5-5 小さな転生貴族は川辺で休む
8/14に更新しました。
リオンさんと話しながら走り数十分、ようやく馬車に追いついた。
大した距離ではないが、追いつくのに時間がかかったのはかなりの時間グロッキーだったからだろう。
もう馬車には乗らない、と心に誓った。
ティリスとレヴィアに文句を言われたが、何と言われようと俺が馬車に乗ることはない。
その後、エリザベスから説教を受けた。
原因はもちろん俺が魔法で造った道の件だ。
俺の魔法がおかしいのは今さらだが、想像以上にややこしい話になっていた。
出発から数時間程度しか経っておらず、俺たちはまだカルヴァドス男爵領のため、領地を出るのはまだ数日はかかる。
カルヴァドス男爵家の人間なので事後承諾でも十分であり、勝手に道を造るのは問題ではない。
しかし、これが領地を出てからは話が変わってくる。
流石に余所の道を勝手に改装するわけにはいかない。
他の領地に入った場合に問題が起こるわけだ。
いくら貴族とはいえ余所者が勝手に領内の道を改装できるはずがなく、男爵領を出たらこの魔法を使わないよう釘を刺された。
俺への説教は終わり、エリザベスの説教はリオンさんに矛先が移った。
俺を馬車から危険な方法で降ろした件だ。
いくら俺が苦しそうでも、走っている馬車の窓から引っ張り出すのはやり過ぎだった。
馬車を止めてから降ろすぐらいの配慮はすべきである。
この件の被害者は俺だが、そそくさとその場から立ち去った。
途中で助けて欲しそうな視線に気付いたが、心苦しい思いをしながら無視をした。
下手に助けて藪蛇になっても困る。
休憩場所から少し歩くと小川があった。
休憩時に水分も取る必要があり、近くに水場がある場所を選ぶべきなのだ。
川は見ていると、気分が落ち着く。
この世界の川はどこもかなり綺麗だ。
地球にいた頃に綺麗な川の映像がテレビで流れていたが、それは綺麗な川が珍しいからだろう。
田舎の方で川が綺麗なのは当然だが、都会になるほどどんどん川が汚くなっていく話はよくある。
有名どころでは大○の道○堀はかなり汚い事で有名であり。
なんせ底どころか液面付近も見えないほど濁っているらしい。
あそこまで汚れているからこそ、何でも捨てたり、飛び込んだりするのかもしれない。
地元のチームがリーグ優勝したときに飛び込んだり、白髪白髭がトレードマークのお爺さんの人形が投げ捨てられたなんてニュースもあった。
とりあえず、この川の水は非常に透き通っており、底で泳いでいる魚もしっかり確認できる。
俺はできる限り近づき、水にそっと指をつける。
「おおっ!?」
予想以上の冷たさに驚き、声を漏らす。
まさかこんなに冷たいとは思わなかったが、決して嫌な冷たさではなく、むしろ気持ちいい。
俺は両手で水を掬って、口に運ぶ。
走った後なので、その冷たさが全身にしみわたる。
ちょうどいい大きさの岩に腰を下ろし、ゆっくりと流れる小川をぼんやりと見る。
「おや、グレイン君?」
背後から声をかけられる。
振り向くと、ルシフェルさんがいた。
「どうしたんですか?」
「いえ、馬車で移動中にも水を飲めるように汲んでおこうと思いまして」
「ああ、なるほど」
背後にある樽を見て、俺は納得する。
旅に水の存在は重要だ。
馬車に乗っているため体をあまり動かさないが、それでも喉は渇く。
馬車に水は積んでいるが、消耗品であるので補充する必要がある。
「魔王様が直々に水を汲むんですね」
「ははっ、たしかにおかしいですね」
「アビスの国民が知ったら大変なことになると思いますよ」
「たぶん驚かないでしょうね」
「どうしてですか?」
俺は首を傾げる。
仮にも自国の王が雑用を押し付けられているのだから、国民も驚いて当然のはずだ。
過激な者ならば、雑用をさせた者に攻撃しようとするんじゃないだろうか?
