1-12 死んだ社畜は兄を焚きつける (改訂版)
「よし、角がとれた」
「ああ、しまった」
シリウスが黒い石を角に置く。
先ほどまで白が優勢だったのに、一気に盤面が黒くなってしまう。
流石である。
「このリバーシって楽しいね。こういう遊びを思いつくなんて、グレインはやっぱりすごいよ」
「そうかな? これぐらいだったら誰でも思いつくと思うよ」
「そんなことないさ。現に今までこの世界にこんな遊びはなかったと思うよ。僕が知る限りでは聞いたこともないし……」
「まあ、そうだろうね」
シリウスの言葉に俺は頷く。
別に俺が発明したわけではないが、地球ではないこの異世界に元々リバーシがあったとは思えない。
ならば、俺がこの異世界においてリバーシを最初に造った人間と言えるのかもしれない。
それならば、シリウスが知らなくても仕方がない。
「……グレインはいいよね」
「なにが?」
突然、シリウスが羨ましそうにそんなことを言ってきた。
それはリバーシを思いついたことについてだろうか?
これは前世の記憶で作ったものだから、そんなに羨ましがられるような頭脳を持っているわけじゃないんだけど……
「グレインは魔法の扱いも上手だし、戦闘も父さんに認められるほど才能があるじゃないか」
「ああ、そのことか……」
シリウスは俺の才能が羨ましいと思っているようだ。
まあ、普通の人から見れば優れているように見えるだろうし、羨ましく思っても仕方のないことかもしれない。
「僕は頭は悪くないけど、戦闘はからっきしだからね。この前もアリスに負けちゃったよ」
「ああ、そういえばそうだったね」
シリウスはあまり運動は得意ではない。
女の子の様に華奢な体で大きな得物を振るうことなどできるはずもないし、性根が優しいせいなのか攻撃をするのにも躊躇しているように見えた。
そのせいでここのところ双子の妹であるアリスに模擬戦で負け続きなのである。
まあ、それはアリスが戦闘面では恐ろしい才能を有しているのも理由の一つではあるが……
「このままだと、グレインが次期当主の有力候補かな」
「どうして? 兄さんがいるのに僕が継ぐとは思えないんだけど……」
「グレインの方が才能があるからだよ。父さんはあまり頭はよくないけど、この領地を繁栄させるために最も効果的な選択をするはずだよ。だったら、僕じゃなくてグレインを選ぶ、それが当然さ」
「……」
シリウスの言っていることは間違いではないと思う。
領地を経営している貴族が次期当主として選ぶのであれば、最低限領地を運営していける力を有し、できるならば発展させる力を持った者を選ばなければならない。
といっても、立派な跡継ぎが産まれるかどうかなど運次第だし、一部ではあるが長男が継ぐべきだという考え方を持つ者もいる。
そんな理由で衰退し、没落した貴族もいるぐらいである。
兄弟の中で最も優秀な人間を次期当主に選ぶ、それができない貴族──つまり、プライドが邪魔しているようなところから潰れていくわけだ。
「とりあえず言うけど、僕は当主になるつもりはないよ」
「えっ? なんで?」
「だって、面倒だし……」
「面倒、ってそんな理由で?」
俺の答えにシリウスが驚きの表情を浮かべる。
まあ、彼からすれば自分がなりたい当主を【面倒】という理由だけであっさりと断られたのだから、驚いて当然だろう。
だが、俺にだって理由はある。
「貴族って責任がいる仕事じゃないか。しかも、領民をまとめ上げるだけでなく、他の貴族と交流しないといけないし……」
「まあ、それが責務みたいなものだし、仕方がないとしか……」
「絶対にやりたくない」
「そんなことをはっきり言わなくても……」
俺の言葉に呆れた表情を浮かべるシリウス。
俺は自分が得ることができる権利を放棄しているのだから、そのような反応をされるのはわからないではない。
でも、俺は前世で社畜だったことが原因で死んでしまったのだ。
異世界に来てまで働きたくない。
働くにしても、せめて楽しいと思いながら金を稼ぎたい。
「でも、父さんに選ばれたらどうするの? 当主直々の指名じゃ断れないと思うけど……」
「その場合は家出するよ」
