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20. 異国への道

 数日が過ぎ、予定していた分の物資の用意と積み込みが終わると、私達は辺境伯家を出立する。

 目的地であるフェーレンダール王国はここから見て北東の方向に存在しているのだが、過去には隣り合っていた時代もあるが現在は国境が互いに接していない。

 つまりは我が国の側からあちらへと向かうためにはどこか他の国の領土を通過しなければならず、これまでであれば比較的友好度の高いすぐ北にある国を経由していたのであるが、現在はベルフェリート王国が二つに割れて内乱中であるために現状において通行許可を依頼するのは難しいものがある。

 故に別ルートを利用することになるのだが、この場合においてそれは東側の隣国であるラーゼリア王国の領内を通ることに他ならない。

 しかしながら、現在我が国に攻め込んできている敵国である彼の国の領内を通過することはかなり危険(発見されれば確実に攻撃を受けるだろう)であり、そのために依然として第三騎士団による護衛は手放せなかった。

 ベルフェリート王国とほぼ同規模の国土と国力を持っているラーゼリア王国には我が国と同じように街道が張り巡らされており、その中でもなるべく辺鄙で敵と鉢合わせする危険性が少ない道を選びながら進んでいく。

 もちろん、敵の支配地域で町に宿泊することなど出来るはずもないので、休息を取る際にはなるべく人目につかない場所で身を隠すようにして野営をする。

 この辺りの兵の多くは国境沿いで辺境伯家と交戦している軍勢、もしくは我が国への侵攻軍へと動員されていて手薄になっているとはいえ、敵地の只中であることには違いが無いので警戒は必須だった。

 文化の違いなどはあれども、ベルフェリート王国とラーゼリア王国は気候に関しては似通っており(ただしラーゼリアの南部は除くが)、なので道中で見る光景は我が国とそれ程変わらない。

 街道の両側に広がっている畑に小麦が植えられているのは同じであり、一定間隔ごとに町や村が存在するのも同じである。

 大きく違う点といえば、ラーゼリアには蕎麦を食べる習慣が無いので蕎麦畑を見かけることが無いくらいか。

 そうして数昼夜を過ごして、私達は国境沿いへと辿り着いた。

 言うまでもないが、別に国境だからと言って万里の長城のように互いの領土を隔てる城壁があったりする訳ではない。

 ただ、国境がある辺りには互いの砦や城がそれぞれ立ち並んでいるのみだ。

 ラーゼリア側の城砦のある一帯を抜けた私達は、それから少し進むとその先にフェーレンダール側の砦を発見し、近くで停止するとそこへ向けて使者を送る。

 言うまでもなく、先方に対しこちらの身分と目的を知らせるためだ。

 使者が砦の中に入るとしばらくして中から数十人程の兵が現れ、彼らの先導で内部へと出迎えられる。

 当然我が国から使者が向かう旨は事前に伝えてあるし、故に砦の指揮官もそのことを知らされていたらしい。

 そこで身体を休める私達であるが、しかし数日間そのまま待たされることになる。

 それは、あちらが用意した護衛の兵の到着を待つためだった。

 例えばここまでは第三騎士団の一万が護衛として同行してくれていた訳であるが、当然ながらそれだけの軍勢を国の奥深く、首都にまで入れてしまうことには大きな問題がある。

 しかしながら、こちらは一国の正使という体裁を取っているのだ。

 護衛も無しに進ませてもしも何かあったら両国の関係が悪化するだけではなく、その国家と王家の威信も揺らいでしまうために、向こうとしてもただ放っておく訳にはいかず護衛を付ける必要があった。

 故に、既に首都へと到着を知らせる使者が送られているようだが、それを受けて編成された護衛の部隊が到着するまでここで待っていることになる。

 こうした展開になるであろうことはあらかじめ予想出来ていたし、あまり焦っても仕方がない。

 私は、その砦でゆっくりと数日を過ごす。


 そして数日が過ぎ、あちらの編成した護衛部隊が到着したという話を聞く。

 それを受けて、出立の準備を整えていく私達一行。

 いよいよフェーレンダールの首都へと向かうこととなった私達であるが、護衛部隊が呼ばれた理由を考えれば当然ではあるが騎士団は用件を終えて私がここに戻ってくるまでこの辺りに留まることになる。

 本当はその間に手薄になっているラーゼリアの領内で第三騎士団に暴れてもらいたいところなのであるが、しかしそれをしてしまうと敵がこちらにも終結してしまい、私達が帰還するのが困難になってしまう。

 なので、そういう訳にもいかなかった。

 別に少数であればこちら側からも護衛を出してはいけないという訳ではない(あくまで大規模な軍勢が首都にまで入るのが問題なのだ)一応騎士団長と選抜された百人程の騎士は一行に同行するものの、それ以外の者達に対しては待機が伝えられ、砦を発った私達は街道を北へと向かう。

