5-15 死んだ社畜は逃げられない
「それでどうしてあんな変な仮面をかぶっていたのかしら? 助けてもらった時には気にならなかったのだけど、安心したらものすごく気になったわ」
「えっと、それは……」
イリアさんが本気で気にした様子で俺に質問してくる。
いきなりの質問に俺は言い淀んでしまう。
いや、別に答えることができないような理由ではない。
ただただ、顔がバレないようにしたかったので、仮面をつけていただけなのだ。
しかし、その理由を彼女が理解できるかどうか……
「むむむ?」
俺が言い淀んでいる様子を見て、イリアさんは何か考えているようだ。
睨みつけるような視線はまるで蛇に睨まれているように感じ、あまり気分の良いものではない。
綺麗な女性だからこそ、よりその様が怖く感じてしまう。
そんなことを考えていると、イリアさんは何かに気が付いたように言葉を発した。
「もしかして、あれをオシャレだと思っているの?」
「え?」
彼女の言葉に俺は思わず呆けた声を出してしまう。
言っている内容が理解できなかったからだ。
しかし、そんな俺を気にした様子もなく、彼女は話を続ける。
「助けてもらっておいて言うのもなんだけど、あの仮面はあんまりセンスが良いものじゃないわよ。子供が造ってももう少しかっこいいか可愛いものができるんじゃないかしら?」
「いや、ちょっと……」
「別に人のセンスに文句を言うつもりはないけど、人前につけていくんだったらもう少し考えた方が良いと思うわ」
「それ、かんちが……」
彼女の言葉に俺はなかなか反論することができない。
いや、彼女の言わんとしていることはわかる。
俺の創った仮面のセンスが悪いというのは偽りのない事実なんだろう。
俺は自分にそういう美的センスがあるとは思っていないし、他人がそう言ったのであればそれが事実であると思っている。
それを伝えたかったのだが、彼女が早口に話すので俺は間に割って入ることができないのだ。
「「(ブフッ)」」
ふと何かが噴き出る音が聞こえた。
音のした方を向くと、リオンとルシフェルが口元を押さえて下を向きながら肩を震わせていたのだ。
あれは完全に笑っているな。
おそらくイリアさんの言った内容について笑っているのだろう。
なんかムカつくな。
だが、二人が笑ったおかげで俺は理由を告げることになんら躊躇する理由はなくなった。
「なんなら助けてくれたお礼に一緒に買い物に……」
「あの、いいですか?」
「? どうしたのかしら?」
とりあえず、彼女の早口を止める。
なぜか買い物に行くことになりそうだったようで、早めに止めることができてよかった。
女の子と買い物に行くことになるのは流石に婚約者たちに申し訳ない。
別にイリアさんにそういう感情を抱くことはないだろうが、一緒に出掛けたということで後で怒られそうだ。
まあ、そうならないように理由を告げよう。
「とりあえず、あの仮面をつけていた理由は正体を隠すためです」
「正体を隠す?」
「ええ、そうです。あちらの二人──獣王と魔王が人間の国で暴れたという話が広まるのはあまり良くない事態です。なので、二人の正体がバレないように一時しのぎで仮面を造りました」
「まあ、わからないでもない話ね。いくらリクール王国と友好国とはいえ、他種族に嫌悪感を持っている貴族は少なくないわ。そういう輩からの攻撃を避けるためにしていたわけね」
「ええ、そういうことです」
どうやらイリアさんは頭がキレるようだ。
俺が軽く説明をしただけで、その意図を汲んでくれる。
話していて非常に楽である。
アリスなんか俺が何度丁寧に説明しても、なかなか理解してくれないことが多いのに……
「でも、どうしてグレイン君も仮面を? 二人を隠すためだったら、いらないんじゃ……」
「僕の顔がバレていたら、そこからいろいろと推測できるでしょう? カルヴァドス男爵家つながりの獣人や魔族という情報で二人に行きつく可能性も無きにしも非ずですから」
「そうね。ない事じゃないわね」
「分かっていただき、ありがとうございます」
イリアさんが理由を理解してくれて、俺は安堵の息を吐く。
しかし、安心できたのも一瞬だった。
「でも、あれを作ったのはグレイン君なのよね?」
「え?」
突然のイリアさんの言葉に俺は再び呆けた声を出すことになった。
え、これで質問は終わりじゃないの?
「あの仮面を買ったわけではないみたいだけど、作ったのだったらそれはそれで問題よ」
「えっと……」
なんか話がおかしな方に進みそうだ。
俺の頭の中は嫌な予感で一杯である。
「仕方がないわね。とりあえず、ある程度美的感覚を治すために一緒に買い物でも……」
「あっ、そういえば父さんたちを待たしてたんだ。では、これで……」
イリアさんの話をぶった切り、その場から逃げようとしたのだが……
(ガシッ)
「へ?」
俺の逃走はあっさりと遮られた。
俺が動く前に服の襟を掴まれたのだ。
「おいおい。助けた相手をこのまま放っておくわけにはいかないだろう」
「そうですよ。流石にこのまま戻ったら、私たちも怒られることになるでしょう」
振り向くと、そこには呆れた表情を浮かべるリオンとルシフェルの姿があった。
どうやら俺の服の襟を掴んでいるのはリオンの大きな手のようだ。
俺はそれを確認し、逃走を諦めるしかなかった。
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