「家出っ!? そこまで嫌なの?」
「うん」
シリウスが本気で驚いているが、俺にだって選ぶ権利はある。
何が悲しくて貴族なんて面倒なことをやらなきゃいけないんだ。
そういうのはやりたい人がやればいいんだ。
「でも、グレインがいなかったら、カルヴァドス家は……」
「兄さんが継げばいいんじゃないかな? 長男だし」
「そんな理由で継げたら苦労はしないよっ! 妹にすら戦闘で負けるほど弱いんだよ?」
「というか、そもそも貴族の当主に戦闘技術っているの?」
最初から思っていた疑問を聞いてみる。
確かに戦闘ができないに越したことはないと思うのだが、別に弱いからという理由で当主になれないわけはないと思うのだが……
「別にそういうわけじゃないけど、妹に負ける兄が当主になったらどうなると思う?」
「え? ……ただただ戦闘が苦手なのかな、と?」
「舐められるんだよ。妹にすら勝てないような弱い貴族の当主、ってね」
「そういうもんなの?」
「そうだよ」
正直分からない。
人には得手不得手があるのだから、別に妹に戦闘で負ける兄がいてもおかしくはないと思う。
というか、そもそもアリス姉さんが異常なだけだとは思うが……
だが、シリウスは一つだけ勘違いしている。
「でも、うまくやれば兄さんはアリス姉さんに勝てると思うよ」
「えっ!? 無理でしょ」
「そんなことはないよ」
俺の言葉にシリウスは首を振ったが、俺はそれを否定する。
彼は負け犬根性がついてしまっているのか、こと戦闘に関してはかなり自信を無くしてしまっている。
だが、俺だって何の根拠もなく言っているわけではない。
「兄さんは魔法が得意だよね? たしか、氷でいろんなものを作りだせていたと思うけど」
「たしかにできるよ。でも、アリスだって氷属性の魔法を使えるし、向こうの方が威力の高い魔法が使えるよ」
「クリス母さんが言っていたけど、魔力の量が戦闘の強さとすべて同じなわけじゃないんだよ?」
「……たしかにその理屈はわかるけど、それでも僕の魔法は人を攻撃するのには向いていないよ」
「……」
なかなかシリウスは自信を持ってくれない。
そこまでアリスにやられたことがショックだったのだろうか?
普通なら、「なにくそ」と頑張ると思うのだが……
「じゃあ、一回僕の言うとおりにやってみたらいいよ。これができたら兄さんは確実に勝てると思うし」
「えっ!? 本当に?」
「もちろんさ」
驚くシリウスに僕は自信満々に頷く。
たしかにシリウスとアリスを比べれば圧倒的にアリスの方が強いだろうが、だからといってシリウスの方に勝ち目がないわけではない。
うまいことすれば、シリウスにだってチャンスはあるのだ。
「この家の戦闘は父さんがいるせいで偏ってるからね、兄さんが気づかなくても仕方がないと思うよ」
「えっ、どういう……」
「とりあえず、ほい」
(パチッ)
「えっ……あぁっ、一気に逆転されてるっ!?」
「よし、じゃあ行こうか」
「う、うん」
俺は白い石で一気に形勢を逆転させると、シリウスを連れて部屋の外に出た。
兄の威厳を回復するために一肌脱ぐとしますか。
そう思って立ち上がろうとすると……
(ガチャッ)
「シリウス様、グレイン様。紅茶をお持ちしました」
「「……」」
サーラが紅茶の入ったティーポットとクッキーを乗せたお皿を持ち、部屋の扉を開いて入ってきた。
彼女が部屋に入ってきたことで、俺とシリウスは立ち上がろうとした姿勢で動きを止めてしまう。
せっかく外に行こうとしたのに、なんとタイミングの悪い……
まあ、この状況ではすることは決まっている。
「……とりあえず、紅茶を飲んでから行くとしようか?」
「……うん、そうだね」
俺とシリウスは若干気持ちを削がれながら、再び席に着いた。
流石にこの状況でサーラの持ってきたものを無視して、訓練に行こうとは思わない。
「?」
そんな俺たちの反応にサーラは状況を理解できず、首を傾げていた。
だが、それでものほほんとした表情をしているので、本当に困っているようには見えなかったが……
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