5-16 死んだ社畜は悩む
「……というわけで、先ほど助けたイリアさんです。また盗賊に襲われる可能性があるかもしれない、ということで同行したいそうです」
「初めまして、イリア=キュラソーです。よろしくお願いします」
俺の後にイリアさんが元気よく自己紹介する。
そんな俺たちの様子にその場にいた人物たちはぽかんとした表情を浮かべる。
いや、二人ほど笑いをこらえている奴がいるな。
あとでエリザベスに言いつけてやる。
徹底的に怒られてしまえ。
そんなことを考えていると、正気を取り戻した父さんが口を開く。
「えっと、一ついいかい?」
「なんでしょうか?」
「キュラソーというとあのキュラソー公爵家の方ということですか?」
「ええ、そうですよ。私は現当主の長女です」
「なっ!?」
質問の答えにイリアさんが笑顔を浮かべ答える。
というか、そんなにあっさりと答えていいのだろうか?
彼女は自分の立場の影響力を理解しているのだろうか、そんな心配をしてしまう。
「「「申し訳ございません」」」
そんなことを考えていると、アレンとエリザベスとクリスの三人が膝をつき、謝罪の言葉を発した。
圧倒的に上の立場の人間なので、それも仕方のない事なのかもしれない。
しかし、気になることが一つ。
その謝罪の言葉は自分たちが敬った態度を取っていないことに対してなのか、それとも俺たちがイリアさんたちに何か迷惑をかけた可能性があることに対してなのか?
いや、この場合は両方と考えるべきか……
「頭を上げてください。今回の私は助けてもらった側ですので、その家族の方に頭を下げられるのは申し訳ないですよ」
「で、ですが……」
イリアさんの言葉にアレンが申し訳なさそうにする。
まあ、いくら助けた側の人間とはいえ、公爵家の人間相手にそう簡単に対等に話すことなどできるはずがない。
普段はあまり貴族の階級などに頓着しないアレンでも流石に公爵家がどれほどすごい相手かはりかいできているようだ。
まあ、普段は王族とため口を聞いているわけだが……
そんなアレンにイリアさんが笑顔で答える。
「あのアレン=カルヴァドスがこのような小娘相手に頭を下げないでください。このような話が出回れば、貴方の評判を落とすことになりますよ?」
「……別にこの程度で落ちるような評判などいりませんよ。元々、貴族の称号自体私にとって過ぎたものですから」
「まあ、ご謙遜を」
アレンの言葉にイリアさんが驚いたような表情を浮かべる。
しかし、実際にはあまり驚いていないように感じる。
鋭い彼女のことだから、アレンの言葉が謙虚な心構えからのものではなく本心からの言葉であることを察しているだろう。
別にそれを指摘する必要はないので、放っているようだ。
「ですが、流石に公爵家の人間からの申し出を断るわけにもいかないので、私も息子に倣いましてイリアさんと呼ぶことにしましょう」
「ええ、ありがとうございます。いくら身分が上とはいえ、大人から様付で呼ばれるのはあまり気分がいいものではないので……」
「大変みたいですね」
「本当ですよ」
アレンの同情の言葉にイリアさんが頷く。
これは完全に本心であることは俺でもわかる。
ついでに言うと、立場は違えどアレンにも似たような経験があるのだろう、彼も頷いている。
「それで、盗賊に襲われたということですが、大丈夫ですか? 怪我人などはいらっしゃいますか?」
「怪我人については応急処置をしたおかげで重傷者はいません。ですが、一人だけまだ完全に怪我が回復していませんね」
「……グレインが治療したのですね? 相当の深手を負っている場合は完治はできないでしょうね」
イリアさんの言葉を聞き、アレンが状況を把握する。
完全に彼の想像通りである。
俺にも一応魔法で回復を行うことができるが、あくまで応急処置レベルでしかできない。
軽傷であるならば完全に治すことはできるが、大きめの切り傷や骨折以上の怪我となってくると完治させることは難しくなってくる。
本当に応急処置レベルのことしかできないわけだ。
二人がそんな会話をしていると、イリアさんの後ろから老紳士が話しかける。
