5-14 死んだ社畜に新たなお友達?
「私の名前はイリア。イリア=キュラソーよ」
少女──イリアが自信満々に自己紹介をする。
普段から自己紹介をすることになれているのだろう、その所作には一切のためらいもなかった。
だが、それよりも気になることがあった。
「というと、あのキュラソー家ですか?」
「ええ、もちろんよ」
俺の質問に自信満々に答える。
おそらく誇りに思っているからこそ、そのように振る舞っているのだろう。
俺はすぐさま地面に膝をつく。
「無礼な発言、申し訳ございません。キュラソー公爵家の御令嬢にあらせられるとは思いませんでした」
俺は膝をついたまま謝罪の言葉を発する。
キュラソー公爵家は先代国王の弟の一族の家系で、現王家とは親戚関係にある。
公爵家は貴族の中では最も位が高く、当然男爵家の次男程度の俺が対等に話すことができる相手ではない。
しかし、まさかこんなところで出会うとは思わなかった。
「頭を上げなさい、グレイン君」
「で、ですが……」
「あげなさいと言っているのがわからないのかしら? 恩人に向かってこのような命令をさせないで」
「は、はい」
イリア嬢の命令に俺は仕方がなく頭を上げる。
正直、先ほどの言動とかを考えると顔を合わせることすら恐れ多いのだが、それでも公爵家の令嬢に命令をされれば頭を上げざるを得ないわけだ。
俺が顔を上げると、彼女はさらに命令を下す。
「あと、立ちなさい。公式の場とかじゃないんだから、同じ目線になっても問題はないはずよ」
「……はい、わかりました」
俺はゆっくりと立ち上がる。
正直、内心は気が気ではない。
なんせ目の前にいるのは俺のようななんちゃって貴族の子供ではなく、公爵という国内最高位の貴族の令嬢なのだ。
一つの失敗が不敬罪などにつながる可能性だってあるわけだ。
そんな風におどおどしていると……
「何をそんなに怖がっているのかしら? 恩人に対して酷い事をしたりしないわよ?」
「い、いえ……私のような下賤な身の上で公爵家の方と話すのは恐れ多いというか……」
「敬語はやめなさい」
「で、ですが……」
「やめなさい、と言っているのよ。正直、恩人に敬語で話されるのは落ち着かないわ。普段通りの話し方でいいわ」
敬語を使う俺にイリア嬢がそんな命令を下す。
だが、俺としては公爵家の人間にそのように話すのはきつい。
なんとかして言い訳をしないと……
「一応、目上の方には敬語で話して……」
「そちらの二人には割とフランクに話していたわよね? どっちも王族……どころか、王様のはずなのに」
「うぐっ!?」
イリア嬢の言葉に俺は反論することができない。
そういえば、俺がリオンとルシフェルと会話している姿を目撃されていた。
この二人はたしかに獣人、魔族の王様であり、俺に比べれば格段に身分が上の人種だ。
本来ならばあのように話すことなどできないのだが、アレンと仲が良いのと昔からの付き合いのせいでフランクに話すようになってしまったわけだ。
そこをつかれると痛い。
そんな俺に老紳士がこそっと話しかけてくる。
「グレイン様、どうか普通に話していただけますか?」
「え? ですが……」
「お嬢様は公爵家令嬢という肩書のせいで幼いころから対等な友達ができませんでした。基本的に周りにいるのは公爵家と縁を結びたいという打算から近寄ってくる貴族の子弟たちだけです」
「まあ、ありえない話ではないですね」
「ですが、今回はお嬢様にとって友達ができる千載一遇のチャンス。是非ともグレイン様にはお嬢様と対等に話してもらいたいのですよ」
「……」
老紳士の言葉に俺はどうするべきか悩んでしまう。
彼の言っていることはもっともではあると思うが、だからといってたかだか男爵家の次男が公爵家令嬢相手にそのような振舞いをしていいのだろうか?
あと、先ほどの発言で老紳士にイリア嬢は鋭い視線を向けている。
友達がいない、という話は余計だったのではないだろうか?
と、そんな風に黙っていると別の場所から助け船が渡される。
「嬢ちゃんの言うとおりにしてやんな、グレイン」
「そうですよ。かわいそうじゃないですか」
「リオンさん……ルシフェルさん……」
二人はイリア嬢の味方のようだ。
しかし、なんで味方をしたのだろうか?
「俺たちの娘だって友達が少ないんだ。お前だったらわかるだろう?」
「ええ、そうですよ。立場が高いせいで友達が少ないということは君にもわかるでしょう? まあ、娘たちに関してはそれ以外にも原因はありますけど……」
二人は俺に諭すようにそんなことを言ってくる。
言っていることはもっともであるが、それは実の娘たちに言うことはできないだろう。
そんなことを言ったら、絶対に怒られるぞ?
むしろ「お父さん、嫌い」とか言われるレベルだと思う。
だが、二人の言っていることは正しいのは理解できた。
仕方がないので受け入れることにした。
俺はイリア嬢に向き直る。
「……たしかにそうですね。……これでいいかい、イリアさん?」
「ええ、もちろんよ。これでようやく話しやすくなったわね、グレイン君?」
俺がフランクに話したことでイリア嬢が笑顔を浮かべる。
そこには先ほどの悪魔のような笑みではなく、少女らしい嬉しそうな笑みだった。
思わず見とれてしまいそうになった。
「うっ……とうとうお嬢様にもお友達が……」
それを見ていた老紳士が目頭を押さえている。
メイドや護衛も同様の反応をしていた。
いや、まだ友達にはなっていないんだけど?
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