閑話5 聖騎士の元部下を酒場の女主人は心配する
※3月31日に更新しました。
テキラ村唯一の酒場フォアローゼスは今日も騒がしい。
酒を飲んで開放的になった客たちが盛り上がり、その盛り上がりがさらに酒を進ませる。
盛り上がりで雰囲気が良くなれば良いが、問題が起こることも多々ある。
二人の男たちが言い争い、今にも殴り合いを始めそうだ。
片方の男が右腕を振りかぶる。
(バキッ)
「「っ⁉」」
その拳は相手に届くことはなかった。
いつの間にか現れた男性の顔を殴っていたからだ。
これには喧嘩をしていた男たちも驚愕する。
「お客様」
「「は、はい」」
男性の言葉に男たちは起立する。
これから怒られると思ったのだろう。
しかし、出てきたのは予想外の言葉だった。
「盛り上がるのは結構ですが、問題を起こすのは駄目です。お酒は楽しんで飲まないと」
「「は、はぁ……」」
男たちは肩透かしを食らった表情になる。
てっきり殴られると思ったのに、まさか口頭の注意だけとは思わなかった。
だが、予想外はさらにそこからだった。
「さあ、喧嘩はこれで終わりです。皆さんで飲みましょう。一杯は私のおごりです」
「「「「「えっ⁉」」」」」
男の言葉に全員が驚いた。
優しげな人物だと思ったが、まさかおごってもらえると思わなかったのだ。
「……」
そんな様子を酒場の主人──ローゼスはじっと見つめていた。
◇◆ ◇ ◆ ◇
「あんた、どういうつもりだい?」
仕事終わり、ローゼスは男──テンダーに声を掛ける。
彼は元聖光教の人間でヴァンの部下だった男である。
ヴァンと共にカルヴァドス教に移住し、フォアローゼスに就職したのだ。
人当たりが良いので接客に向いていると思っていたが……
「何がでしょうか?」
「今日のことさ。なんでわざわざ殴られた?」
ローゼスは疑問だった。
酒場で喧嘩が起こるのはしょっちゅうであり、自分たちで終わらせることもあれば、周囲の仲裁がいることもある。
どちらが必要かは状況次第であるため、テンダーが仲裁に入ったことは問題ではない。
だが、そのやり方が気になった。
「あのまま殴れば、相手が怪我をするかもしれなかったからです」
「そんなの喧嘩じゃ当たり前だろう?」
「それは否定しません。ですが、そうすると怪我をした人もさせた人も嫌な気持ちになります」
「わからないでもないけど、それが殴られる理由にはならないだろう?」
「私が殴られることで片方の嫌な気持ちはなくなります。そして、私が許すことで殴った方の気持ちも収めることができます」
「……なら、どうして全員におごった?」
ローゼスは話を進める。
問題は喧嘩のところだけではなかった。
「酒場の雰囲気を壊さないためです。そのためにお酒が有用だったのですが、駄目だったでしょうか? 私の給料から引いていただくつもりだったのですが……」
「その必要はない。喧嘩した二人がその分も支払ってくれたからな」
「え?」
テンダーは驚く。
同時に理解ができなかった。
「私がおごると言ったのですよ? それなのに、どうしてそんなことに……」
「申し訳なかったんだとさ」
「申し訳なかった?」
テンダーはオウム返ししてしまう。
喧嘩した二人の気持ちがわからない。
「喧嘩を仲裁してもらった上におごってもらうなんて、あの二人からすれば身に余る施しだ。しかも、自分たちのせいで怪我をした相手にな」
「私はそんなこと気にしませんが……」
ローゼスの話にテンダーは首を振る。
「あんたは人の幸せを願っているが、自分の幸せを考えていない」
「そんなことは……」
「その結果が今回の自分の身を犠牲にするやり方だ。そんなことをしても、周囲は申し訳ない気持ちになるだけだぞ?」
「……」
テンダーは反論できない。
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
恩返しをしたい気持ちはあったが、それが周囲の迷惑になるとは……
「別に他人の幸せを願うのはかまわない。だが、それはあくまで自分の幸せを願ってからだ。自分を幸せにできない人間が他人を幸せにできるはずがない」
「私は幸せなんですが……」
「はぁ……その辺りの意識を変えていかないといけないな」
「はい?」
呆れたようなローゼスさんにテンダーは首を傾げる。
「「……」」
そんな二人を──テンダーをドライとマティには羨ましそうに見ていた。
好意を寄せている女性が新人相手につきっきりになっている。
しかも、同じ種族の異性だから、より心配になってくる。
だが、同時にテンダーの危うさも理解できたので、仕方ないとも思っていた。
ただ羨ましいのだ。
こうしてフォアローゼスは新たなスパイスを加え、人間関係が変わっていく。
自己犠牲が周囲に気を遣わせる──個人的な考えですが、間違いではないと思っています。
他人を幸せにするなら、まずは自分から幸せになるのも当然だと思います。
もちろん、他人の不幸で幸せになるのはもってのほかですけどね?
さて、テンダーの加入でフォアローゼスの人間関係はどんなことに?
作者のやる気につながるので、読んでくださった方は是非とも評価やブックマークをお願いします。