「お嬢様、私は大丈夫ですよ?」
「爺や!」
「年老いたとはいえ、かつては鍛えていた身体です。応急処置さえしていただければ、後は自分で治すことはできますよ」
「で、でも……」
自信満々の老紳士の言葉にイリアさんは言葉を返すことはできない。
普段から世話をされているせいで、強く言い返すことができないのだろう。
しかし、老紳士の言っていることはやせ我慢であることは彼女もわかっているだろう。
現に俺からでも彼の表情が青ざめており、痛みにこらえていることがわかる。
俺にもわかるのだから、当然アレンにも伝わっており……
「レヴィアさん」
「はい」
アレンはレヴィアの名前を呼ぶ。
呼ばれたレヴィアは老紳士に近づいた。
そして、彼女は両手を老紳士の傷口あたりに翳した。
「なにを……」
「癒しの光よ 彼の者を癒せ 【ヒーリング】」
(ボワッ)
いきなり近づいてきたレヴィアに老紳士は反応するが、その前にレヴィアの魔法が老紳士を包んだ。
すると、驚いた表情の老紳士の顔色がどんどん良くなってくる。
自分の体の調子が良くなったことを感じたのか、彼はパンッと傷口を叩いた。
完全に傷が治っていることに気が付き、再び驚きの表情を浮かべる。
うん、気になったのは仕方のないことかもしれないが、流石に傷口を叩くのは駄目だと思う
確認するのであれば、服をめくるぐらいでよかったのではないだろうか?
そして、老紳士はレヴィアに視線を向ける。
「これは【回復魔法】ですか? まさかお嬢さんみたいな少女がこのレベルの魔法を使うとは……」
「私は魔族ですから、普通の人間の子供よりは魔法をうまく使えますよ? 例外はいますけど……」
老紳士の言葉にレヴィアが微笑みながら答える。
彼女が初対面の人を相手にここまで話すことができるとは……成長したな、と思ってしまう。
しかし、言葉の端に棘を感じるのは気のせいだろうか?
自身の魔法に自信を持っているのだろうが、明らかにそれ以外の感情を持っているように思う。
なんか周囲の視線が俺に向かっているし……
「ほっほっほっ。たしかにお嬢さんは魔族でしょうが、それでも十分にすごい魔法ですよ。流石は魔王様の御令嬢ですな」
「えっ!? なんで?」
「どうしてわかったか、でしょうか? この集団はカルヴァドス男爵家関連の人しかおらず、その中で魔族となると魔王様の一族と推測できるわけですよ。逆に獣人の場合は獣王様の御家族ということになりますな」
「な、なるほど……」
老紳士の言葉にレヴィアが素直に驚く。
だが、そこまで驚くようなことではないだろう。
これがまったく知らない相手が俺たちのことを知っていたのであれば驚きもするだろうが、事前に俺たちの情報を理解している相手がこの程度のことをしても特に驚きもしない。
まあ、出来ない奴の方が多いだろうがな。
「とりあえず、怪我を治していただきありがとうございます」
「いえ……私にはそれぐらいしかできませんので……」
「ほっほっほっ、謙虚なお嬢さんですな。このようなお嬢さんと縁ができて、私は嬉しいですな」
「ええっ!?」
老紳士の言葉に今度は本気で驚くレヴィア。
うん、素直なのはいいが、冗談ぐらいはわかって欲しい。
完全にこの老紳士はレヴィアをからかっている。
悪意でいじめているのではないが、レヴィアの反応を見ていたずら心が湧いたのだろう。
まあ、わからないでもないが……
そんなことを思っていると、老紳士にイリアが話しかける。
「爺や……若い子に色目を使わないでよ」
「おお、お嬢様、もうしわけございません。決してお嬢様と比較して可愛らしいと思ったわけではないですよ?」
「……もう一回、傷を作られたいのかしら?」
「ほっほっほっ、冗談ですよ?」
イリアさんの言葉に老紳士が朗らかに笑う。
どうやら彼女も老紳士には勝てないようだ。
年の功という奴だろうか、この老紳士に対して俺は少し警戒心を持つようにしようと思ってしまった。
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