5-8 貴族の少女は盗賊に襲われる
(???視点)
(ズバッ)
「がはっ」
最後の護衛が袈裟懸けに斬られ、うつ伏せに倒れる。
倒れた護衛から赤い液体が広がり、地面に染みをつけていく。
その様子からかなりまずい状況であるとわかる。
早く応急処置をするべきだが、私にはその技術がなかった。
他の人に任せるべきだが、あいにく他の護衛たちも同様に倒れてしまっており、どうすることもできない。
私が困っていると、先ほど護衛を倒した男が下品に笑う。
「ぎゃははっ、弱いな~。貴族の護衛だったらもう少し手ごたえがあると思ったが、あっさりと勝っちまったぜ」
「「「「「がははははっ」」」」」
「くっ」
男の言葉にその仲間たちも下品に笑う。
私は思わず苦悶の表情を浮かべる。
おそらくこの男たちは盗賊──貴族や商人を襲う犯罪者の集団だ。
知識としては知っていた。
町や村を離れたところにはこのような無法者が住み着いており、道行く人たちに襲い掛かって金品を奪っているらしい。
しかし、まさか私がその被害に遭うとは思わなかった。
貴族の一員であり、それなりの権力を持っているので、馬車にある紋章を見ることで盗賊たちも馬鹿でなければ襲ってこないはずだった。
襲ってきたとしても、雇った護衛がどうにかしてくれると思っていた。
けれど、実際には盗賊に襲われ、護衛たちも倒されてしまった。
まさに万事休すである。
「おぉ、少々幼いが、中々の美人じゃねえか。久々に楽しめそうだ」
「ひっ!?」
護衛を倒した男──集団の中で一番強そうな男が私の全身を舐めまわすように下卑た視線を向ける。
その視線が気持ち悪く、私は全身を震わせる。
貴族の中には権力でなんでもできると思い込み、金と女にかまける駄目な貴族が同様な視線を向けることがあった。
今までの私はそのような視線を向けられても、気にすることはなかった。
視線を向けられるのは私の女性としても魅力が優れているということだし、そういう視線を向けられたとはいえ私に手を出すことができる者などそうそう居ない。
しかし、この男の視線を受けて、私は怯えてしまった。
なぜなら、今の私にこの男たちを止める術がないからだ。
自衛のための護身術も習っているし、初級の魔法ぐらいは使うことができる。
だが、今の状況では全く役に立たない。
すぐに無力化され、盗賊たちの慰み者になるのがおちだ。
「ボス、やめてくださいよ~」
「何がだよ」
「ボスは女を攫って来ても、すぐに壊すじゃないですか~。ボスの方が偉いから先に抱くのは当然だと思いますけど、後の人のことを考えてください」
「そうですぜ。流石に死体を抱いても楽しくはないんですよ。むしろ温かみのある女を抱きたいですよ」
「まあ、気が向いたら生かしといてやるよ。俺は恐怖におびえる女をいたぶりながら犯し、殺すことが好きだからな」
「「「「「え~」」」」」
ボスと呼ばれた男が下卑た笑いを浮かべながら、とんでもないことを言っている。
部下たちはそのボスの言葉に嫌そうな表情を浮かべるが、誰も本気で止めようとはしていない。
できれば殺すことを避けたかったが、だからといって自分が危険にさらされるつもりはない、といったところだろうか?
しかし、盗賊たちの話が本当なら、私は本当にまずい状況ではないだろうか?