「そもそも魔王である私に命令する者などほとんどいない。できるのはアレンやリオンぐらいだね」
「まあ、そうでしょうね」
「アレンやリオンはどこの国でも英雄として有名だから、魔王である私に命令してもおかしくないと思われている」
「ああ、そういうことですか……」
説明を聞いて、納得できた。
王様だとしても、昔からの仲間──しかも、英雄だったら命令できるだろう。
上から下ではなく、同格に対して頼むわけだ。
前者だったら怒ってもいいが、後者ならば問題はない。
受け取り側の善意で行動しているのだ。
前世で社畜だった俺にはそんな知り合いなどおらず、羨ましく思う。
頼んでくれたのならやる気は出るが、どうして上から命令口調で言うのだろう。
嫌なことを思い出し、思わずため息をついてしまう。
「そういえば、またすごい魔法を使ったみたいだね? 道を整備するとは、さすがグレイン君だ」
「いや、ルシフェルさんもできるでしょう?」
「たしかにできるね。でも、明らかに君の方が異常だよ。なんせ魔法が得意な魔族すら一般的にできないことを人間の子供が平然とやってるんだから」
「……そこまで異常ですか?」
「うん、そうだね」
俺が不審げな表情を浮かべるが、ルシフェルさんはあっさりとそう言った。
異常なことは自覚しているが、こんなにあっさりと肯定されるとは・・・・・・
しかも、笑顔で答えられたので余計にショックを受けてしまう。
「まあ、それぐらいの方が義理の息子として誇らしいかな」
「ルシフェルさんもそんなことを言いますか?」
「うん? 私もということは、リオンも言ったのかい?」
「はい。走りながら言われましたよ。じゃじゃ馬の婚約者になってくれてありがとう、と」
リオンさんとの話をルシフェルさんにする。
別に隠すべき話でもないし、別に構わないだろう。
それを聞いたルシフェルさんも笑顔を浮かべる。
「なるほど。たしかにリオンからすれば、そういう感想になるだろうな」
「ルシフェルさんから言われるとは思わなかったですよ。レヴィアはあれだけかわいいんだし、引く手数多だろうし・・・・・・」
「くすっ。見た目だけじゃどうにもならないこともあるだろう? レヴィアは見目麗しい女の子だが、性格の方に問題がある。正直、今でも君以外の男性とほとんど話せないしね」
「……たしかに」
笑いながら話すことではないと思う。
レヴィアのことを褒めたが、ルシフェルさんの評価も否定できなかった。
俺とは普通に──いや、強気に話してくるレヴィアだが、俺以外の人物と話すときには未だに緊張している。
いずれは慣れさせるべきだが、普段の俺といるときの嬉しそうな表情を見ると、下手に動いて悲しい表情にさせたくなかった。
ちなみに、俺以外に仲良く話せる相手がいるのだが、なんとシリウスだったりする。
なんでも落ち着いた雰囲気の女性のようで、非常に話しやすいらしい。
実際は男ではあるのだが……
それを聞いたシリウスは思わず崩れ落ちるほど落ち込んでいた。
「とりあえず、リオンと私は君にとても感謝している。これで心配事が一つになったし……」
「一つ残っているんですか?」
感謝されたことよりも残り一つの心配事が気になってしまった。
ティリスとレヴィアの件と同等なのだろうか?
疑問に思ったので聞いてしまったが、すぐに後悔する。
「二人の姉のことだよ。彼女たちの婚約者もまだいない」
「ああ、なるほど……」
ルシフェルの言葉に納得してしまった。
そういえば、リオナさんとリリムさんの二人には婚約者がいないと聞いたことがある。
【いた】と表現する方が正しいだろうか?
「見た目はいいんだが、こちらの方も性格に難ありでね……」
「ああ、大変そうですね?」
「あ、そうだ。グレイン君」
「もうこれ以上はいりませんよ?」
「……だよね?」
ルシフェルさんの考えを察し、俺はすぐに断りを入れる。
これ以上の嫁さんはいらない。
下手に増やしたら、後々絶対に面倒なことはわかっている。
増えた時点でも絶対にいろいろ言われるだろうから、それだけは避けたい。
「まあ、いずれは見つかるんじゃないですか? 妹たちには見つかったわけですし……」
「はぁ、そうだよね。気長に待つとするよ」
ルシフェルは大きなため息をつく。
その姿はなかなか嫁に行かない娘を心配する父親そのものだ。
俺は二人が良い人に巡り合うことを心の中で願った。
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