様子で全身のポケットを裏返す。
だが、中から出てくるのは小さな紙くずや埃ばかりである。
明らかに何も入っていない様子だ。
と、ここで俺はあることに気が付いた。
俺ならば、アレンにそのような大事なものをもたせるのか、と。
「紋章ならちゃんとあるわよ」
「……アレンに持たせているわけないわ」
慌てるアレンにエリザベスとクリスが話しかける。
やはり予想通りだった。
エリザベスの手には小さな箱があり、その中に胸元につけるバッジぐらいの大きさの紋章が置いてあった。
それは馬車に描いてある【一つ目を斬る大剣】の紋章と同じだった。
これはアレンが【巨人殺し】と呼ばれる英雄だからこそ作られた紋章だ。
いつ見ても大層な紋章だと思ってしまう。
「ああ、よかった。なくしたと思ったよ」
「無くしたらいけないから私が持っておく、って言ったわよね? 忘れたの?」
「えっと、そうだったっけ?」
「はぁ……まったく」
アレンのとぼけた答えに呆れたようにため息をつくエリザベス。
その様子を微笑ましそうな顔で見るクリス。
相変わらず仲のいい両親たちである。
「おい、あれってカルヴァドス男爵家じゃないのか?」
「えっ!? 本当?」
そんな会話をしていると、周囲が急にうるさくなった。
辺りを見渡すと、近くどころか少し離れたところからこちらを見られているような感じがする。
決して害意のある視線ではないのだが、何となく居心地が悪い。
おそらくその原因が……
「本物の【巨人殺し】っ!?」
「本当に? 私、実物を見るのは初めてよ?」
「隣にいる女性たちってもしかして……」
両親たちが周囲の視線を独り占めしていた。
その様子に俺は少し不味いのではないかと思ってしまった。
さらに、王都に入るのが遅くなりそうである。
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