このままでは男にいたぶられながら犯され、そして殺される。
しかも、殺された後も男たちの慰み者になってしまうのだろう。
貴族の娘として、それだけは避けたかった。
「させませぬぞっ!」
「あぁっ?」
私と盗賊たちの間に誰かが割って入った。
ボスと呼ばれた男は凄みのある顔で睨み付ける。
だが、現れた人物はその表情に臆しながらも、はっきりと宣言する。
「お嬢様はお前たちのような下郎が近づいていい存在ではない。早急にここから立ち去れっ!」
「爺やっ」
それは私の教育係兼執事の爺やだ。
元々は先代当主だった祖父の執事だったが、祖父が亡くなったのを機に私の専属の執事になった。
礼儀作法に厳しく、しょっちゅう厳しく叱られたが、私は彼のことは嫌いではなかった。
私のことを真剣に考えてくれ、常に私の幸せを案じてくれていたからだ。
叱るのも私のため、そういう思いがあったからこそ素直に受け入れ、私はここまで育つことができた。
まあ、性格は自分でも少し曲がってしまっていると思っているが……
爺やは腰を抜かす私の前で背筋を伸ばし、立っていた。
しかし、後ろから見ていて気が付いた。
爺やの全身が震えていることに……
「おいおい、爺。震えているぜ? 怖いんじゃないのか?」
当然、盗賊たちも爺やの状態に気が付いていた。
ニヤニヤとした笑いを受けながら、こちらを見ていた。
いつでも殺すことができる、そんな風に考えているのかもしれない。
「お嬢様、早くお逃げください」
「お嬢様、こちらです」
「えっ!?」
爺やがこちらを軽く振り向いて告げると、いつの間にか現れたメイドが私を起き上がらせようとする。
しかし、腰を抜かした私はなかなか起き上がることはできない。
「逃がすと思うか?」
そんな私たちの行動に盗賊たちは逃げ場を無くそうとする。
しかし、そんな盗賊に向かって爺やは攻撃を仕掛ける。
「風の刃よ 彼の者を断ち切れ 【風刃】」
「「ぎゃっ」」
爺やの放った魔法が盗賊たちを切り裂く。
致命傷ではないだろうが、それでもかなりのダメージを与えている。
攻撃を受けた盗賊たちは痛みのあまり地面に転がる。
これはもしかして……そう思った矢先──
(ドスッ)
「ぐふっ」
「やってくれたな、爺」
「えっ!?」
気が付くと、爺やの背中から一筋の刃が突き出ていた。
ボスと呼ばれた男が刺したのだと気が付くのに、少しだけ時間を要してしまった。
「まさか魔法が使えるとは思わず、少し油断しちまった。まあ、これで終わりだろうがな」
「爺やっ」
男がそう呟きながら剣を抜くと、爺やは仰向けに地面に倒れる。
思わず叫ぶが、爺やは震えながら虚ろな目で私に話しかけてくる。
「お嬢様……お逃げ……ください」
「爺やを置いてなんていけないっ!」
爺やの言葉を私は拒絶する。
私が生きるために爺やを置いていく、そんなことできるはずがない。
メイドは私が逃げるように諭そうとするが、私は受け入れることはなかった。
私は震える体にムチを打ち、爺やに寄り添った。
「ほほ……立派になられましたね。他者を思いやることができるように育ったこと、爺やは嬉しく思いますよ」
「爺やっ、しっかりして」
爺やは力なく笑う。
徐々に彼の全身から力が抜けていくのを感じる。
もはや彼の命は風前の灯のようだ。
「感動の所悪いが、おいぼれにはとっとと死んでもらおうか」
そんな私たちの様子を見ていた男が倒れた爺やに向かって剣を振りかぶる。
「っ⁉」
死の恐怖を感じ、私は爺やを抱き締める。
盗賊たちの狙いは私であり、傷つけることを嫌って攻撃するのを止める算段もあった。
金目当てなら止めることはないだろうが・・・・・・
………
……
…
「あれ?」
私は痛みがまったく感じないことに気が付き、思わず声を漏らす。
もしかして、死んでしまったのだろうか?
そうならば、痛みが感じないのも不思議は……
そんなことを思いながら顔を起こすとおかしな光景が視界に入ってきた。
「えっ!?」
そこには三人の男がいた。
いや、正確に言うならば二人の男と一人の男の子だろうか?
変な仮面をつけているのでどのような顔かはわからないが、それでも男であること、大人と子供の判断はついた。
そして、なぜか子供が口を開いた。
「さて、盗賊さん。投降するなら、今のうちだよ?」
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