 前世の頃に王宮を訪れた正使と会話をしたりしたことはあるものの、フェーレンダール王国という国を訪れるのはこれが初めてである。

 そのため、馬車の窓から眺める景色にはベルフェリート王国で生まれ育った私にとって物珍しい点が多くあった。

 目に見えて最も異なっている点は、畑で育てられている植物である。

 国土の大半が平地である我が国とは違いフェーレンダールは国土に比較的高地も多く、故に食文化もそれに対応して異なっているのだ。

 ベルフェリート王国においては最も重要な穀物、即ち主食として広く食されているのは大麦と小麦と蕎麦の三種であるが、この国においてはその位置にあるのは三種のどれでもなくアマランサスである。

 さすがに他国の先史時代にまでは手が回らないので経緯について断言は出来ないが、起伏が多いこの国では国土の面積程には作物が収穫出来ないため、恐らくはそれを補うために種子を主食として食べられる上に葉や茎も野菜として食用になるアマランサスという作物が重要視されることとなったのだろう。

 もっとも、近年では小麦も栽培されるようになっており、それなりに口にされているようだが。


 ともあれ、ベルフェリート王国ではまず目にすることのないアマランサス畑を眺めながら街道を進んでいく。

 この国もまた我が国と同程度には(ラーゼリアも含め、周辺諸国はどこもおおよそ同じくらいの国土面積なのだ)広く、故に国境沿いの砦から首都まで一日で到着することなど不可能であり、道中では夜を迎える度に宿場町にて心身を休めることになる。

 当然ながら街並みもまた自国とは異なっており、最も大きな差異は建物の外観等が異なっている点とやや石造の建物が多い点だろう。

 別に不足していたりする訳ではないのだが、大河の源流となっている大規模な山脈もあるとはいえ平地が大半であるベルフェリート王国よりも、国土に高地や山地の多いこの国の方が石材に関しては豊富であり、そのために建築に石が用いられる機会も多いのだと思われた。

 そうした石造りの宿に泊まった私であるが、もちろん室内の内装もまたそれなりに異なっており、そのような要素もまた新鮮味を以て私の目を楽しませてくれる。

 何しろこの国を初めて訪れるのだ、そんな私にとっては目にするもの全てが新鮮であり、些細な相違であっても観察していてとても楽しかった。

 そして、貴族向けである宿のベッドはとても柔らかく寝心地のよいものであり、ゆっくりと休むことが出来る。

 何度かそうした夜を過ごして心身を休めつつも着実に北へと進み続けた一行は、数日後には首都近くへと到着していた。

 徐々に城壁に囲まれているその姿が大きくなってくるが、真っ先に私の目を惹いたのは城壁であった。

 周囲にある木々や私と都との間にいる人影を基準にして適当に計算しただけなので然程正確ではないだろうが、横への長さはおよそ七キロ程度だろうか、規模そのものは明らかに我が国の王都よりも小さい。

 しかしながら、何より意識を奪われるのはその城壁の高さである。

 ベルフェリート王国の王都の城壁が横には長くともそれ程高くないのに対して、目の前のそれは明らかにその倍近くの高さを誇っている。

 また、平地に存在する我が国とは違いこの国の首都は山を背にした半ば山城のような形となっており、つまりは城壁もまた麓を囲うような形で背後の山を中心とした弧を描くように作られている。

 私はベルフェリート王国から外に出るのはこれが初めて(もっと長く宰相の仕事をすることが出来ていれば、きっと他国に赴く機会もいくつかあっただろうが)なのであるが、周辺諸国には同じような立地条件の首都も多いと聞く。

 というよりも、むしろ我が国のような首都の方が珍しいのだ。

 必ずという訳ではないが、一つの国家が建国される際には大抵の場合は何らかの戦乱を伴っている。

 故に初代国王となる人物は即位までに目の前にあるような防備の高い場所を本拠としていることが多く、建国後もそこがそのまま首都として利用されることが多いのだ。

 むしろ、建国してから新たに平地に首都が建造されたベルフェリート王国のようなパターンの方が希少と言えるだろう。

 明らかにここで防衛戦を行うことを前提にしたような高い城壁であるが、平地にあり四方に兵を配置しなければならない(結果として数十万の兵力が必要となる)我が国のそれとは異なり、山を背にした半円状の城壁ならある程度の兵力があれば籠城には十分であるので、本当に実用を前提とされているのだと思われた。

 更に近付いていくと、山の中腹に王宮らしい建物が周囲を睥睨するように建てられているのが見える。

 その周囲もまた城壁で囲われており、もし敵が市街にまで突入したとしても山の傾斜も利用した防御態勢が整えられているらしい王宮を陥落させるのは至難であると思われた。

 そうして観察している間にも、徐々に近付いていく城壁との距離。

 そこへと続く街道の上には多くの人々の姿が見受けられ、今も私達一行の隣を旅人らしき男が追い越していくのが見える。

 さすが大国の首都というだけはあり、やはり繁栄は極めているようだ。

 日本にある高層ではないマンションくらいならば十分に収まってしまうだろう城壁を潜る。

 すると、その先には人々で溢れ返る大通りの光景が広がっていた。

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