5-17 死んだ社畜は断れない
「では、そろそろ出発しましょうか? このままではパーティーに間に合わなくなってしまいます」
「「「「「は~い」」」」」
場の空気が和んだので、アレンがそう告げた。
別にこの程度で間に合わなくなることはないだろうが、ある程度は余裕をもってつくべきなので出発することにしたのだろう。
この世界の道では日本のように常夜灯があるわけではないので月明りでしか照らされておらず、当然ながら夜に移動するのはあまり推奨されていない。
そのため、昼のうちにできる限り進んでおくべきなのだ。
全員がそれを理解しているようで、アレンの言葉に準備を開始した。
「あの」
「ん?」
そんな中、イリアさんがアレンに声をかける。
声をかけられたアレンは少し驚いた顔をしていた。
これから出発するだけというこの状況で話しかけられるとは思わなかったのだろう。
一体、何を話そうとしているのやら……
「そちらの馬車に私も乗っていいですか?」
「……別に構わないが、どうしてかな?」
イリアさんの頼みにアレンが理由を問う。
断る理由はないが、それでも理由は聞いておくべきだと思ったのだろう。
まあ、俺には──いや、この場にいるアレン以外の人間には彼女が何を意図してそんなことを言ったのかは理解できているだろう。
だが、相手は公爵家令嬢ということでそれを表立って指摘することは難しいのだ。
そんな状況でも臆せずイリアさんは言葉を発する。
「こちらの馬車に乗っていた方が安心だからです」
「ほう?」
イリアさんの言葉にアレンがさらに驚いたような反応をする。
予想外の答えだったからだろう。
まあ、俺にとっても予想外の答えだったが……
そんなことを考えていると、イリアさんが説明を続ける。
「私は曲がりなりにも公爵家の人間です。当然、乗っている馬車にも公爵家の人間であるという紋章が描かれています」
「ええ、そうでしょうね。うちの馬車にも男爵家の紋章が描かれていますから……」
「ということは、盗賊が襲い掛かってきた場合にまず狙われるのは公爵家の馬車ではないでしょうか?」
「ん? そうでしょうか?」
イリアさんの言葉にアレンが疑問の声を上げる。
彼からすれば、公爵家よりも男爵家という弱い方から狙うと考えていたのかもしれない。
普通の戦闘であれば、そうするべきなのかもしれない。
一番強い者を先に倒すという考え方もあるが、それよりも多数の雑魚から倒して強い相手と戦いやすくするべきだという考え方もあるのだ。
まあ、そこの考え方は十人十色である。
「おそらく盗賊のような人間はあまり貴族について詳しくないと思われます。紋章を見てもどこの誰かなどもわかっていないことが多いと思われます」
「……たしかにそうかもしれませんね。いまどきは平民でも貴族だとはわかっても、どこの貴族かわからないこともあるでしょうしね」
イリアさんの説明にアレンが納得する。
彼女の言っていることは別に間違いではないからだ。
だからといって、決めつけていいものではないと思うが……
「ですが、カルヴァドス男爵家となれば話は別です」
「えっ?」
イリアさんの言葉にアレンは突然呆けた声を出してしまう。
この状況でカルヴァドス男爵家の名前を出されると思っていなかったのかもしれない。
いや、そこは想定してしかるべきだろう。
明らかにカルヴァドス男爵家だからこそ今回の提案を出していたのだから……
「なんせ、かの【巨人殺し】の一族の馬車ですよ? 一介の盗賊でも知っていると思いますが?」
「がはっ」
イリアさんの言葉にアレンがその場に崩れ落ちた。
それはそうだろう。
自分の黒歴史並みの二つ名をはっきりと告げられたのだ。
恥ずかしくなって当然である。
しかし、そんなアレンの様子を意に介さず、イリアさんは話を続ける。
「たとえ盗賊でもカルヴァドス男爵の武勇を一度は聞いたことはあるでしょうし、そんな相手に略奪をしようとは思わないでしょう」
「うぐ……」
「もしかしたらサイクロプスと同じように自分たちも倒されてしまうのではないかと思うんじゃないでしょうか?」
「いや、それは……」
イリアさんの言葉にアレンが少し慌てたような雰囲気になる。
そこははっきりと否定するべきではないだろうか?
たしかに盗賊がカルヴァドス男爵のことを知っているかもしれないが、流石に自分たちが同じように殺されるとは思わないだろう。
まあ、そもそも襲い掛かろうとは思わないだろうが……
「というわけで、こちらの馬車の方が安全でしょう。お願いできますか?」
「……わかりました」
先ほどの精神攻撃が効いたのか、アレンはあっさりとイリアさんの提案を受け入れてしまった。
弱い、弱すぎるぞ、アレン。
その様子を見ていたうちの大人たちは笑いをこらえている。
たしかに自分の子供たちぐらいの少女に言い負かされている姿はおかしいかもしれないが、少しは擁護ぐらいしてあげようよ。
アレンがかわいそうである。
まあ、俺も擁護していないので、人のことは言えないわけだが……
「グレイン殿」
「はい?」
と、そんなことを考えていると、老紳士がいつの間にか俺の背後にいた。
彼の後ろにはイリアさんに最後まで付き添っていたメイドさんもいた。
どうやらすでに出発の準備は終わったようだ。
一体、どうしたのだろうか?
「お嬢様の事、よろしくお願いしますね」
「……」
彼は俺に頭を下げてきた。
やはり彼はイリアさんがどういう意図でうちの馬車に乗ろうとしているのか気付いているようだった。
まあ、よく考えなくてもわかることだろう。
アレンは気づいていないようだが……
返事をしない俺に気付いてかはわからないが、老紳士は話を続ける。
「普段はあまりわがままを言わないお嬢様が自分からやりたいことを言いだしたのです。我々としては、ぜひそれを叶えてあげたいと思っています」
「……」
「グレイン殿も気付いていますよね?」
「……ええ、もちろん」
老紳士の質問に俺は諦めたように返事をする。
俺だって馬鹿ではない。
自分に向けられた感情ぐらい気付いている。
しかし、だからといってそのすべてを受け入れることができるほど俺の器は大きくないのだ。
「すべてを受け入れてください、とは言いません。ですが、お嬢様が納得するまでは、ぜひ……」
「ああ……いいですか?」
「なんでしょう?」
俺が途中で話を遮ったので、老紳士が怪訝な表情を浮かべる。
そんな彼に俺ははっきりと告げた。
「彼女の思うようにさせてあげようとは思いますが、今回のことについては徒労だと思いますよ?」
「どういうことですか?」
俺の言葉に老紳士の表情はさらに怪訝そうなものになった。
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